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八十分間異世界半周  作者: 仙葉康大
第七章
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辜の形⑤

「ききき気分悪いの?」

「もうよくなったから大丈夫だ」

「でででも谷口くんたちはもう先に行っちゃったよね?」

「オリエンテーリングが終わるまで、俺はここにいるよ」

「わわ私たちと一緒に来ない?」

「なんでそうなるんだよ」


 俺は笑ってしまった。


「三人を待たせてるんじゃないのか? 早く行けよ」

「う、うん」


 音根は名残惜しそうに、最後の最後まで俺の方に視線を向け、最後の最後にはあごで風を切るようにして俺から視線を外し、三人のもとへ駆けて行った。


 寝よう。

 俺は目を閉じた。


 思えば、林間学校に来てから、ろくなことをしていない。登山は中止になったし、ドッジボールにしたって俺は一回もボールを投げてないし、天体観測のときは部屋にいたし。ラノベは没収されるし、バードウォッチングには遅れて行くし、飯盒炊飯のときは、一番話したくない奴と話してしまったし、オリエンテーリングは途中でリタイアするし。


 やっぱり家でラノベ読んでた方がよかったな。


「ふ、深入くん」


 強烈な既視感とともに目を開いた俺の目の前にいたのは、果たして、音根だった。


「お前、どうして?」

「え、えっと一人だと深入くんが退屈しないかなと思って。ら、ラノベも持ってないみたいだし」


 だから仮病を使ったのだと、音根は言った。


「あの三人の差し金か?」

「そ、それもあるけど、わ、私自身が深入くんと一緒にいたいって思ったから。き、昨日から全然しゃべれてないし、ききき訊きたいこともあるし」


 そう言って音根は俺の隣に腰を下ろすと、体育座りになって地面を見つめた。そのまま口を開いた。


「ははは飯盒炊飯のとき、かかかか角田さんと話してたよね?」

「もしかして見てたのか?」


 音根が顔を赤らめた。何かを決心したかのように伏せていた目を上げ、ゆっくりと俺の方を見た。


「なななな何話してたの?」

「何って別に」


 いやこの言葉は危ない。俺は何千冊のラノベを通して学んでいる。こういうときに真実を伝えないのはよくない。話がこじれかねない。


「すまん。『別に』じゃない。角田が話しかけてきたんだ。天体観測のとき、お前が俺を探してたって」

「そ、そうだったんだ」


 緊張が解けたのか、音根が息を吐きだした。体育座りから硬さが消えた。リラックスした表情で音根が言う。


「わ私、ももし角田さんが深入くんと仲良くなったんだったらどうしようかって。ほほら、か、角田さんきれいでしょ」

「そうか?」


 ただの吊り目のいけすかない女だろう。


「き、訊きたかったことはそれだけなの。ほ、本当のこと言ってくれてありがとう」

「俺が真実を語っている根拠なんてないぞ」

「そそれぐらい分かるよ。め、目を見れば」


 音根も俺と同じく、人とコミュニケーションを取るのがうまくない。しかしだからこそ、観察力を鍛えてきたのだろう。話すのが億劫だからこそ、相手の表情の微細な変化とその変化の意味を読み取る能力に長けているのだ。


 チェックポイントに並ぶ生徒の行列を眺めていると、不意に音根が言った。


「ふ、深入くん、きょ今日の夜って空いてる?」

「特に予定はないが」

「そ、そうなんだ」


 一呼吸入れて、


「あああああの、よ、よかったら私と肝試しに行ってくりゅ」


 噛んだ。


「くくくくくくれませんか?」

「肝試しってどこに行く気だ? まさかお化けトンネルか?」


 音根がうなずく。


 俺は自分の首の後ろをつかんでんだ。何を言い出すかと思えば、夜、抜け出して山の裾野のどこかにあるお化けトンネルに行くだと。


「無理だな。昨日も同じようなことを考えた奴らが先生に見つかって説教をくらっていた」


 そういうバカが俺の班にもいた。


「大体、お化けトンネルの場所も分かってないのに無謀だ。遭難したらどうする?」

「そ、そうだよね。ご、ごめん。へへ変なこと言って」


 音根の目が陰った。


 肝試しに行くと言う計画は音根の発案ではないのだろう。引っ込み思案で内向的な音根が積極的に規則を破ることをよしとするはずがない。となると、佐藤、鈴木、山田が企てた計画に違いない。


 俺は訊かねばならなかった。


「お前は俺と肝試しに行きたいのか?」

「ででも無理なんだよね」

「行けるとしたら、行きたいかと訊いている」

「い、行きたいよ。ふ、深入くんと」


 音根はあの三人の操り人形になっているわけでもないようだ。三人が示す様々な策略の中から、自らの意思で自らがしたいと思うことを選び取って実行しているのだ。


 あとは俺次第だ。

 音根と肝試しをしたいか。


 ――やめておけ。これ以上、この女と仲良くなったところであとが辛いだけだぞ。


 俺は内に潜むもう一人の自分の声を押しつぶした。

 内なる自分を否定するために行かねばならない気がした。


「よし。今から行くか?」

「いいい行くってどこに?」

「お化けトンネル」


 俺たちは体調が回復したと教師に言い、方位磁針と地図をもらい、オリエンテーリングを再開した。

 しかし目指す場所は次のチェックポイントではない。

 山の裾野の密林、そのどこかにあると言われているお化けトンネルだ。


 現在、時刻は二時前。太陽は高く昇っている。俺たちは陽が落ちるまでにはこの第一チェックポイントである山下公園に戻ってくるという条件付きで、探索を始めた。

 

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