深入霧彦の憂鬱③
放課後、職員室に行った俺は、説教を受けた。先生いわく、ライトノベルなんか読んでいるから、俺は国語の成績が振るわないらしい。もっと解釈の余地がある物語を読みなさいとも言った。
「馬鹿な。解釈の余地があるラノベだってたくさんあります」
「少なくとも私が読んだ限り、このラノベはそうじゃありません。ひどい文章でした。挿絵もひどい。こ、こんなの、不健全です」
主人公とヒロインが寄り添い寝ているシーンを描いたイラストを指さしている。
「これのどこが不健全だと言うのだっ?」
「不健全でしょう。年頃の男女が同衾なんて」
「それの何が問題なんですか?」
「破廉恥です」
「どこが?」
「だってそうでしょう」
「男女が一緒の布団で寝ただけで破廉恥なことが起きると想像するその思考回路こそ破廉恥だ」
「なっ」
ひるんだ先生の手からラノベを奪還した俺は、足早に職員室を出て行った。
ラノベを読んで何が悪い。俺の成績が悪いのは、俺の頭が悪いからだ。
教室に戻ると、柔らかな西日の中に相田音根がいた。箒を手に、掃除している。俺を見るやいなやすぐ床へ視線を移し、会釈した。ただでさえ長い前髪がさらに垂れた。
「当番か?」
相田はうなずいた。
「他の奴らは?」
「よ、よ用事があるらしくて」
「そうか」
机は全部後方に下げられている。俺はラノベを教卓の上に置き、それから、教室の隅にあるロッカーを開け、T字を逆さにしたような形の箒を手に取った。
掃除を始めると、相田音根が俺の方を見てきた。
「あ、ああ、あの」
「気にするな。さっき国語のくそ教師に『罰として教室の掃除を命じます』って言われたからやってるだけだ」
「あ、ありがとう」
あとは互いに無言だった。
つくづく思う。この世界にはそこらじゅうにくそったれな奴らがいて、お人よしは割を食う。でなければ、どうして相田音根が一人で掃除をしている? 死ね。全員、死ね。
机を元の位置に戻して、掃除は終了した。
「じゃあな」
「バ、バイバイ」
その何でもない、ごくごくありきたりな別れの挨拶に、ふと、母のことが思い出された。
俺が小学五年生のとき、父と母はめでたく離婚しなさった。
――バイバイ。
そう言って、母は家を出て行った。
またね。そういう別れの挨拶もある。けれど母は、バイバイと言ったのだ。正直者の母である。
あれから、母とは一度も会っていない。