第100話 殺人鬼は世界を生きる
最終話です。
昨夜の更新分を未読の方はご注意ください。
ゴブリンの腕を完食した伯爵は、思い出したように周りを見た。
「エマ君はまだ戻っていないのか」
「はい。先にゴブリンの王と交渉をすると言っていました」
此度の侵略計画の責任者であるエマは、直々に決戦へと向かって行った。
単独で大丈夫なのかと思うものの、彼女の戦闘能力は甚大だ。
たまにトレーニングに付き合ってもらうが、未だに底が見えない。
ロンは"ラスボス"と揶揄しており、あながち間違った表現ではなかった。
「賭けをしようぜ。俺はゴブリンキングの死に一票だ」
「私もだ」
「僕もそっちですね」
突発的に開催した予想会は残念ながら賭けにならない。
誰もがエマの勝利を確信していた。
ゴブリンの王は数多の種族の特性を得た怪物である。
単独で現代兵器で武装した軍隊を殺戮し、竜の群れすら撃退できるらしい。
もはやゴブリンという枠組みで考えるべきではない存在だ。
それなのに不思議と絶望しないのは、感覚が狂いつつあるからだろうか。
(僕でも時間をかければ勝てそうな気がする)
さすがに自意識過剰かもしれない。
しかし、この二年で殺人鬼の勘はさらに冴えている。
エマには一向に敵う気がしないものの、ゴブリンの王ならば殺せる予感がした。
きっと凄まじい泥仕合になるだろう。
けれど僕は決して死なないので、最終的には勝てると思う。
その戦闘を想像していると、無傷のエマが帰ってきた。
彼女はいつもの涼しい顔で僕達のもとにやってくる。
「こっちも片付いたみたいだね。お疲れ様」
「エマさんもお疲れ様です」
「ゴブリンキングはどうした?」
「殺したよ。あまりにも話が通じなくてね。やむを得なかった」
エマはあっさりと言った。
疲労しているようには見えないので、やはり瞬殺だったのだろう。
相変わらず恐ろしい力だ。
彼女の種族を僕は知らない。
外見だけで判断するなら人間だろうが、あまりにも隔絶した能力なので疑わしい。
何か秘密があるのではないかと勘ぐってしまう。
その後、僕達は帰路に着いた。
目的は終えた。
あとはノルティアスに戻って報告書を書かないといけない。
もっとも、資料作成はサラリーマン時代によくやっていたので抵抗はなかった。
さほど時間はかからないだろう。
車両に戻る途中、エマは思い出したように言う。
「三日後にはグールの国に行かなくちゃ」
「例の新しい国ですか」
「うん。一応、秩序が保たれているそうでね。悪魔の国と小競り合いが多いそうだけど、潰されることはないだろうね」
話しながら車両に乗って発進する。
間もなく後方から殺気が発せられた。
見れば、雪崩れ込むようにしてゴブリンの軍隊が接近しつつある。
彼らは狼に騎乗して怒涛の勢いで攻め立ててきた。
「どこに隠れていたんだろう。すごい数だね」
「ははは、上等だ。やってやろうじゃねぇかよ」
「躾のなっていないゴブリンは私が喰らい尽くそう」
三人がやる気満々なので、僕も苦笑しながら銃火器を持つ。
窓から身を乗り出して牽制射撃を行いながら考えた。
(これが世界だ。人間はあまりにも生きづらい)
人類はただの資源に過ぎない。
どこの国でも真っ当な使いを受けておらず、それはノルティアスでも同様だった。
平穏そうに見えるが、実際は殺人鬼の獲物でしかないのだ。
そのような世界で、僕は偶然にも殺人鬼の外交官になった。
何の因果なのか居場所も得て、社会人だった頃より楽しく暮らしている。
今後も僕は様々な国を巡り、いくつもの命を奪っていくのだろう。
そして最期はあっけなく殺されてしまうのかもしれない。
別に恐怖は無かった。
世界とはそういうものだと理解している。
だからこの命が尽きるその瞬間までは、世界を謳歌しようと思う。
人類は破滅した世界だが、意外と悪くない。
外交官である僕は、今日も生きている。
これにて完結です。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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