深入霧彦の憂鬱
父が再婚したいと言い出した。
「お前はどう思う?」
俺はトーストにマーガリンを塗りたくっている最中だった。
「どうって別に」
勝手に離婚したんだ。再婚するのだって勝手にすればいい。
「まあ、そうだよな。すぐには決められないよな。だから、一度会ってみてほしいんだ」
「いつ?」
「今週の金曜、夜」
「あー、ダメだ。俺、行けない」
「彼女とデートの約束でもしてたか?」
彼女なんているわけないだろ。殺すぞ。
「俺も色々と忙しいんだ」
「なら別の日にしよう。いつがいい?」
「そうだな。来年の――」
「ちょっと待て。お前、そんなに忙しいのか? グローバル企業のCEOぐらい忙しいぞ、それ」
俺はため息をついた。やれやれ。この男は高校生がどれだけ忙しいか、分かっていないのだ。部活に塾、体育祭や文化祭などの各種学校行事。友達とは四六時中SNSでつながり、ノリだけで通じ合える良き友人関係を構築、維持しなくてはならない。さらに、恋人とのデートだ。海や遊園地や花火大会やプラネタリウムへ行かなければならないのだ。くそったれ。
「部活は帰宅部で、塾にも通ってなく、おそらく友達も彼女もいないお前が、どれだけ忙しいのか、じっくり聞かせてもらいたいね」
「なめてもらっては困る。俺は本当に忙しい。ラノベ読んだり、アニメ見たり、あと、ラノベ読んだり」
父の瞳が赤黒く光った。音を立ててコーヒーを飲み干すと、唐突に席を立ち、言った。
「今週の金曜、夜な」
「はい」