カラクリ箱根細工
あれは、鬱陶しい梅雨が明けた頃のことだった。
当時、まだ俺は大学に入ったばかりで、ようやく都会での一人暮らしに慣れてきたところだった。
バンドサークルに所属していた俺は、ある日、キーボード担当の先輩から箱を預かることになった。
大切な物が入っている箱なのだが、三日ほど海外旅行に出掛けるから、その間、家に置いて欲しいとのことだった。
中身は教えてくれなかったが、使わなくなった教科書やレジュメを借りてる恩もあり、預かるだけなら良いだろうと安請け合いした。
練習スタジオの前で解散してからアパートに戻り、ベースを置いて汗臭いティーシャツを着替えていると、その先輩がやってきた。
件の箱は、種類の違う細かな木片が寄り集まって出来ていて、一辺が三十センチメートルの立方体だった。
持ってみると、重厚感のある見た目に合う、ずっしりとした箱だった。だいたい、二キログラムくらいだろうか。
知育玩具のような構造になっていて、パッと見では、どうやって開けるのか分からなかった。
先輩は開け方を知っているようだったが、中身を知らない方が良いと言って、結局、教えてくれなかった。
なんとなく気味が悪いなぁと思っていたら、その日から、しばらく眠れない夜が続いた。
一日目の夜は、箱の中から不明瞭で子供のような声がした。
二日目の夜は、箱の中で何かがゴソゴソと動き回る音がした。
三日目の夜には、箱から視線を向けられている感覚がした。
そして四日目の朝、玄関チャイムが鳴り、ドアの覗き窓で廊下に居る人物が先輩だと確かめると同時に、急いで箱を突き返した。
あの箱の中に何が入っていたのかは、卒業した今でも謎のままだ。
その先輩は、その時に旅行した国の企業へ就職してしまい、今では連絡が付かなくなっている。