第13話 殺人鬼は行き先を知る
行き先を聞いたロンは、額に手を当ててため息を洩らした。
悩ましさを前面に出した深いため息である。
「今度は吸血鬼か……嫌な予感しかしないぜ」
「ウォーグラトナを知っているんだ」
「まあな。基礎知識は習っている」
ロンはベンチに座り直して、懐をから煙草の箱を取り出す。
しかし、中身が空だと気付くと、握り潰して車内に捨てた。
その間に僕はエマに質問をする。
「吸血鬼の国があるのですね」
「うん。人間を養分にしているんだ」
吸血鬼、或いはヴァンパイア。
その存在は創作上の物語で知っている。
人間の血を吸う怪物だ。
様々な弱点があるそうだが、それを補うだけの特殊能力を有する。
基本的に強敵として登場することが多い生物だった。
話の流れから考えるに、吸血鬼は実在しているのだろう。
しかも支配種として国を運営している。
「何の用でウォーグラトナに行くんだい?」
「もうすぐ停戦契約の期限が切れるから、その更新に向かうんだ」
「意外だな。ノルティアスとウォーグラトナは停戦していたんだな」
「形ばかりだけどね。いつも殺し合っているよ」
エマは涼しい顔で無視できないことを言った。
僕が反応する前に、ロンが大げさに肩をすくめる。
彼は姿勢を崩しながら疑問を投げた。
「それなら停戦契約を結ぶ必要なんてないだろう」
「情報交換の場でもあるんだよ。どこの国も侵略を考えているからね。ヴァンパイアとは仲良くやっている方さ」
殺人鬼と吸血鬼は仲は良好らしい。
たとえ形ばかりだとしても、停戦契約を結べるだけの関係にあるのだ。
逆に言うと、もっと険悪な関係にある国も存在する。
話題が脱線するので今は訊かないが、この辺りは調べておくべきだろう。
僕が考察を進めていると、エマが車両後部を指差した。
「後ろのロッカーに武器があるよ。今のうちに好きな物を携帯しておくといい。仕事中の怪我は自己責任だからね」
「そいつは嬉しい配慮だな。忠告感謝するよ」
ロンがさっそく立ち上がって確かめに向かった。
すぐにエマが僕の肩を叩いて促す。
「君も見ておいで。拳銃だけでは心許ないよ」
「分かりました」
僕は頷いて後部のロッカーへと向かう。
錆びたロッカーが何本か並んで固定されており、開くと様々な武器が入っていた。
銃火器や刃物、鈍器などが無秩序に放り込まれている。
真新しい物もあれば、古い血痕がへばり付いた物もあった。
ロンは独り言を洩らしながら吟味している。
「ヴァンパイア相手なら、銀の武器は必須だな。十字架も持っておくか……」
真剣な顔なので口出ししない方がいい。
そう思って勝手に武器を見ていると、彼は助言をしてくれた。
「ダニエル、しっかり装備を整えておけよ。相手は正真正銘の怪物だ」
「停戦契約の更新と情報交換に行くだけでは」
「そんなわけないだろう。絶対に殺し合うと思うぜ。外を別の車が並走している。ノルティアスの殺人鬼だろう。行き先は同じみたいだ」
「見えないのに分かるのですね」
「耳が良いんだ」
ロンは得意げに笑う。
試しに耳を澄ませてみると、微かにエンジン音が聞こえた。
確かに別の車両が走っているようだ。
「とにかく、ウォーグラトナで一波乱は起きるだろうさ。俺達は外交官としての能力を試されているんだろう。二次試験の始まりってところか。素晴らしい初仕事だな、まったく」
ロンが皮肉混じりに嘆く。
外交官という仕事は、一筋縄ではいかないようだ。