第11話 殺人鬼は帰国する
それからほどなくして、ノルティアスの外壁が見えてきた。
ライトが辺り一帯を照らし上げて、国内に繋がる門付近の闇を消し飛ばしている。
侵入者が現れないための措置だろう。
その方角に向かう身としては眩しすぎてつらい。
サングラスがあっても直視できないと思う。
運転をするロンは短くなった煙草を捨てて呟く。
「ようやく到着だな」
「そうですね」
盗賊との戦い以降、特に誰とも遭遇することはなかった。
遠くに人影を認めることはあったものの、こちらに近付く気配がないので無視した。
荒野の住人は生き残るために手段を選ばない。
しかし、不用意に戦いを挑んでくるほど血気盛んでもないらしい。
仕掛けてくるのは、確実に勝てると判断した時だそうだ。
飢餓でよほど追い詰められているような状態でない限り、迂闊な行動は取らないのだという。
ロンは車両を減速させながら僕に忠告する。
「念のため頭を下げておけよ。いきなり撃たれるかもしれないからな」
「そこまで危険ですかね」
「ノルティアスは殺人鬼の国だぜ? 遊び半分でぶっ放す奴がいてもおかしくない」
ロンは苦笑気味に述べる。
軽い口調だが本気で言っているのだろう。
(本当に殺人鬼がいるのだろうか)
彼の話を信じていないわけではないが、僕は未だに実感が湧いていなかった。
そういった側面を未だ見たことがないためだ。
こちらの疑念を察したのか、ロンは前を見ながら語る。
「竜の国で聞いたが、ノルティアスの殺人鬼は厄介だそうだ。実益を度外視して動くタイプばかりだからな。交渉がしにくい国の一つらしい」
「大変そうです」
「おいおい、他人事じゃねぇぞ。俺達は外交官になるんだ。その辺りが専門の仕事になるだろうさ」
「そうでしたね」
外交官の意味はロンから聞いている。
曰く、他国と関わる職業らしい。
唯一国家と教育するノルティアスでは、一般的に知られていない言葉だ。
徹底的な情報管理で、世界の真実を隠しているのだろう。
そうして殺人鬼にとって理想の環境を構築している。
車両が近付いていくと、門がゆっくりと開いた。
そこから人影が現れる。
僕を荒野に置き去りにしたスーツ姿の女性だった。
ロンはその場に車を停める。
女性は静かに歩み寄ってくると、少し嬉しそうに言った。
「おかえり。よく帰ってきたね。思ったより早くで驚いたよ」
ロンは運転席から女性に尋ねる。
「あんたが試験官かい?」
「そうだよ。君は誰かな」
「ロン・ドエル。竜の国出身で、今は荒野に暮らしている。ノルティアスの外交官に志願するために来た」
「つまり殺人鬼になりたいってことかな」
「ああ、そうさ。我ながらそれなりに優秀と思うがね」
「なるほど」
女性は顎を撫でつつロンを観察する。
首を傾げながら凝視する姿からは、意外そうな色が覗いていた。
「混ざり物か。面白いね、君」
「分かったのか」
「なんとなくだけどね」
ロンと女性はよく分からない会話をする。
僕は関係ないようなので、口出しせずに待っておく。
女性は観察を止めると、手を打って話を本題に戻した。
「よし、いいよ。二人とも合格だ。外交官になってもらおう」
「そんな簡単に決めちまっていいのか?」
「私が責任者だからね。誰も文句は言わせないよ」
女性は微笑して答える。
彼女は車のそばまでやって来ると、僕達に手を差し出してきた。
「――改めてようこそ、殺人鬼国ノルティアスへ。これからよろしく」