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八十分間異世界半周  作者: 仙葉康大
第七章
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辜の形④

 できたカレーはうまかった。

 水葉さんのカレーもうまいが、今日食べたカレーは朝食を抜いていたこともあって、格別だった。


 休憩を挟み、午後からはオリエンテーリングである。


 地図と方位磁針を頼りにチェックポイントを見つけ出し、すべてのチェックポイントを通過したのち、ゴール地点へ行く。そういう遊びである。


 本来なら走ってするこの競技だが、今回は徒歩で行う。順位もつかない。つまりピクニックや遠足とそう変わりはしない。


 もちろん班行動である。


 林間学校の活動はそのほとんどが班行動だ。だから班員と仲良くないとほぼすべての活動が楽しめない。生き地獄である。


 なお、オリエンテーリング中は、携帯電話は使用禁止、どころか携帯なのに携帯すらしてはいけないことになっている。グーグルマップなどは使わず、アナログの地図で頑張れということらしい。ただし班長だけは、何か問題が起きたとき連絡が取れるよう、携帯の携帯を許されている。


 ホイッスルが鳴り、オリエンテーリングがスタートした。


 百六十名が一斉に動くと道が大変混雑するので、クラスごとに時間差で出発していく。俺たちが出発するまでまだ三十分の時間があった。待っている間、最初のチェックポイントがどこにあるかを考える。ヒントとして配られた紙には、「やまたたしたもこたたうたえたん」と書かれていた。文字列にはたぬきのイラストも添えてあった。俺はばかばかしくなった。


 班長の谷口が手を叩いた。


「俺分かった。山下やましも公園だ」

「バカ、こんなのすぐわかるわ」

「幼稚だよな」


 俺も井上や村上と同じ感想を持ったが、口を開く気にはなれなかった。


 心の中で素数を数えているうちに出発のときが来た。

 俺はうなだれて歩き出した。


 山下公園はその名の通り山の下、山を下りたところにある。高校生にもなってタヌキの暗号を解けない者はいないので、必然、みんな、同じ目的地を目指し、同じ道を行くことになる。


「ふっかいっりくーん」


 後方から聞こえたその声に、俺は背筋に寒気を覚えた。


「午前中はごめんね。私、音根のためを思って思わず熱くなりすぎちゃった。てへっ」


 鈴木は自身の頭をこずいてみせた。


「だからそのお詫びとして同行させて」

「消えろ」

「はあ? こっちが優しくいってあげてんのになにその態度? 女の子に消えろブスとか最低」


 俺はブスとは言わなかった。

 相手の容姿をののしるのは最低の行為であるし、鈴木はブスではないからである。


「すみれ。落ち着きなさい。深入くんはブスなんて言ってないわ」


 佐藤がフォローしてくれた。


 自然な成り行き、というよりは乙女の人為的な策略が働いた結果、俺たち男子四人と佐藤率いる女子四名は一緒に歩くこととなった。


 車も通れるぐらいに幅の広い、舗装された道を下っていく。


 音根は俺の隣を歩いていたが、あまり話さなかった。すぐ前にいる男子三人が聞き耳を立てているのはなんとなく察知できるし、すぐ後ろにいる女子三人が俺たちに興味津々なのは充分わかっているだろうから、恥ずかしかったのかもしれない。


 なんだか、今日は人の気持ちを推測してばかりだ。


 誰が何を考えているか、推し量る。そんなことに意味はあるのだろうかと思ってしまう。自分の気持ちすら分からないのに。


 そうだ。

 俺は分からないのだ。


 どうしてあの夜、俺は音根を抱き締めるのをやめたのか。ずっと抱き締めていたかったはずなのに、どうして急に突き放したのか。


 ――本当は分かっているはずだ。


 またあいつの声が聞こえた。心の底深くに閉じ込めたもう一人の自分がよみがえろうとしている。俺の隙をうかがっている。


 俺は考えるのをやめた。


 鳥のさえずりを浴びながら下山した俺たちは、山下公園に到着した。茂みに囲まれた大きな公園だ。噴水が陽光をはじき返している。


 班員が全員いるか、チェックを受けなければいけないのだが、教師の前には列ができていた。俺たちも並んだ。


「音根、なんでもっとしゃべらないのよ」

「だだだって」


 女子たちは反省会を開き始めた。


「深入、ちょっといいか」


 班長の谷口が手招きした。が、そもそもめちゃくちゃ近くにいるので俺は動かなかった。


「何だ?」


 男子どもが顔を寄せてきた。


「あれ、どういうことだよ?」


 何一つ具体的な情報がなく、意味が分からない。


「お前ら、いろんな噂があるけど、結局、どうなってるわけ?」


 知るか、ボケ。


「再婚したって言うのは、本当なんだよな?」


 お前らには関係のないことだ。


「なんか相田さん、雰囲気変わったよな」

「地味だけど、よく見るとけっこういいよな」

「でもなあ」

「でも何だよ?」


 俺はでもなあと言いやがった村上をにらんだ。


「何だよ、怖い顔して」

「でも何だって訊いてる」

「いや、別に深い意味はねーよ」


 口論になりかけたところで、俺たちの番が来た。谷口が何か紙をもらっている。おそらく次のチェックポイントに関するヒントだろう。


 あと何時間もこいつらと行動を共にしなければならないのだと考えると、吐き気がした。だから言った。


「悪い、谷口。俺、気分が悪いからここでリタイアする」

「まじかよ」


 まじだよ、バカ。


 俺は教師に体調不良を訴えた。教師は保健の先生を呼ぶと言ったが、俺はそこまでひどくはないと伝えた。


「仮病じゃないだろうな」

「オリエンテーリングをサボりたくて仮病を使うなら、出発する前に言ってます」

「それもそうか。休んでろ」


 谷口たちは俺を置いて先へ進んだ。

 清々した。

 気分がよくなった。


 リュックをそこらに放り、木陰に腰を下ろす。木下闇(こしたやみ)へと迷い込んでくる風が涼しくて気持ちよくて、眠ってしまいそうになる。


 まぶたを閉じかけたそのとき。


「ふふふふ深入くん」


 目の前に音根がいた。

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