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八十分間異世界半周  作者: 仙葉康大
第三章
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俺が不甲斐ないのはどう考えても俺が悪い!

 ゴールデンウィークの中日、登校した俺は、鞄からライトノベルを取り出し、読み始めた。なんてことはない。最強の主人公が異世界で無双する、ありきたりな物語である。


「相田さーん、課題見せてー」


 女子数名が相田音根から英語の課題プリントを奪い取っていくのが、視界の片隅に見えた。俺は机の脚を蹴った。


 世界史の授業中、当てられた相田が「ラ、ラララララムセス二世」と答えた。次の休み時間、顔だけは整っている男子が相田の「ラ、ラララララムセス二世」をものまねし、取り巻きが爆笑。俺は校舎の壁を殴った。


 昼休み、相田は一人で弁当を食べている。そこへ金髪や茶髪の女どもがむらがって来た。


「ねえ、購買行ってきてくんない?」

「え、え?」

「いや、えじゃなくてさ、パン買ってきて。はいこれお金」


 相田は顔を右に左に振って、それから、もう一度、リーダー格の女生徒を見上げた。


「なに?」

「あ、ああああの」

「うん、なに?」


 笑顔を崩さない女生徒たちに、相田は顔をうなだれて机上の硬貨を見つめた。


「な、なな、ななにパンを買って来れば、い、いいですか?」

「私、メロンパーン」

「チョコクロワッサンとクリームパン」

「うーん、じゃあウチ、パン・ド・カンパーニュとあんパ――」


 女生徒は言葉を切り、俺の方を見た。他の奴らも全員、こっちを見た。

俺は机を蹴り倒していた。


「オタクッ。うるさいっ」


 俺は黙って相田を囲む女子のグループに近づいて行った。


「な、なによ」

「お前ら、自分たちが何やってるのか、分かってねーだろ」

「はあ? なに? 友達にパン買ってきてって頼んでるだけじゃん。お金だってちゃんとわたしてるし」

「これっぽちでか」


 置いてある百円玉はたったの二枚だった。


「足りない分はあとで払うし。それでいいよね、相田さん」

「う、うう」


 うん。そう言いそうになっている相田に、俺は上から物を言う。


「おい。いいとか言うな。ダメなものはダメって言え。お前、あの人の娘だろ」

「えーなになに。オタク、相田さんのお母さんと知り合いなの?」

「知り合いも何も、俺の親父、こいつの母親と再婚するから」


 相田が顔を上げる。くそ女どもは目ん玉をむき出しにして、嘲笑とも取れるような笑みを浮かべた。


「マジ?」

「うっせーよ。マジだよ。再婚するんだよっ」


 言ってしまった。

 俺と相田は家族になる。

 だから、言わなければならない。


「今後、こいつに手、出してみろ。こいつの母親が黙っちゃいねーからな」

「プッ」


 心ブサイクなメス豚どもが吹き出した。


「そこは普通、俺が黙っちゃねーぞでしょ。親に頼るとかダサすぎなんですけど」

「うっせー。キモオタの俺じゃあ抑止力になんねーだろうが」


 また笑う。


「相田のお母さんなんて怖くないし。ね、みんな」

「ねー」

「こいつの母ちゃん、弁護士だから」

「え?」


 豚どもの顔が素面しらふに戻った。


「あと、さっきお前らが相田に言ったこと、したこと、全部動画に撮ったからな」


 嘘だ。けど、ビビってる顔が面白くて、俺はさらに畳みかけた。


「あ、でも、動画撮ったはいいけど、ちゃんと証拠として認めてもらえるのかなー、裁判やるとして、民事だろうか刑事だろうか。うーん、判断がつかないなあ。これは是が非でも専門家の意見を仰がなくては」

「ふ、ふざけたこと言ってんじゃ――」

「ざけてんのはてめえらだろが。謝れよ、相田に」


 俺は自分でも恥ずかしいぐらいの決め顔でそう言った。人間の形をしているというだけのクズどもは、舌打ちをすると、そそくさと教室から出て行ってしまった。


 他のクラスメートは、ほぼ全員が固まってしまっている。


 俺は教壇に立ち、教卓に手をついた。喉の調子を整え、できるだけの美声でアナウンスする。


「お騒がせいたしました。お昼の休憩は予定通り十三時には終了いたしますので、それまでごゆるりとお食事をお楽しみください」


 みんな、せきを切ったように話しだした。俺は感心した。そうか。こいつらには友達がいるんだ。昼飯を一緒に食う友達が。で、今起きた出来事についてあれこれ言い合い、根拠のない噂を垂れ流すわけだ。


 くだらない。


 俺は教室を出て行った。


 廊下を図書室がある方へ向かって進んでいると、背後から足音が迫って来た。俺の行く手に回り込んできたのは、相田音根だった。息を切らしている。


「ど、どどどどうして?」

「俺、友達いないから。あんな騒ぎ起こした後じゃ、教室に居づらい」


 音根は首を横に振った。


「ど、どどうして私を、た、たた助けてくれたの?」

「どうしてって、そんなの、ほんとは、理由を問う方がおかしいだろ。お前はこう言って責めるべきなんだ。『何も悪くない私がいじめられてたのに、どうして今まで助けてくれなかったの』、って」


 相田は俺を睨みつけてきた。不思議とその瞳に憎しみは映っていなかった。ただただ激情の波が見て取れた。


「わ、わわわたしは、ふ、ふふ深入くんを責めたりしない。ふ、ふふふ深入くんは、じ、じじじ自分が思ってるより、ず、ずずっといい人だよ」


 無理やりにいい人の烙印を押された俺にできることと言えば、ため息をつくことぐらいだった。


「あ、あああの、さ、さ再婚したら私と一つ屋根の下で、く、く暮らすことになると思うんだけど、い、いい嫌じゃない?」

「全然」


 もともと俺が再婚に反対していたのは、己のふがいなさが原因だ。いじめを傍観していた俺には、相田と同居する資格がなかった。けど、今は違う。


「緊張はするけどな。相田、美人だから」


 相田は顔を真っ赤にし、ちぎれるんじゃないかってぐらい首を左右に振りつつ、走って行ってしまった。


 ライトノベルを何千冊と読んできた俺は、すぐにピンときた。


 奴は俺に惚れている。


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