たったひとつの冴えた呼びかた④
「お客様にお知らせいたします。当竜は安全高度に到達いたしました。西の果て、ナハテの海まではそこそこかかりますので、それまでごゆっくりおくつろぎください。なお、おや?」
アナウンスの途中で、深入くんが手を挙げ、エルーさんがそれに気づいた。
「教えてほしいんだが」
「なんでしょう?」
「そこそこかかるってのは、どれぐらいだ?」
深入くんは腕時計を見ている。
「そこそこはそこそこでございますよ、お客様」
「ちなみにこの世界は一時間何分なんだ?」
「ぷん?」
エルーさんが首を傾げた。
「すまない。忘れてくれ」
「まあ、お客様が思っているよりははるかに早く着くと思いますよ。キシシ」
この歯を軋り合わせたような音が、小さな妖精の笑い声なのだった。
「ところで、お客様。いちいちお客様とお呼びするのも面倒くさいので、お名前をうかがっても?」
「深入霧彦」
「ふふふ深入音根です」
あんまりしゃべりたくはなかったのだが、自分の名前ぐらいは言わねばならない。
エルーさんが不思議そうに私を見つめた。
私がどもったから。
きっとそうだ。
「フカイリって、もしかして二人は兄妹?」
エルーさんは私のどもりに気づいていないのだろうか。それとも、わざとそのことには触れないようにしてくれているのだろうか。
「ねえ、そうなの?」
私の顔の前に来たので、私は答える。
「そ、そそうだよ」
「いいなー、私、一人っ子でね。だからうらやましんだ。二人の話、もっと聞かせてよ。そのリュックには何が入ってるの? ねえねえ」
私たちは、どこから話せばいいのか、途方に暮れた。
だから全部話すことにした。私たちに関係することのすべて。
親が再婚して兄妹になったこと、だから血はつながっていないこと、林間学校という行事のこと、お化けトンネルを通ってこの世界にやって来たこと。
リュックの中の物も出して、一つずつ説明した。
言葉を交わしていく中で、私たちは打ち解け合い、持ち物の説明を終えた時には、私はエルーさんのことをエルーと呼び捨てするようになっていた。
「もっと聞かせて。林間学校で一番楽しかったことは? 逆に残念だったことは?」
「楽しかったこと、特になし。残念だったこと、ほぼすべて」
「ってひねくれものの霧彦は言ってるけど、音根は?」
「わわ私はバードウォッチングとかオリエンテーリングとか楽しかったよ。ざ、ざ残念だったことはやっぱり天体観測かなあ」
「どうして?」
「て、天気が悪くてね、ほ星が見れなかったの」
「ふーん。あ、いいこと思いついた」
エルーは八重歯を見せて「キシシ」と笑った。
「シックザーク、フライトプランの変更は可能? 寄って欲しいところがあるの」
竜が短く鳴いた。その声はパイプオルガンの低音の響きによく似ていた。




