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八十分間異世界半周  作者: 仙葉康大
第六章
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雲は無慈悲な夜の帝王⑤

 雨はやんでいた。

 運動場には水たまりができている。


「えー、天体観測は一応、実施します」


 学年主任の先生、歯切れが悪い。それもそのはず。雨こそやんでいるが、空にはいまだに分厚い雲が横たわっている。星は見えない。一つも。


 みんな、とまどっていた。


 突っ立ったままでいるのも馬鹿らしいので、歩いたりしてみるが、何度空を見上げても星は見えないのだ。


 濡れないようにブルーシートを敷いて、その上に設置した天体望遠鏡も用なしだった。それでも一縷いちるの望みをかけて望遠鏡をのぞく者もいたが、数秒もしたら、レンズから顔を離し、首をひねるのだった。


「つまんないつまんないつまんなーい」


 すみれが駄々をこね始めた。


「何これ。星全然見えないし、そこらでカップルはいちゃついてるし、私、すっごくつまんない。バカバカバーカ」


 そうなのだ。最初の内は班単位で行動していた生徒たちも、その結束は徐々にほどけていって、恋人がいる者は恋人のもとへ行き、肩がくっつきあうぐらいに身を寄せ合い、今日あったことを報告し合っているようなのだ。


 恋人たちの甘い声がささめくグラウンドは、今や、幾線(いくせん)もの嫉妬と羨望(せんぼう)のまなざしが交錯する場所でもあった。


 どこかでは誰かが愛を告白し、どこかでは誰かが恋を失い、どこかでは誰かが今まで気づかなかった自分の気持ちに気づいてる。


 違う。


 私は誰かの恋愛を見物したいわけじゃない。


「へ、部屋に帰る?」


 私の一言に、三人が固まった。


「え?」

「だだだってここにいても話す以外することないし、な、なら部屋でゆっくり四人だけでおしゃべりした方が――」

「あんたバカあああああああ」


 私の両肩に手を置き、前後に揺するすみれだった。


「私たちはそれでもいいよ。でも音根、あんたはダメでしょうが。あんたはやることあるでしょ」

「え? なななに?」


 すみれは目を血走らせていた。怖いので顔を背けると、さくらが私の正面に来て言った。


「ねえ、音根。私たちに気をつかうこと、ないんだよ」

「え?」

「深入くんのとこ、行ってきなよ」


 そのとき、私は私を自覚した。他人の恋愛を見たいわけじゃない、そんなことを思ってしまう私はきっとエゴイストで、そんな自己中心的で傲慢な自分を自覚するのが嫌で、恋人よりも友達を優先しているかのように装うために「部屋に帰ろう」などと言ったのだった。


 本当は、天体観測が始まる前から、私は深入くんに会って話をしたかったんだ。


「ごごごめん。わ、私行くね」


 私は三人に背を向け、歩き出した。私たちの学年は四クラス、だから百六十人もの生徒がここにはいる。その中でたった一人の深入くんを探し当てねばならない。歩けども歩けども、人波はとぎれることがなかった。私は一人だった。


 疲れた。足を止める。周りをいくら見回しても、視界に映るのは深入くんではない人の顔、顔、顔。人混みに酔いそうになった私は、ぬかるんだ地面を見つめて心を落ち着かせようとした。


「何してんの?」


 鋭い声だった。見ると、切れ長の目をした女の子が腕組みして立っていた。私はこの子を知っている。


「か、かかかか角田(かどた)さん?」

「佐藤とか鈴木とか山田とかは?」

「え、ええええええっと」


 心臓が跳ねてしまう。

 角田さんは私の吃音をからかっていた女子の筆頭だった。


「もしかしてはぐれた?」

「あ、あ、あ、ち違うの。わ、私の意思で今は三人とは別行動」

「ふーん」


 五秒ほどの沈黙が流れていった。


「で、何してんの?」

「ひ、人を探してて」


 私がそう言うと、角田さんはまた興味なさげに「ふーん」と言った。


「で、誰探してんの?」

「え、ええっと深入、くん」

「あ、そう」


 それから角田さんは私をにらむと、


「ちょっと待ってて」


 と言って、きびすを返し、近くにいたクラスの男子たちに声をかけた。何か訊いてる。すごい。あんなふうに誰とでもしゃべれるのは、才能だ。


 戻ってきた角田さんは怖い顔のまま言った。


「深入、天体観測始まってすぐ部屋に帰って行ったって。馬鹿な男子の言うことだから、百パーじゃないかもだけど」

「あ、あああありがとう」


 角田さんの顔がひしゃげた。


「私にっ、ありがとうなんて言うなっ」


 すごい剣幕でそう言い切り、角田さんは足早にどこかへ行ってしまった。私は角田さんの姿が見えなくなってから、「ごめん」と呟いた。


 さくらとすみれと八重のもとに戻り、事情を話すと、三人は念のためもう一度、今度は一緒に探そうと言ってくれた。私はもう諦めていたのだが、三人の親切を無下にすることもできなかった。


 歩いて、歩いて、歩いて、その一歩ごとに私は、深入くんの不在を確かめるのだった。


「どうしていないのよー」


 いくらすみれが叫んだところで、いないものはいない。いないのだ。ここに深入くんはいない。

夜空がそのきらめきを見せることは、ついになかった。


 一つの星も瞳に入れることなく、私たちの天体観測は終了した。


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