深入霧彦の憂鬱②
「じゃあ、次の段落を、深入くん、音読してくれる?」
「え? はい」
「どうしたの? 早くしなさい」
席と席の間を直進してきた先生が、俺の手元を見て、目を見開いた。
「何を読んでるの?」
先生が取り上げたそれは、ライトノベルだった。今日の夜は、父と再婚相手とリストランテに行って仲睦まじくお食事をすることになっている。話が長引けば、家に帰るのが夜遅くなるかもしれない。つまりは、ラノベを読む時間が十分に確保できない可能性がある。だから授業中に読むことにしたのだ。反省はしていない。
「ふーん。『異世界に転生して最強になった結果、モテまくって困る件』」
先生がタイトルを読み上げた。クラスメイトの笑い声がさざ波のように広がっていく。
「これ、何?」
「ライトノベルですよ。国語の先生なのにご存じありませんか?」
「そういうことではありません。なぜ、このようなものを授業中に読んでいるのかと聞いています」
「頭の固い評論家が書いたお堅い文章よりもよっぽど面白いからですよ」
「教科書に載っている文章は、頭の緩いラノベ作家が書いた頭の悪い文章よりもよっぽど為になりますよ」
俺と先生の視線が交差し、ばちりばちばちと火花をまき散らした。
「これは没収します。放課後、取りに来なさい」
くそったれあんどくそったれ。
教壇に戻ると、先生は別の人を当て、音読するように言った。
「か」
女生徒の声だ。
「かか」
やけに「かかか」言っていると思ったら、相田音根だったので納得である。
「か、かかかかい滅的な、ひ、被害をも、もももたらし、たし、ししししんさいは――」
彼女は吃音症だ。