やはり俺の青春ソロプレイは間違っていない。④
二日分の着替えと寝間着、懐中電灯、虫よけシート、スマホの充電器、ラノベ三冊。それらをボストンバッグに詰めていく。
ノックの音がした。
「準備進んでる?」
水葉さんが入って来た。
「何か要るものがあったら言ってね」
「大丈夫です。もう終わりました」
「あらそう。音根なんかまだまだかかりそうよ。手伝ってあげたら?」
「遠慮しときます」
音根だって持っていくものを俺に見られたくないだろう。
「ねえ、もうすることなくて暇なら、少し付き合ってくれない?」
断る理由は特になかった。
リビングへ行くと、俺はソファに座っているよう言われた。水葉さんはキッチンへ行き、何やら物音をさせている。少しして、ワインの瓶とグラスを手にやって来た水葉さんは、俺の隣に座った。脇に挟んでいた薄い箱を座卓の上に置いて言った。
「食べていいわよ」
中身はチョコだった。ハート形やひし形、白い粉をまぶしてあるものなど、全部で十五個ぐらい。
「霧彦くんも飲む?」
水葉さんの言う付き合うとは、彼氏彼女の関係になるという意味でも、買い物について行くという意味でもなく、晩酌の相手をすると言う意味だったのだ。
「弁護士が未成年に酒をすすめたらダメでしょう」
「冗談に決まってるでしょ」
水葉さんは音根とは対照的だ。明るくて、物言いがはっきりしていて、我を通す。そんな強い女の人の目元が、お酒のせいか、和らいでいた。チョコを口に放り込んで、ワインを一口にとどまらず二口三口飲み、それから、だしぬけに呟いた。
「ありがとね」
俺は面食らってしまった。
「音根のこと」
またワイングラスを傾けた。
「あの子から聞いたわ。あなたのおかげでからかわれることがなくなって、友達ができたって」
「俺は何も」
していない。水葉さんが弁護士でなかったら、あのくそ女どもは音根をからかい続けただろうし、友達ができたのは、音根がいい子だからだ。
水葉さんは首を横に振って、俺の言葉を打ち消して見せた。
「むしろ不甲斐ないのは、私の方。音根がまだ小さかった頃は目を光らせていたの。小学校にも中学校にも怒鳴り込んで、いじめの芽は即座に踏みつぶした。相手の親に対して脅迫まがいのこともした」
ため息をついて続ける。
「音根が高校生になって、私、どこかで安心してた。県で一番の進学校に、吃音をからかうような低能はいないだろうって」
「案外います」
「ええ。あの子は高校生になってからも毎日、からかわれ、いじめられてたのね。でも私は気づいてあげられなかった」
「音根も言わなかったんでしょう。水葉さんの落ち度じゃないです」
グラスに残ったワインを飲み干すと、水葉さんはうなだれて呟いた。
「あの子、林間学校が楽しみなんだって」
それは俺も聞いた。
「初めてなの。あの子がそんなこと言うの」
水葉さんが俺の目を捉えた。
「初めてなのよ」
吃音をからかうクラスメートと一緒に、旅行へ行ったり、歌を歌ったり、運動したりしなければならない学校行事は、音根にとって、苦痛以外の何ものでもなかったのだろう。ぼっちの俺は今でも学校行事なんて全部なくなれアホと思っているが。
参観日のとき、運動会のとき、文化祭のとき、水葉さんは、これまでどんな気持ちで音根を見守ってきたのだろう。どれだけ心配したのだろう。音根が今日言った「楽しみ」、というたった一言をどれだけ心待ちにしてきたのだろう。
俺はグラスにワインを注いだ。
「あら、ありがとう」
水葉さんは俺のついだ分を一息に飲み干して、立ち上がった。
「さあて。音根は準備終わったかしら」
リビングを出て行こうと歩き始めた水葉さんがよろめいた。が、すぐ立て直し、こっちを振り返った。
「霧彦くんは林間学校楽しみ?」
「あまり」
というか、まったく。
「そう。でも大丈夫。きっと楽しいわ」
根拠もなくそんな台詞が吐けるなんてこの人もたいがい充実した学生生活を送っていたんだろなあ。
「あと、今日は夜更かししないで早く寝るのよ」
「分かってます」
なんと言ったって、明日から楽しい楽しい林間学校だ。あー楽しみ。




