ノーパンツ・ノーライフ⑥
夜、二十二時を過ぎた頃、ライトノベルを返しに行った。
「こ、この『あるいはシュレティンガーの猫の死体』ってやつが面白かった」
感想を言うと、深入くんは口の端を片方だけ吊り上げ、うなずいた。
「そうだろう。気に入るならこの本だろうと思ってた」
「きょ、きょきょ今日もまた何冊か貸してもらっていい?」
「ああ。ちょっと待ってろ」
昨日と同じようにドアを閉めようとした。
「あああああああのっ」
ドアがまた大きく開いた。私は一歩だけ詰め寄って、彼の懐に入り込んで、見上げるようにして言った。
「へ、部屋に入れてくれないのは、ど、どどどどうして?」
「どうしてって、お前」
「ややややっぱり他人を入れるのは嫌だから?」
深入くんは長いため息をついた。
「違う。勘違いはよせ」
「ごごごごめんなさい」
「いや、説明しなかった俺も悪い。入れ。中で説明する」
やった。
部屋に足を踏み入れた私は、さらに疑問の色を濃くした。何もおかしなところがないのだ。壁際に大きな本棚が二つ、中は全部ラノベだ。ローテーブルに、学習机と椅子、クローゼット、箪笥、ベッド。一見、何の変哲もないこの部屋にも、異性には見られたくない物が隠されているのだろうか。
「やっぱりな」
深入くんが私の方を振り返った。
「お前は不用心だ」
「え?」
「夜、思春期の女がパジャマ一枚でしかも一人で、思春期の男の部屋に来るなんて不用心だと言っている」
「『はは入れ、な、中で説明する』って言ったのは深入くんでしょ」
「だとしても、お前はこの部屋に入るべきじゃなかった」
深入くんの目が鋭さを増していく。眉間の皺が深くなっていく。
「お前は男というものをまるで分かっていない。いいか。男なんてものはみんな、獣だ。特に思春期の男などという蛮族は、一日の大半はエロいことを考えているアホ共に他ならない。そんな獣の巣にお前は何の装備もなしに足を踏み入れたんだ。パジャマっ、一枚でっ」
「ししししし下着は着けてるからね」
言ってしまってから気づく。私、なんて破廉恥な弁明をしてるんだろう。
私の顔面は急速に熱くなっていく。
「パジャマ一枚というのは言葉の綾であって、今、お前がノーパンじゃないことぐらい、ちゃんと分かってる」
「そそそそそそそその話はもういいから」
私はパンツをちゃんと履いていることを証明するためにここに来たわけじゃない。
「お前がラノベを選んでいる間、俺は廊下に出ておく。初めからこうすればよかったな」
そう言ってきびすを返した深入くんの背中に向かって、私は言葉を投げつけていた。
「ななななんで? で、出て行くことない」
深入くんは止まらない。ドアを押して廊下へと出て行く。
「おおお男の人はみんな獣だって言ったって、ふ、ふふ深入くんは私に変なこと、し、ししないでしょ?」
「何度も言うけど、やっぱりお前は分かってないよ。どこまで行っても俺は男なんだ。思春期なんだ。獣なんだ。たった今たがが外れて、次の瞬間には、お前をベッドに押し倒しているかもしれないんだ」
「ふふふ深入くんはそんなことしない」
「するかもしれない」
「し、しない」
「お前の願望を俺に押し付けるな」
そう言い残し、深入くんは出て行ってしまった。
一人残された私は、下唇の内側を噛み、目の前の本棚を見つめた。ラノベの背表紙に記されたタイトルがにわかに滲み出して、読めなくなった。




