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八十分間異世界半周  作者: 仙葉康大
第七章
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辜の形②

 宿泊棟からキャンプ場まで歩いて十数分だった。朝の空気はそのすがすがしさを失いかけていた。


 遅刻して行った俺は当然、説教をくらった。他の奴らの姿はなかった。すでに森へ行き、バードウォッチングを開始しているのだろう。


「まあ、先生。それぐらいでいいじゃありませんか。せっかくの林間学校なんですし」


 助け舟を出してくれたのは、ウチのクラスの現代文を受け持っている女教師だった。たしか、名前は秋目あきめ。二十代で、長くウェーブのかかった髪が(うるわ)しく、男子生徒には人気がある。女子からは嫌われている。俺も嫌い。


「優しい秋目先生に感謝するんだな」


 そう言って、男の教師は飯盒炊飯の準備があるからとどこかへ行ってしまった。


「じゃ、行きましょうか」

「え? どこへですか?」

「バードウォッチングよ。ここの近くの林でやってるんだけど、迷ったらいけないから先生が案内するわ」

「あ、俺、いいです」


 俺は体操ジャージの中に隠し持っていたラノベを取り出した。


「そこらへんで読書してるんで」

「ダメに決まってるでしょ」


 ラノベを没収された俺の胸中に芽生えたもの、それは憎悪だった。


 曲がりくねる林道を突き進んでいくと、生徒の姿がちらほらと見え始めた。手には双眼鏡や持ち歩けるサイズの野鳥図鑑を持っている。


 野鳥の会の人は、遅れてきた俺にも鳥の見つけ方や双眼鏡の使い方を教えてくれた。生徒の私物を強奪するような極悪人がいる一方で、こういう親切な人もいるのである。


 鳥の鳴き声をキャッチしようと耳を澄ませる。


「あ、いたいた」

「あれ、何て鳥?」

「図鑑図鑑」

「やばい。全部同じに見える」

「だりー」


 鳥の声ではなく、人間の声ばかりが聞こえる。


 俺は人がいない方、いない方へと歩いた。しかし、生徒は林の広範囲に散らばっており、視界に人間を入れないことは困難だった。


 時たま、おしゃべりの声が途切れる一瞬がある。そんなときに風が吹くと、梢がこすれ合う音まで聞こえるのだった。


 ふと、足を止める。


 見られている。


 うまく気配を消しているから、どこから見ているのかまでは分からない。が、確かに視線を感じる。しかも複数。


 バードウォッチングではなく、ヒューマンウォッチングをしている奴らがいる。


 悪趣味だ。

 注意してやりたい。

 どこだ? どこにいる?


 辺りを見回す。しかし、すでに見えている生徒は俺のことなど気にせず、野鳥を探している。悪趣味くそ野郎どもは、木の影もしくは茂みに隠れているようだ。


 そのとき、ピーピーピーピーと鳴き声がした。


 振り返ると、木の枝に鳥が乗っていた。大きくはない。小鳥、といってもいいのだろうか。胸の部分は黄色い。翼は黒。


 そうだ。双眼鏡だ。

 俺はレンズをのぞきこんだ。


 鳥は顔を色々な方へ向けている。警戒している。突如、林にやって来た愚かな人間どもは全員死んでしまえと思っている。


「ふふふふふふ深入くん」


 突然背後から声をかけられたので、わっと叫びそうになった。喉に力を入れて己の声をつぶす。

 一息ついてからそいつの方を見る。


「いきなり何だ?」


 音根は体操ジャージの袖をつかんだまま、ほんのかすかに体を揺らしていた。いや、これは震えているだけかもしれない。


「ああああの鳥、な、なんて名前か知ってる?」

「知らんな」

「キビタキって言うんだよ」

「よく知ってるな」

「しし調べたから」


 しかし音根は図鑑を持っていない。


「ん? 佐藤や鈴木や山田と一緒だったんじゃないのか?」

「いいいい一緒だったよ」

「じゃあなんで今一人なんだ?」

「え、えっと、そその、ふ、深入くんを見かけたから、さ三人にはことわって私だけ来たの」

「何か用か?」

「よよよよ用とかじゃなくて、そ、その、は、話したかったから、き来たの」


 俺は音根から視線をそらしてしまった。今、音根の目を見たら、また、あの夜のように抱きしめたくなる自信があった。


「ききき昨日、て、天体観測のときどこにいたの?」

「部屋だ。あんな天気じゃ星は見れないと思ったから」

「う、うん。み見れなかった。じゃ、じゃあ今朝は? ふ、深入くんの班の人たちを食堂で見かけたんだけど、ふ、深入くんはいなかったよね? どどこにいたの?」

「寝てた」


 もしかして今俺は責められているのか?

 なんだかそんな気がする。


「寝てたって何よっ」


 すぐ近くの木の影から鈴木が出てきやがった。


「あんたねえ、さっきからふざけてんの? 天体観測のとき、音根がどれだけあんたのこと探したと思ってんのよ。今日だって一緒に朝ごはん食べようと思ってたのに、なのに寝てた? いい加減にしなさいよ」

「お前にとやかく言われる筋合いないだろ」

「ある。私は音根の友達よ。あんたのその不誠実な態度を矯正してやムガムガ」


 佐藤が鈴木の口を押さえてくれた。


「ごめん、二人とも」

「私たち、あっち行ってるから」


 三人は去った。


 俺は悟った。俺を監視していたのは、佐藤、鈴木、山田の三人組だったのだ。それに音根。こいつも俺をウォッチしていたのかもしれない。


 人間の視線が鬱陶うっとうしかったら、鳥は飛んで逃げることができる。

 俺は逃げられない。


 この林間学校の間に、もし音根が俺に告白するようなことがあったらと、想像してしまう。


 なんと言って返せばいいのだろう。


 返答の先延ばしは許されない。俺はハーレムラノベの主人公ではないのだから。好きか嫌いかはっきりせず、相手の好意を持続させることほど残酷なことはないのだから。


 キビタキはもうどこかに消えてしまっていた。


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