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八十分間異世界半周  作者: 仙葉康大
第八章
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たったひとつの冴えた呼びかた②

「状況を整理しよう。ここはどこだ?」

「リトルエルフの森だよ」


 妖精の誰かが答えた。


 今や何十、もしかしたら何百と言うリトルエルフが私たちの周りを飛び交っていた。風が光っているように見えた。


「ここは日本、じゃなさそうだな。音根、どこまで覚えてる?」

「トトトンネルに入って、す、すごい風が吹いてきて飛ばされたところまで」

「スクナの風、スクナの風」


 妖精たちが口々にそう言った。


「スクナの風だと?」

「浴びると危険。自分がなくなる」

「でも大丈夫。ルドモの実を食べたなら」


 トンネルに吹いていたあの強烈な風は、スクナの風といって、浴びると記憶をなくしてしまうらしい。


「教えてくれ。トンネルはどこにある?」

「トンネルって何?」


 知らない、知らない、の大合唱が起こった。


「なら俺たちがどこから来たか、分かるか?」

「お前さんたちは禁忌の穴を通って来たのじゃよ」


 長老様が言った。


「禁忌の穴?」

「ほれ、そこの」


 震える指で私たちの後ろを指さした。


 大樹があった。太い幹は苔むしていて、枝は分かれては分かれ、青葉は空を埋め尽くすほどに豊かだった。大樹の幹の根元には穴が空いていた。そのそばにリュック二つ転がっていた。私たちのだ。


「あの穴から来たのなら、あの穴を戻れば、戻れるのか?」

「いや、それがじゃな」


 長老が白髭を撫でながら答える。


「一方通行なのじゃ」

「は?」

「あの穴からは戻れんのじゃよ。お前さんたちのいた世界とここは全く別の世界でな。その二つの世界をつなぐ出口と入り口はある。じゃが、出入り口などという便利なものは存在しないのじゃ」

「あの穴は入り口としての機能しか有さない。出口は他にある。そういうことか?」

「お前さん、物分かりよくて助かるわい」


 深入くんと長老様の会話を聞きながら、私は、肩にとまった妖精さんと一緒に風に吹かれていた。空気がおいしかった。


「俺たちは帰る必要がある。出口はどこにある?」

「大陸の西の果て。ナハテの海の砂浜にあるぞい」

「ここから近いのか?」

「皆の衆、地図を描いてやりなさい」

「はーい」


 妖精たちはそこらに落ちていた木の棒を手に取り、地面に地図を描き出した。中央に大陸が一つと、その周りに島がいくつも。長老様が大陸の右端に木の葉を置いて言った。


「ここが東の果てのクビリの森。今、わしらがおる場所じゃな。で、出口があるナハテの海はと言うと」


 長老様は地図を横切り、大陸の左端まで歩んで行った。


「ここじゃ。ここが西の果て、ナハテの海の砂浜じゃ」

「果てから果てまでどのぐらいの距離がある?」

「大陸を端から端まで行ったなら、ちょうどこの星を半周することになるぞい」


 そう言われても、いったいこの星がどれほどの大きさであるかも、私たちは知らないのだった。


「質問が悪かった。ここからナハテの海まで行こうと思ったら、どのぐらいの時間がかかる?」

「手段によるわい。徒歩なら、昼と夜が数えきれんほど入れ替わるじゃろうて」

「けっこうまずい状況だぞ、これ」


 深入くんの目がよどんできた。

 なんだか今さらながら罪悪感が湧いてきた。


「ご、ごめんね。私がおおお化けトンネルに行きたいなんて言い出したから」

「いや、俺も賛成したし、こんなことになるなんて誰にも予想できなかっただろう。まあ、何とかなるさ。なにせ異世界だからな。チートとご都合主義のオンパレードで、最後はハッピーエンド。俺が読んだ異世界もののラノベは全部そうだった」

「チ、チート?」

「興味があるなら今度貸すぞ」


 深入くんが立ち上がった。私も立ち上がり、お尻の泥をはたき落とす。


「さて、どうするかな」

「案ずることはない。わしらが責任をもってお前さんたちをもとの世界まで送り返そう。ついてきなさい」


 リュックを拾い、背負い、私たちは長老様のあとに続こうとした。けれど、私たちの一歩分は、長老様の十歩分だから、かなり気を遣ってゆっくり進まないと、長老様を追い抜いてしまう。


 見かねた妖精たちが、長老様の体を持ち上げた。一塊となって飛んでいく。


「すまないね。ああ、この風を切る感じ、懐かしいわい」


 妖精の飛行速度は、人間の歩行速度をやや上回るので、私たちは早足になってついて行った。

 みずみずしい森を抜けると、なだらかな丘陵地帯が広がっていた。

 さらに進む。


「森出るの久しぶりー」

「しかもエルー姉ちゃんが来るんだって」

「やったー。私、エルーお姉ちゃんだーいすき」


 妖精たちははしゃいでいる。遠足気分のようだ。こんな無邪気な時代が私にもあったなあと、しみじみ感じ入る。思ったことをそのまま口に出すなんて、今では考えられないことだけど、私だって、小学校の中学年ぐらいまでは、気持ちと言葉が一致していた。馬鹿だった。本を読むのも好きじゃなかった。


 深入くんはどんな小学生だったのだろう? 無事、家に帰れたら、広彦さんに頼んでアルバム写真を見せてもらおう。歩きながら私は、呑気にそんなことを考えていた。


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