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八十分間異世界半周  作者: 仙葉康大
第六章
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雲は無慈悲な夜の帝王⑥

 本館の大浴場で入浴をすませ、部屋に戻った私たちは、布団を敷いてその上に寝転がって話をしていた。


「ねえ、肝試しの話、聞いた?」


 八重が切り出した。


 一部の生徒は、今夜、宿泊棟を抜けだして肝試しに行く計画を立てているらしい。なんでも、山の裾野のどこかにあるらしいお化けトンネルを探すのだという。


「行って、噂の真偽を確かめるって言ってた」

「噂?」


 私たちが興味を示すと、八重は語りだした。


 いわく、トンネルに一歩足を踏み入れたら、引き返せないという。

 いわく、「私は誰?」という声がトンネルの奥から聞こえてくるという。

 いわく、トンネルの調査を行った人たちが神隠しにあったという。


「う、噂でしょ? そんなの誰かのでっち上げに決まってるわ」


 すみれの声の震えをさくらは見逃さなかった。


「怖いんだ、すみれ」

「怖くない。全然怖くない。はい。この話これで終了。そうだ。ウノやろうウノ」


 四人でウノをしていると、時間はあっという間に過ぎて、就寝の時刻になった。

 しかし女子のおしゃべりが勢いずくのは、部屋の明かりが消えてからである。


「ねえ、好きな人いる?」

「いない」

「なし」


 私はいる。けど、私と深入くんのことについては、日中も何度か話題にのぼったので、ここは聞き役に徹しよう。


「す、すみれは?」

「私? いないよ」

「う、嘘。ほ本当はいるんでしょ?」

「いやー、いたらいいよねー。でもいないの」

「す好きまでいかなくても、き、気になってる人とかは?」

「あー、皆無だわ。男子全員バカだしエロいしキモイし」


 つかの間の沈黙。


「はい。じゃあ本題っ、どうすれば音根と深入くんの仲がもっと深まるか、みんなで話し合うわよ」

「ままままま待って」

「待たない。さくら、何かある?」

「うーん。二人の仲が深まるとか恋愛とか関係なしに、ずっと気になってたことはある」

「な、何?」

「いや、でもこれは私が口出しすることじゃないかもしれない」


 何だろう。感情のままにしゃべるすみれと違って、さくらは思慮深いところがある。だからこそ、さくらが何か引っかかっていることがあるのなら、聞いてみたい。


「な、なんでも言っていいよ。と、友達なんだから」

「いや、その、音根ってさ、深入くんのこと『深入くん』って呼ぶじゃん。あれ、なんでかなって」

「そう。それ。私も思ってた。やっぱり親密になるには名前で呼んだ方がいいよ。だってカップルはみんな下の名前で呼んでるもん。うん。絶対そう。そうだよね?」

「いや、そういうことじゃなくて、家とかで紛らわしくないのかなって。ほら、深入くんのお父さんも深入なわけだし」

「だ、大丈夫。ふ深入くんのお父さんのことは、ひ、広彦さんって、な名前で呼んでるから」

「そう、なんだ」


 そうなの。

 やっぱり、お父さんじゃない人をお父さんと呼ぶことはできない。


「嘘。音根、深入くんのお父さんのこと、名前で呼んでるの?」

「そ、そうだよ」

「なら深入くんのことだって名前で呼べばいいじゃん。そもそも音根の苗字だって正式には深入なんでしょ」


 お母さんが再婚したことで、私の苗字は相田から深入に変わった。


 混乱と要らぬ詮索を避けるために、学校では旧姓を名乗らせてほしいと頼んだら、学校側もこれを了承してくれた。しかしすみれの言う通り、正式には、私はもう相田音根ではなく深入音根なのである。


 深入音根が深入霧彦を深入くんと呼んでいる現状は確かにおかしい。兄のことを苗字で呼ぶ妹がどこにいるだろうか。名前で呼んでしかるべきだ。


 でも、けれど、しかし。


「むむむ無理だよ。な、名前で呼ぶなんて」

「なんでよ?」

「だだだってまだ付き合ってもないし」

「じゃあ付き合えば? てか告れば?」

「そそそそそれこそ無理だよ」


 天体観測のとき、好きな人に好きですと伝えていた人もたくさんいたけれど、私にああいうことができるとは思えない。吃音で、普通にしゃべることもままならないのに、あなたのことが好きですってうまく伝えられるはずがない。


「まあ、焦らなくてもいいんじゃない。十中八九、深入くんも音根のことが好きだから、誰かにとられるようなことはないと思うよ」

「甘いと思う」


 さくらの言葉に安心した瞬間、八重の声が私を突き刺した。


「てか八重、あんた起きてたの?」

「寝たなんて言ってない」

「寝たら寝たって言えないでしょーが」

「馬鹿なすみれは放っておいて、話を戻す。音根はもう少し危機感を覚えるべき」


 馬鹿とは何よとすみれが激昂しているが、八重はかまわずに続ける。


「私が見ている限り、音根は今日、深入くんとほとんどしゃべっていない。ドッジボールのときにありがとうって言っただけ。しかも深入くんは何も返さなかった」


 よく見てる。


「明日もこの調子じゃまずいと思う。最悪、他の女子に深入くんをとられる」

「えー、それはないでしょ。ないない。ねえさくら」

「うーん。まあ、あの偏屈がモテるとは思わないね」


 深入くんがこの場にいなくてよかった。


「通常なら、深入くんが女子から好意を寄せられるなんてことは、あり得ない」


 待って。ちゃんと私、深入くんのこと好きだから。


「でも林間学校となると話は別。明日も飯盒炊飯(はんごうすいはん)とかオリエンテーリングとか色々あるけど、何が起こるか分からない。何かのはずみで女子が深入くんに急接近することもあり得る」


 そんなの嫌だ。絶対に嫌。


「どどどどどうすれば?」

「簡単。他の女子よりも先に、音根が深入くんを(とりこ)にすればいい」

「そのための策は?」さくらが訊いた。

「今からみんなで考える」

「はいはーい。私の経験から言うと――」


 時に意見をぶつけ合い、時に恋愛経験の少なさを露呈(ろてい)しつつ、私たちはいくつかの策を考え出した。


 そして、明日すべきことが決まった。


 まず朝食。深入くんの班と一緒に食べる。


 バードウォッチングのときは深入くんをウォッチする。他の女子が彼に近づいたときはけん制する。


 その後の飯盒炊飯は、男子四人、女子四人の計八名で作ることになっている。つまり二班で取り組むことになるのだが、この組み合わせはくじ引きで決まるから、祈るしかない。


 午後からのオリエンテーリングも班別行動ではあるが、私たちは金魚の糞のように深入くんの班について回る。


 夜は肝試しだ。といっても、大勢では行かない。私と深入くんだけでお化けトンネルへ行く。吊り橋効果というので仲良くなれるらしい。


 以上が、私のためにさくらが、すみれが、八重が考えてくれた計画である。


 端的に言って、三人はバカなのだと思う。こんな私のためにこんなバカな計画を立てるのだから。


 でも一番バカなのは、林間学校の夜に友達と恋バナして盛り上がった挙句、目が冴えて寝付けないでいる私かも。


 窓を覆い隠すカーテンの隙間からかすかに月光が差し込んでいる。

 つまり、天体観測を邪魔したあの巨大な雲はもうどこかへ行ってしまったということだろうか。


 明日は、晴れるといいな。


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