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八十分間異世界半周  作者: 仙葉康大
第四章
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ノーパンツ・ノーライフ⑥

 夜、二十二時を過ぎた頃、ライトノベルを返しに行った。


「こ、この『あるいはシュレティンガーの猫の死体』ってやつが面白かった」


 感想を言うと、深入くんは口の端を片方だけ吊り上げ、うなずいた。


「そうだろう。気に入るならこの本だろうと思ってた」

「きょ、きょきょ今日もまた何冊か貸してもらっていい?」

「ああ。ちょっと待ってろ」


 昨日と同じようにドアを閉めようとした。


「あああああああのっ」


 ドアがまた大きく開いた。私は一歩だけ詰め寄って、彼の(ふところ)に入り込んで、見上げるようにして言った。


「へ、部屋に入れてくれないのは、ど、どどどどうして?」

「どうしてって、お前」

「ややややっぱり他人を入れるのは嫌だから?」


 深入くんは長いため息をついた。


「違う。勘違いはよせ」

「ごごごごめんなさい」

「いや、説明しなかった俺も悪い。入れ。中で説明する」


 やった。


 部屋に足を踏み入れた私は、さらに疑問の色を濃くした。何もおかしなところがないのだ。壁際に大きな本棚が二つ、中は全部ラノベだ。ローテーブルに、学習机と椅子、クローゼット、箪笥(たんす)、ベッド。一見、何の変哲もないこの部屋にも、異性には見られたくない物が隠されているのだろうか。


「やっぱりな」


 深入くんが私の方を振り返った。


「お前は不用心だ」

「え?」

「夜、思春期の女がパジャマ一枚でしかも一人で、思春期の男の部屋に来るなんて不用心だと言っている」

「『はは入れ、な、中で説明する』って言ったのは深入くんでしょ」

「だとしても、お前はこの部屋に入るべきじゃなかった」


 深入くんの目が鋭さを増していく。眉間の(しわ)が深くなっていく。


「お前は男というものをまるで分かっていない。いいか。男なんてものはみんな、(けだもの)だ。特に思春期の男などという蛮族(ばんぞく)は、一日の大半はエロいことを考えているアホ共に他ならない。そんな獣の巣にお前は何の装備もなしに足を踏み入れたんだ。パジャマっ、一枚でっ」

「ししししし下着は着けてるからね」


 言ってしまってから気づく。私、なんて破廉恥な弁明をしてるんだろう。

 私の顔面は急速に熱くなっていく。


「パジャマ一枚というのは言葉の(あや)であって、今、お前がノーパンじゃないことぐらい、ちゃんと分かってる」

「そそそそそそそその話はもういいから」


 私はパンツをちゃんと()いていることを証明するためにここに来たわけじゃない。


「お前がラノベを選んでいる間、俺は廊下に出ておく。初めからこうすればよかったな」


 そう言ってきびすを返した深入くんの背中に向かって、私は言葉を投げつけていた。


「ななななんで? で、出て行くことない」


 深入くんは止まらない。ドアを押して廊下へと出て行く。


「おおお男の人はみんな獣だって言ったって、ふ、ふふ深入くんは私に変なこと、し、ししないでしょ?」

「何度も言うけど、やっぱりお前は分かってないよ。どこまで行っても俺は男なんだ。思春期なんだ。獣なんだ。たった今たがが外れて、次の瞬間には、お前をベッドに押し倒しているかもしれないんだ」

「ふふふ深入くんはそんなことしない」

「するかもしれない」

「し、しない」

「お前の願望を俺に押し付けるな」


 そう言い残し、深入くんは出て行ってしまった。


 一人残された私は、下唇の内側を噛み、目の前の本棚を見つめた。ラノベの背表紙に記されたタイトルがにわかに(にじ)み出して、読めなくなった。


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