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第17話 殺人鬼は吸血鬼と対峙する

 散乱するのは、僕達と同じ外交官だろう。

 つまり殺人鬼のはずだが、バラバラになって無残な姿を晒している。

 鋭利な刃物で切断されたかのようだった。


(酷い光景だな)


 しかし、注目すべきは死体や横転したバスではない。

 その先に一人の男が立っている。


 貴族の着るような古めかしい衣服を纏う男だ。

 手には何も持っていない。

 返り血を浴びながら恍惚とした表情をしていた。


(素手でこれだけのことをやってのだろうか)


 考察していると、ロンが片手で僕を制しながら言う。


「動くなよ……あの吸血鬼がやりやがったんだ」


 死体の向こうに立つ男――吸血鬼が僕達を見た。

 彼は爽やかな笑みと共に優雅な一礼を披露する。


「ノルティアスの諸君、ごきげんよう。君達の同僚は、不幸な事故で大怪我をしてしまったみたいだ」


「ハッ、よく言うぜ。不意打ちしやがったな」


「必要な備えを怠ったそちらの責任だと思うがね」


 吸血鬼は途端に真顔になって言い捨てた。

 冷酷な眼差しだ。

 命を奪ったことに対する後悔や罪悪感は、少しも覚えていない様子だった。


 吸血鬼は再び笑顔になって僕に話を振ってくる。


「そちらの君は、どう思う? よければ意見を聞かせてほしいな」


 猫撫で声に近いが、言葉の芯に優しさはなかった。

 返答次第ではいきなり殺しにかかってくる。

 それを理解できるだけの威圧感があった。


 彼にとって僕達はただの獲物なのだ。

 交渉に来たのは知っているはずだが、きっとどうでもいいのだろう。

 死んだ方が悪いという理論で動いている。


(ここはどう答えるべきだろう)


 僕は迷いかけて、肉体の内で衝動が湧き上がるのを感じた。

 脳髄が焼き切れるような感覚とは裏腹に、思考は冴え冴えと冷え切っていく。

 何かが噛み合いつつ、僕の行動を導こうとしている。

 これこそが、殺人鬼の本性なのだろうか。


 脳裏に描かれるのは、荒野でロンから告げられた言葉。

 僕の才能に関する話だ。


(殺気を発さないことに加えて、相手の意識に潜り込むのが得意だと言っていた)


 異常なことを堂々とやってのけて、意図的に思考停止させる。

 その間、一方的に攻撃することができる。


 吸血鬼は油断しているようだった。

 こちらを対等だと考えず、完全に見下している。

 自分の気分だけで生死を決められると思っていた。


(だから殺せる)


 脳裏で囁かれる最適解に従うことにした。

 僕はその場で散弾銃を捨てると、やや遅めのテンポで拍手をする。

 そして、吸血鬼に聞こえる声量で言葉を発した。


「昨日は雨が舐めて蛇の子供が転がりました」


「……ん?」


 吸血鬼が眉を曲げて困惑する。

 返答を解釈しようとしているようだ。

 予想していない内容だったのだ。


 僕は両手を上げたまま歩む。

 その途中で吸血鬼に問いかけた。


「ただの魚は羽を潰して空き缶に重ねましたか」


「はぁ……?」


 吸血鬼はまたしても首を傾げた。

 困惑が強まって、先ほどまでの威勢が消えていた。

 呆れ返っているというべきか。


 まったく理解できていないようだった。

 それも仕方のないことだろう。

 僕自身、意味のある言葉は発していないのだから。


 吸血鬼が戸惑う一方、僕はさらに近付いていく。

 死体を踏み越えて歩くうちに、互いの距離は握手できる程度となった。

 そこでさらに質問をする。


「あなたの名前はニンジンですね」


「フッ、何を馬鹿なことを。上司から聞いていないのかね。私の名は――」


 ようやく意味の通じる言葉を受けた吸血鬼は、誇らしげに答えようとする。

 その瞬間、僕は後ろ手に回した手でオートマチック拳銃を握り、吸血鬼の胸に押し付けて三連射した。


「おっ」


「夏の花粉は地面を耕すと寝れません」


 さらに銃口をずらす。

 吸血鬼の顎に当ててさらに二発を放った。

 肉の抉れる音がして、跳ねた血が手元を濡らしていく。


 吸血鬼は頭を揺らしながら顔を歪めた。


「痛っ」


「林檎は脇腹から空に水を吐いて楽しみましょう」


 僕は残る弾を吸血鬼の口に撃ち尽くす。

 そして、もう一方の手でナイフを掴み、吸血鬼の首を掻き切った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >まったく理解できていないようだった。 >それも仕方のないことだろう。 >僕自身、意味のある言葉は発していないのだから。 この作戦を素で出来るのがすげーよ。
[良い点] 狂人度合いがだいぶ高い。
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