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第1話 殺人鬼はある日誕生する

 職場のオフィス。

 僕の目の前では、上司である男が説教を垂れていた。


「なぜ君は無能でいられるんだ。私には理解できないね。毎日そんな調子で恥ずかしくないのかね?」


 ふんぞり返って延々と罵倒されている。

 僕はそれを無表情に聞いていた。

 別に何か思うこともない。

 これが憂さ晴らしであるのは知っている。

 上司は、大人しい僕を標的にしているだけなのだ。


 周りはクスクスと笑っていた。

 嘲笑うことでやはり鬱憤を晴らしている。

 誰かを下に見ることで、今の自分の立場に安心できる。


(それで仕事が捗るのなら構わないか)


 どこか客観的に捉えていると、上司から紙コップの水をかけられた。

 髪から水が滴り、スーツも濡れている。

 上司の顔には明確な苛立ちが募っていた。


「何をよそ見している! 君に話しているのだよ。しっかり聞くのが礼儀だろう」


「はい、すみません」


 僕は淡々と謝罪する。

 怒りは湧かず、ただ身体が動いた。


 上司のデスクに回り込むように歩み寄ると、書類の上に置かれたペンを掴み取った。

 それを振りかぶり、怪訝そうな上司の片目に突き刺す。


「うぎああああああぁっ!」


 上司が絶叫した。

 鼓膜が痛い。

 ペンが刺さった片目から血の涙を流している。


 僕は上司の薄くなった髪を掴むと、デスクの角に顔面を叩き付けた。

 血が跳ねて上司が床に崩れ落ちる。

 今度は声を上げなかった。

 上司は弱々しく痙攣している。


「まだ生きているな」


 デスクの上を見やる。

 充電器のコードが目についた。


 ちょうどいいので上司の首に巻き付けて、後頭部を踏みながらコードを引き締める。

 上司は腕を振り回して抵抗するも、やがて動かなくなった。

 僕は手を離して、何気なく周りを見渡す。


 室内は静まり返っていた。

 突然の事態に頭が追いついていないのだろう。

 誰もが不思議そうに呆けている。


 僕はデスクからハサミを取り、椅子で凍り付く同僚のもとへと向かう。

 いつも僕の陰口を叩いていた男だ。

 仕事の手柄を奪われることも珍しくなかった。

 さっきまで叱られていた僕を馬鹿にして、呑気に笑っていたのも知っている。


(まあ、別にそれはどうでもいい)


 恨みがあるかと言えば、やはり無いような気がする。

 最初から興味がなかった。

 僕はただ近付いて、ハサミを振り下ろす。


「あっ」


 同僚が反射的に右手を上げる。

 ハサミは手のひらをあっけなく貫通した。


 僕はハサミを引き抜くと、それを同僚の首に突き立てる。

 力任せに抉れば、鮮血が噴き上がった。

 それを真正面から浴びる。


 スーツが汚れてしまった。

 クリーニング代がかかってしまう。

 いや、これはもう買い替えるしかないだろう。


 僕はジャケットを脱ぎ捨てて、ネクタイを緩めた。

 白目を剥いて崩れる同僚をよそにデスクを漁る。


 引き出しからカッターナイフが見つかった。

 カチカチと音を立てて刃を出す。

 やや貧弱な印象だが、使えないことはないだろう。


 僕は血塗れのハサミとカッターナイフを手に佇む。

 その時になって、室内の時間がようやく動き出した。


 悲鳴が連続して反響する。

 室内にいた社員の大半が、一斉に部屋の外へと逃げ出した。

 巻き添えになるのを恐れたらしい。


「お前、何をしているんだァ!」


 屈強な体格の後輩社員が、勇敢にも掴みかかってくる。

 だから僕はハサミを突き込もうとしたが、手首を掴まれて止められてしまう。

 そのまま押し倒されそうになったので、がら空きの腹にカッターナイフを三連続で刺した。


「うぐっ!?」


 後輩社員は、信じられないとでも言いたげに腹を押さえる。

 直前までの勢いがなかったので、彼の身体を振り払って首にハサミをねじ込んだ。

 捻りながら引き抜くと、後輩社員は大人しくなる。


 この時点で室内に残っていた他の者は、僕に近付くことを躊躇していた。

 目の前で人が死んだのだ。

 怯えるのも当然である。


 僕は散歩でもするように歩いて、彼らの喉を順番に切り裂いていく。

 我に返った彼らは、自らの血に溺れながら絶命した。


 室内の人間を皆殺しにした僕は、その足で部屋の外へと出る。

 廊下は閑散としていた。

 何人か社員が倒れているのは、混乱の中で転倒したか、恐怖で腰を抜かしてしまったのだろう。

 階下から騒然とする気配がするので、大半が逃げてしまったようだ。


 次に僕は隣室を覗いてみる。

 仮眠室として使われているその小部屋では、熟睡する社員がいた。

 今の騒ぎでも起きなかったらしい。


(連勤で疲労しているのか)


 僕は彼らの顔に枕を押し付けて、くぐもった声を聞きながら喉を刺していった。

 仮眠中だった社員を残らず始末して部屋を後にする。


 切れ味が怪しくなってきたカッターナイフを捨てて、ハサミを尻ポケットに仕舞う。

 壁に備えられた消火器を外して掴むと、それを揺らしながら階段へと向かった。


 途中、逃げ遅れた社員達を消火器で殴り殺す。

 全力で叩き付けて頭部を破壊するのは一苦労だ。

 なかなか体力を要する行動であった。


 社会人になってから慢性的な運動不足を自覚していた。

 若干ながら息切れしている。


(日頃から身体を動かすべきだな)


 反省しつつ僕は階段を下りる。

 すると、前方から怒声が飛んできた。


「動くな! 武器を捨てろ!」


 地味な制服の警備員が、拳銃をこちらに向けていた。

 厳めしい顔で威嚇しているが、所詮は見せかけに過ぎない。

 彼から滲み出る恐怖を、僕はしっかりと感じ取っていた。

 僕は堂々と接近していく。


「動くなと言っただろう! 本当に撃つぞっ!」


 再度の警告が発せられるも、僕は無視する。

 もうすぐで握手できそうな距離になったところで銃声が轟いた。

 弾は僕に命中しなかった。


 わざと外したのか。

 焦って狙いがずれたのか。


 どちらにしても僕にとっては好都合だった。

 消火器を勢いよく振り上げて警備員の顎を打ち砕く。


 警備員が後ろに倒れた。

 折れた歯が床に散らばる。


 僕はすっかり変形した消火器を投げ捨てると、ハサミで警備員を刺し殺した。

 そして、彼の持つ拳銃を奪い取る。


 リボルバー式で、装弾数は六発。

 警備員が予備の弾をいくらか持っていた。


(銃なんて初めて持ったな)


 警備員が発砲する姿を見たので、扱いで困ることはないと思う。

 至近距離なら当てられるはずだ。


「…………」


 すぐそばに頭を抱えて屈む女性社員を発見する。

 極度の恐怖から現実逃避している。

 ぶつぶつと何かを呟いているが、その内容までは聞き取れない。


 僕は彼女に拳銃を向ける。

 撃鉄を起こし、引き金に指をかけて発砲した。


 弾丸は女性社員のうなじ辺りに命中する。

 女性社員は倒れて動かなくなり、床に血だまりが広がり始めた。


 後頭部を狙ったつもりが、少し狙いがずれた。

 かなり近い距離でも当てるのは難しいようである。

 少しずつ慣れるしかないだろう。


 僕は拳銃の再装填を済ませると、オフィス内の徘徊を再開した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 早速読ませていただきました! ……呼吸するのと同じくらい自然に、唐突に殺戮ショーを演じる主人公。今までよく社会生活を支障無く送れたもんだ。 [一言] 続きを楽しみにしています!
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