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八十分間異世界半周  作者: 仙葉康大
第七章
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辜の形⑥

 公園から出て、街の方へは行かず、山の方へ引き返す。

 裾野まで来た俺たちは、まずは山の南から東にかけての林を調べてみることにした。

 林の、何千、何万枚もの葉が地面に影を落している。昨日降った雨のせいで地面が若干ぬかるんでいる。


「滑らないよう気をつけろ」

「う、うん」


 黙々と歩き続け、もしかするとお化けトンネルなど存在しないのではないかと思い始めたそのとき、俺たちは立て札を見つけた。


 お化けトンネルと書いてある。その字の下には右矢印が引いてあった。


「や、やった。ききっともうすぐだよ」


 俺はリュックから筆記具を取り出し、地図にしるしをつけた。これで何かあってもここに戻ってこれる。


 立て札の指示する方へ進んでいくと、開けた場所に出た。


 俺たちの目の前には、お化けトンネル、ではなく、道路があった。カーブ注意の標識もある。向こう側には歩道もあって、白髪のおじいさんが杖をついて歩いている。


「あ、あれ?」


 林を抜け出てしまったのだ。


「も、もっと先にあるのかな?」

「いや」


 俺は地図を睨みながら答える。


「このまま行くと山から離れて町に出るぞ」

「じゃじゃああの立て札は」

「誰かのいたずらか、あるいはそれ以外の何かか」


 音根が首を傾げた。長い髪がほんの少しだけ揺れた。


「な、何かって何?」

「まだ分からん」


 とりあえず俺たちはあの立て札があった場所まで戻ることにした。地図と方位磁針のおかげで迷いはしなかった。


 再び立て札の前に立った俺は、考え込んでいた。この立て札には何か意図があるように思えた。


「試してみたいことがあるんだが、いいか」


 考えを話すと、音根は深くうなずいてくれた。

 俺たちは立て札に書いてある矢印とは逆の方向へ歩き出した。


 俺の立てた仮説が正しければ、この先にお化けトンネルがあるはずだ。


 しかし、歩けども歩けどもお化けトンネルは見えてこなかった。俺は見当違いなことをしているのかもしれない。きっとそうだ。


「ふ、深入くん、あれ」


 また立て札だ。お化けトンネルという字に、矢印。そう、この矢印が問題なのだ。


「音根、どう思う? この立て札は嘘つきか正直か」

「わ、分かんない」

「それぐらい目を見れば分かるんじゃないのか?」

「たた立て札に目なんてないもん」

「木目があるだろ」

「いいい意地悪言わないで」


 ちょっと休憩をとることにした。

 リュックから水筒を取り出し、麦茶をのどに流し込む。地図に現在地を記しておく。


 そこで気づいた。

 俺は馬鹿だった。


 矢印の指し示す方角を地図で調べれば、この立て札が真実かどうかが大体分かるではないか。果たして、矢印を信じて進んだ場合、また林を抜けて道路へ出ることが分かった。


 この立て札も最初の立て札と同様に嘘をついていた。

 お化けトンネルへ向かおうとする者を林の外へ追い払う、それがこの立て札の機能であり、役目なのだ。


 あとは進むだけだ。


 俺たちは歩いた。何度も立て札に行き当たり、そのたびに、矢印の逆へ向かった。九つ目の立て札を目にしてから、歩くこと十数分、それはだしぬけに現れた。


 暗闇が口を広げて待っていた。

 お化けトンネルだ。


「すすすすごい。ほ、本当にあったんだ」

「どうする? 中に入るか?」


 時刻は十五時過ぎ。中を見に行くぐらいの時間は充分にある。


 しかし、ここで引き返すこともできるのだ。肝試しなどやらなくてもいい。どこにあるか不明だったお化けトンネルを見つけた、その達成感だけを持って帰ることもできるのだ。


「は、入る。ふ深入くんと肝試ししたいし、そ、そのために来たから」


 一方、俺はビビっていた。お化けが怖いのではない。俺は俺が恐ろしいのだった。

 だからこそ、意味がある。この肝試しで俺の真価が分かるはずだ。


 俺たちはトンネルへと足を踏み入れた。

 湿った風が奥から吹いている。


 まだ入り口付近なので、外の光がある。

 光と闇の溶け合う境界線を越えると、そこから先はすべてが闇だった。


 歩を進めるごとに、俺たちの距離は縮まった。精神的なことを言っているのではない。物理的な距離だ。音根は俺にしがみついている。俺は気が狂いそうだった。お化けなどどうでもよかったし、暗闇が怖いなどという年齢でもない。ただ、俺が男であること、そして、音根が女であることが恐ろしかった。


 腕に感じる音根の胸の弾力が俺から考える力を奪っていく。

 理性が残っている内に引き返さねばと思った。


 そのときである。


 風が向きを変えた。

 向かい風だったのが、追い風に変わった。トンネルの奥へと背中を押してくる。


「音根っ」

「ふふふ深入くんっ」


 声をかき消すぐらいに風は勢いを増していた。

 轟風であり、突風であった。


 足が地を離れた。

 ダメだ。

 体ごと持っていかれる。


 風に飲み込まれていく中で、俺は音根の手をつかもうとしたが、それは叶わなかった。


 もはや上下も左右も分からない。

 何も分からなくなっていく。

 俺は、いや、僕は?


 僕は誰だ?


 暗闇の奥に光が見えたが、僕の意識は薄れていった。

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