第16話 殺人鬼は入国する
バスはひたすら移動を続ける。
途中、疲労困憊だった僕とロンは仮眠を取った。
眠っている間にまたもや荒野に放り出される可能性を考えたが、エマに肩を揺すられて目覚めた。
「もうすぐ到着だよ」
「ようやくか。腰が痛いぜまったく」
ロンは欠伸を洩らしながら伸びをする。
彼もしっかりと休息を取れたようだ。
仮眠前より元気に見えた。
僕はジャケットを羽織り直す。
少しずれた防弾チョッキを戻しながら、散弾銃を手元に引き寄せた。
これで自分の命を守らねばならない。
(いよいよ吸血鬼の国に着くのか)
初めて別の国に赴く。
その事実を前に、不安より好奇心が大きかった。
エマはベンチに座ったまま僕達に忠告する。
「車を降りた瞬間から命の保証はできないから。くれぐれも気を付けてね」
「大丈夫さ。保証なんて元から無いからな」
ロンは軽口で応答する。
どこかに皮肉を含めるのは彼の癖なのかもしれない。
それにエマが気を悪くすることもなかった。
彼女はじっと僕を見つめながら尋ねてくる。
「緊張する?」
「いえ。特には」
「さすがだね。荒野の数時間が役に立ったみたいだ」
エマがそう言うと、すかさずロンが主張する。
「ダニエルの度胸は本物だ。吸血鬼に負けるほどヤワじゃない」
「ただ鈍感なだけです。褒めるものではありません」
「謙遜するなよ。特殊な精神構造は立派な才能なんだぜ」
ロンはやたらと僕を評価してくれる。
彼に比べれば戦いの素人で、少し人を殺した経験があるだけだ。
まだ一般人の領域を出ていないだろう。
ところが、エマまでもが僕の肩に手を置いて意見を述べる。
「殺人鬼はだいたいどこか狂っている。大切なのは、欠陥を強みだと解釈することだね」
「僕の鈍感さも、それに該当すると」
「うん。彼の言う通り、誇っていいと思うよ」
エマは静かに頷いてみせた。
正直、あまり嬉しい褒められ方ではないが、自分を過小評価するのは良くない。
僕より経験豊富であろう二人が世辞を抜きに評価しているのだ。
それを真摯に受け止めるべきだろう。
「さて、降りよう。他の外交官達も待機しているからね」
エマが僕達にそう促す。
その途端、ロンが険しい顔をした。
足を止めた彼はバスの出入り口を睨み始める。
「どうかしましたか」
「――おい」
ロンは僕の問いかけを無視すると、エマに詰め寄った。
殺意にも等しい気迫で疑問を叩き付ける。
「これは、どういうことだ」
「何ことかな」
「とぼけるなよ。車の外だ」
ロンが声を荒げて指を差すも、エマの調子は変わらなかった。
彼女は淡々と言葉を返す。
「その目で確かめるといい」
「拒否権はないんだな」
「どうだろう」
「チッ……」
舌打ちをしたロンはエマを突き飛ばす。
彼はナイフを片手に僕を一瞥した。
「行くぞ、ダニエル。クソッタレな光景を拝もうじゃないか」
「はい」
何のことか分からないまま、僕は彼に従って歩き出す。
開かれた降車口から外へと出た。
その瞬間に鼻腔を刺激したのは、むせ返るほどに濃い血の臭い。
辺りには鉄板で覆われた数台のバスが横転している。
そばには無数の死体が転がっていた。




