第19話 殺人鬼は治療を受ける
(体内が、熱い)
身体の異変を感じる。
切断された腕の痛みが痺れて消えていった。
それはありがたいが、代わりに全身が発熱している。
心臓の鼓動に従って脈打っていた。
思考が鈍っていくのを知覚する。
「私の力を注いでいる。ほんの少しばかりだがな。これが馴染めば、大抵の傷は治るようになる。人工物じゃないから安心しな」
吸血鬼の声が脳内で反響する。
最後の言葉は、エマに向けられたものだろう。
周りの様子を見たいが、視界がぼやけて上手くいかない。
その中でエマが吸血鬼と対峙しているのが辛うじて分かった。
「彼を眷属にするつもりかな」
「まさか。それは彼の勝利を侮辱することになる。そんなみっともない真似はしないさ……本音を言うなら、是非とも仲間に招きたいがね」
吸血鬼が僕の耳元に顔を寄せると、親しみを込めた声音で囁きかけてきた。
「ノルティアスが合わなければ、是非ともウォーグラトナに来たまえ。快く歓迎しよう。君ならば高位貴族のヴァンパイアになれるだろう」
「これは、スカウトですか」
「否定はしないよ。我々は優れた存在を求めている。人間でありながら私を負傷させた君は間違いなく強い」
吸血鬼は誇らしげに語る。
そういえば、彼は随分と元気だ。
僕が銃とナイフで致命傷を与えたはずなのに。
銀の弾丸も効いていたが、死に至らせるほどではなかったらしい。
吸血鬼の中でも、特に強い人物なのかもしれない。
「ふむ。君も悪くないな。いつでもウォーグラトナに招待するよ」
「そりゃどうも」
今の声は吸血鬼とロンだ。
内容があまり聞き取れなかったが、そこまで敵対的ではなかったと思う。
(不味いな。意識が朦朧とする)
吸血鬼に何かされたせいか。
それとも出血多量によるものか。
どちらにしても体調は最悪だった。
僕は唇を思い切り噛む。
血の味を感じながら、ゆっくりと立ち上がった。
呼吸を整えながら地面を凝視すると、だんだんと焦点が合うようになってきた。
そして、腕の断面から肉と骨が盛り上がっていることに気付く。
早送りのように腕が再生しようとしている。
剥き出しの筋線維が皮膚によって覆われていった。
(これが吸血鬼の力か)
手首まで修復された腕を眺めていると、エマが吸血鬼に抗議する。
「申し訳ないけど、彼らはもうノルティアスの殺人鬼だ。無闇に横取りしようとするのは遠慮願うよ」
「これくらいは大目に見てほしいな。彼の治療費みたいなものだろう。もし私が治癒しなかったら、どうするつもりだったのかね」
「その時は別の手段で助けたかな。いや、見捨てたかもしれない」
「はは、非情だね。スパルタの域を超えているじゃないか」
吸血鬼は余裕そうに笑う。
彼は僕達の前に立って堂々とした礼を見せた。
「ウォーグラトナにようこそ。私はスィーカー伯爵。この国の外交官だ」




