第15話 殺人鬼は危険を予期する
ロッカーの奥に武器ではない物が入っていた。
気になって引っ張り出すと、それはくたびれたベストだった。
黒一色でやたらと生地が分厚い。
これは映画で見たことがあった。
僕はその知識を掘り返す。
(防弾チョッキか)
つまり銃撃を遮る装備だ。
ただし、脇腹に裂け目ができており、古い血痕で汚れている。
明らかに誰かが使った物だ。
しかもその人間は死んでいるのではないか。
脇腹の裂け目はかなり深い。
人体を大きく傷つけたはずだろう。
(まあ、僕には関係ないか)
ジャケットを脱いで、防弾チョッキを着込む。
少し重く、身体を動かしにくい。
いずれ慣れると思うので、気にせず僕はジャケットを羽織り直す。
この装備がどこまで効果があるか分からなかった。
それでも、何の備えもないよりは良いだろう。
これで命を落とさずに済んだら儲けものと考えればいい。
(ノルティアスの殺人鬼は、命の価値が低いのかもしれない)
僕は防弾チョッキを介して自らの立場を実感する。
肩がけにした散弾銃を持ちながら、安全装置を確かめた。
いつ戦闘が始まるか分からない状況だ。
咄嗟に発砲できないと困る。
オフにしておいた方がいいだろう。
一方、ロンも武装を完了していた。
彼は仄かに輝くナイフを握っている。
他にも身体の各箇所に小型の刃物を装着していた。
どんな体勢からでもいずれかを引き抜けるようにしているのだ。
(刃物の扱いが得意なのだろうか)
荒野で遭遇した時も石のナイフを持っていた。
実際に戦う姿は見たことがないが、彼が相当な実力者であるのは肌で感じている。
先ほどから愚痴や嘆きが多いロンだが、焦りは恐怖は感じていない様子だった。
態度を崩さず、むしろ楽しそうに武器を吟味しているように見えた。
僕の視線に気付いたロンは、ナイフを弄びながら話しかけてくる。
「そっちは決まったかい?」
「はい。一応はこれくらいでいいかと」
「なかなかいいじゃねぇか。様になってるぜ」
ロンは僕の背中を遠慮なく叩いた。
息の詰まるような衝撃を耐えつつ、僕は彼に質問をする。
「武器はそれだけですか?」
「ああ、慣れないもんを寄せ集めても邪魔にしかならない。これくらいで十分さ」
ロンは全身各所の刃物を指しながら言う。
普通に考えれば銃の方が強いはずだ。
しかし、彼の発言には不思議と説得力があった。
僕達のやり取りを見守っていたエマは、ベンチに座ったまま声をかけてきた。
「装備は決まったかな」
「はい。大丈夫です」
「うん、いいね。外交官らしい格好だ」
ベンチに戻ってきた僕達をエマは褒める。
外交官らしさとは何なのか分からない。
ノルティアスの外交官とは、すなわち殺人鬼だ。
武装した姿が性に合っているということでいいのか。
エマは物静かな調子で説明する。
「ヴァンパイアという種族は強い。でも、殺せないことはない。仕留めた数だけ昇進するのがノルティアス式だから、ほどほどに頑張ってね」
「はは、最初から殺し合う前提なんだな」
「向こうだって待ち構えているはずだよ。プライドの高い彼らは、弱い相手とは交渉してくれない。だから実力を披露する必要がある」
エマは淡々と答えると、手書きらしき資料を僕達に配る。
それは吸血鬼の生態に関する研究だった。
実戦や捕虜の解剖で暴いた能力や弱点等を記載してあるらしい。
これから吸血鬼の国に赴き、高確率で戦闘することになる。
その際に役立てるための情報というわけだ。
(外交官は物騒な仕事だな)
僕は資料の内容を記憶しながら考える。
初仕事で吸血鬼狩りをするとは予想外だった。
この感じだと、いきなり戦争が始まるのではないか。
一応、停戦協定の更新が主目的のはずなのだが。
色々と不穏な予感しかしなかった。