ノーパンツ・ノーライフ②
カーテンの隙間から細く差し込んでくる日差しに目を細める。
目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。
月曜の朝は、いつも憂鬱だった。通学路を歩くだけで、吐き気がしたこともあった。体は鉛のように重かった。
なのに今日はなんだか体が軽い。まるで月世界へ行ったみたい。
廊下に出ると、ちょうど深入くんも自分の部屋から出てきたところだった。目をこすりながら、私に向かって、
「おはよう」
と言った。
「お、おおおおおはよう」
私はすぐ部屋に戻り、ドアを背に深呼吸した。全身が熱い。どうしようどうしようどうしよう。
顔を手で仰ぎ熱を冷まそうとしたけれど、無駄だった。
洗面所へ行って顔を洗う。冷水をぶっかけている内に、赤面が引いて来た。よし。いける。
リビングへ行くと、すでに深入くんとお母さんは朝食を食べ始めていた。広彦さんは新聞を読んでいる。
「おおおはようございます」
「おはよう、音根ちゃん」
「おはよう」
「あら、今日は顔色がいいんじゃない?」
うなずき、私も朝食に手をつける。トーストにブルーベリージャムを塗って一かじり。おいしい。
「ごちそうさまでした」
深入くんが席を立った。私は食べるスピードを速めた。いくらトーストがおいしくても、悠長にしてはいられない。色々と準備があるのだから。
歯磨きをして、自室に戻り、制服に着替え、姿見の前で身だしなみをチェックする。そこには暗くて地味な女の子がいた。両の目は前髪に隠れそうになっているし、肌は真っ白で弱々しい。
でも、今さら変えることなんてできない。これが私だ。こんな私を深入くんは好きになってくれるだろうか。
時計を確認する。もう行かないと、遅れちゃう。
深入くんは玄関で待っていてくれた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
お母さんはいつも笑って送り出してくれるけれど、今日の笑みの中には何か不純なものが含まれている気がした。言ってしまえば、茶化すような何かを感じた。
エレベーターで一階まで降り、ロビーを抜けて、外へ。
痛いほどに澄み切った朝の青空の下、私たちは歩いていく。
好きな人と並んで歩いていると、何気ないガードレールの凹みさえも、まるで神様が懸命にこしらえてくれた美しいものであるかのように思えてくる。
しかし私はやがて重大な問題に直面する。
緊張して話せない。
コンビニを横目に過ぎ、横断歩道の前でとまる。信号が青になるまでに何か言おう。
でも何を?
考えている内に信号は青に切り替わり、私たちは無言のまま横断歩道を渡った。
当然だが、学校へ登校するのは、私たちだけではない。
前方に私と同じ制服を着た女子が三人いた。道を塞ぐように横に並んで歩いている。
「今度林間学校あるよね」
「私、山より海派」
「私も」
なるほど。ああいう風にしゃべればいいんだ。
「ふふ深入くん」
「なんだ?」
「こ、ここ今度林間学校あるよね」
「あるな」
「ふ、深入くんは海と山、どどどっちが好き?」
「家」
すごい答えが返って来た。
でも気持ちは分かる。私もインドアだから。家で本読んでる方がいい。
「そ、そう言えば、ラ、ララノベいつも読んでるよね?」
「ん? ああ」
「そ、その、よよよかったら今度貸して。よ、読んでみたいの」
「いいが、俺が持ってるのは男性向けに書かれた、フェミニストを敵に回すようなものばかりだぞ」
「そ、それでもいい」
あなたの好きな本が読みたいの。