プロローグ
人生はうまくいかなくても、少しの妥協で十分な幸せを享受できるものだ。
俺はそんなことを思いながら、必至に自転車をこいでいた。
……普段使わない道を、自分の物でない荷物を持って、自分の学校とは逆方向に。
何でこんなことをしているかというと、この道の先にあるのが妹の学校で、持ってる荷物が妹の弁当と言えば理解できるだろう。
……え、理解出来ない?弁当なんて学校で買えばいい?親に届けてもらえ?
あ~説明が足りなかった。
じゃあ妹のことから話そう。
俺の妹は今年で中学3年生で、身内贔屓かもしれないが容姿がよく、頭もよく性格もいい。非の打ち所がない人間だ。……俺と同じ血が流れてると思えない程に。
い、いや。俺は別にシスコンとかじゃないよ。…そんなじゃない…そんなんじゃ……
おっと話がそれた。
そんな妹だが今日は弁当を忘れていた。別に、妹が慌てん坊だとか、忘れん坊だとかではない。単にいつもが給食だから、忘れていたのだろう。
朝早くから弁当を作っていたので、慣れていない作業をして、うっかり俺の鞄に弁当をいれてしまったのだろう。…二つも。
なんで、二つも弁当があるのだろう?俺はいつも学食で昼は済ませているから俺の分ではないとして、友達にでもあげる予定だったのだろうか?
なら、いっそう届けてやらないとな。
こんな俺の妹でいてくれてるんだから。
自転車をこいでいると、正門から学校に入ろうとしている妹の後ろ姿が見えた。
俺は信号機を見て、青なのを確認して横断歩道を渡る。
「おーい、恵那ー。弁当忘れてる」
俺が声をかけると前を歩いていた妹が振り返った。
妹は、俺を見て不思議そうな顔をすると、俺の言葉を思いだし、自分の鞄をあさり、目当ての物の感覚がないと解ると鞄をひっくり返した。鞄の中の教科書や筆箱等が道端に落ちる。
…妹よ。そこまでする必要あったか?
妹は周りも気にせず、落としたものを鞄に入れていき、最後に筆箱を鞄に入れると顔を真っ赤にして俺の方へ歩いてきた。
まあ、道端で自分の鞄の中身をぶちまけて、それを自分で拾ってたら恥ずかしくなるよな。
妹は俺の元にたどり着くと、赤い顔のまま話しかけてきた。
「あ、あの。おにいちゃ、…兄さん。お、お弁当もってきてくれたの?」
「あ、ああ。なんか俺の鞄に入ってたからな」
「あ、ありがとう持ってきてくれて。そ、それで、その~。お弁当の中身とか見ちゃった?」
妹はどこか不安そうな顔でもじもじしながらそんなことを聞いてきた。
…そんな不安そうな顔をしないでも、俺は自分の物でもない弁当を開けたり、つまみ食いをするような食いしん坊でもないんだが。
「いや、そのまま持ってきただけだぞ。はい」
俺は自分の鞄から弁当を出して、妹の前に出した。二つ。
妹は何故かそれを見て、困惑した顔で弁当を受け取った。二つ。
「えーと、なんで二つ?」
「え、恵那が準備したんだろ?」
「確かに、私が準備したけど。なんで二つとも私に渡すの?」
「恵那が友達に分けてあげるために作ったんだろう。それとも二つとも自分で食べるのか?」
妹はそれを聞くと顔を伏せ、ぷるぷる震えだした。
え、俺なんか間違えた?
そうか!妹とはいえ女子に「貴方はいっぱい食べるのか?」って聞いたから怒ってるのか。……とりあえず、謝りながら逃げよう。
俺は少しずつ自転車の向きを変えた。妹はまだ下を向いたままぷるぷるとしていたので、俺の行動には気づいていない。
よし、逃げるか。
「恵那、ごめん。家で説教は受けるから~。じゃーな。学校頑張れよ」
俺はそう言い自転車をこぎ出した。
妹は俺の言葉を聴き、顔をあげた。そして、驚いた顔をして俺を追いかけてきた。
俺は妹の普段とは違う行動に驚き自転車から転げ落ちた。
そして気づいた。今、自分が何処にいるかを。
俺は横断歩道におり、真横からは車が迫っていた。
その車は最新機種なのか、走行時の音がほとんど出ておらず、その車の運転手も慌てたように俺を見ていた。
……別に運転手が居眠りしていたとか、車の整備不良だったとかそういうことで事故に遭っているんじゃない。俺が信号無視をしたから事故に遭っている。
まあ、もう少し生きていたかったが、自分の不注意で死ぬのなら仕方ないか。そう思い生きる事を諦めていると、
「お兄ちゃ~~ん」
妹が俺を歩道へと突き飛ばした。
俺はそれを見ながら唖然とした。
なんで妹は俺を助けたんだとか、生き残るべきは妹のほうだろとか、どうやれば妹を助けられるとか、さまざまな考えが頭のなかを駆け巡った。
だが、体は少しも動かなかった。
妹はそんな俺を見て、嬉しそうにしていたが、車の方に視線が動くと、絶望したような表情になった。
俺もつられて車を見ると車は歩道にいる俺に向かって走っていた。
運転手は飛び出してきた妹を見てハンドルをきったのだろう。
俺は現状を受け入れ、妹が生き残れる事を嬉しく思いながら目を閉じた。
そして、強い衝撃が身体中に走り、誰かの声を聴きながら、俺は目を開けること亡く死んだ。