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幻燈の欠片  作者: 借りた二
一章 目覚めた世界と何も無い僕等
9/26

同期の

 





 ゴブリンを四匹仕留め、夕方になりかけた所で、俺達はホームへ引き返した。その空気は達観したものなのか、単に重いのかはよく分からない。

 ただ二人、カイトとシュウはそんな雰囲気を放っている。哀愁、後悔、達成感。それ以外にも読み取れない多くの感情が混ざり合い混沌とし、今の雰囲気を造り出していた。

「.....................」

 カイトはまだ良いが、シュウは酷い。

 とても酷い顔をしている。顔には泣き腫らした跡が残っているし、今も充血した目を細めている。

 合流した時、唇はまるで熟れすぎて裂けてしまった赤い果実のようになっていた。

 神聖な白装束の半分は血塗られていて、多分十中八九の一般人がその姿を見たら聖職者だとは思わないだろう。その全てがシュウの精神を表しているように見えて、なんとも言えないものになっている。


 あの死体、酷い有様だったしな...。


 合流した時の事を思い出す。

 五つの巨岩郡からそう離れていない場所で、慟哭が聞こえた。シュウのものとは最初気付かない程、乖離した慟哭だった。悲痛で、一生報われないんじゃ無いかって思う位には酷いものだった。


 最初に見た時はソレが何か分からなかった。そして気付いた時、言葉を失った。


 そこには紅い花が咲いていた。

 美しい、とは言えない類の花だ。そもそも植物じゃ無い。


 血と臓物の花が咲いていた。


 ゴブリンの臓物は血と共に彩られ、森にポツンと紅い花を咲かせていた。ゴブリンの原型なんてモノは無かった。何度も何度も壊して、壊して、壊し尽くしたんだろう。

 その前でシュウは縋るように泣いていた。

 大切にしていた玩具が壊れ泣いてしまう子供の様に泣いていた。


 泣いて泣いて泣いた後に、ようやく俺達に気づいて


「我...我は.........どうすれば良い?どうすれば最善だったのだ?何が正しいのだ?.........教えてくれ......頼むから」


 ボロボロにぐちゃぐちゃになった顔を必死に歪めて、笑顔を作り出してそう言ってきた。

 正直、なんて返せば良いか分からなかった。この半月、ワケの分からない世界でもがきながら生きてきた。

 その中で俺が抱いた感情は「なんでだろう?」という疑念と困惑が大きい。口には出していなかったが、そもそもこの世界に生きている事に違和感を感じている。

「なんで俺ここで本読んでんだろう?」みたいな、ふと客観的に自分を省みた時の違和感。そして今はそのモヤモヤが一向に晴れないような状態。

 多分シュウは、その感情が人一倍強かったんだろう。辛かったんだろう。そんな戸惑いの中、有耶無耶にはぐらかして来ていた。


 それが今、やっとくっきり形が浮かび上がり、脳へ鮮明に染み込ませた。


『殺した』という衝撃的で圧倒的な事実を以て。








 ◆








 あれから一週間が経った。


 あの日、俺はシュウが立ち上がるのは不可能だと思っていた。俺も最初に殺した時は嫌悪感と後悔で押し潰されそうになって、心がぐちゃぐちゃに捻じ曲がってドロドロに混ざ返されたからだ。吐き癖、なんてものもついた。

 しかしシュウは次の日、


「我の剣戟、ゴブリンに叩き込んでくれよう!フハハ!!!」

「えっと...その、大丈夫なの?」


 超ハイテンションだった。


「ん?何の事だ?」


 空元気なのか本心からなんとも思っていないのか...半々なのかもしれないが、安心はした。

 吹っ切れた、んだと思う。カイトもだが、シュウはあの出来事で強かになった。


 本当に強くなった。


 そしてこの一週間。俺達は北の森の攻略を順調に進めて、黒字になるようになってきていた。今は調子が上がって来たことを酒場で小祝勝会?的な何かを開いていた。

 それと定期的に肉を食べないと流石に辛い。


「生き返るわー...肉食ってると生きてるって感じするよホント」


 安い麦酒(エール)を煽りながら、甘塩っぱいタレのかかった焼いた串肉を食べ、そうこぼす。そんな言葉は店内の明るい雑音に紛れて雲散霧消する。嫌いな雰囲気じゃない。酒がススム。


「なんつーか毎日が濃密な感じがするよな?俺は好きだぜ!!」

「やっとこの地に慣れてきた、というのはあるな。我も今の生活は嫌という程では無い」

「んぐーーっ!!」


 なんだよー...。ちょっと前立ち上がれないんじゃね?って思うぐらいヤバかったのに何言ってんだ、こいつ。

 ユウリはもうちょっと女の子らしく食べなさいよ。つーか人間の順応性って凄いんだな...なんつーか...スゴい。やべ、酔ってんのかな?語彙力が...


 そんなほろ酔い状態をピシャリと頬を手で叩き戻す。明日からの事を考えねば。


「はいはい、その辺で終わりな。...で、明日からの事についてだけど皆はどうするべきだと思う?俺は踏み込みたいんだけど...」

「そォだな...このまま続けてもゴブリンは減る一方だし、なァーんにも進みやしねぇ」


 俺がそう言うとカイトは少し酔ったような声で返してくる。

 やっぱ酒は止めといた方が良かったかな?...何故か飲んじゃいけない気がするのはなんでだろう?

 てか、なんだかんだ言って酒は弱いんだなこいつ。


「我も賛成だな。彼奴等の縄張りの範囲はこの一週間で殆ど掴めた。なら、次の段階へ踏み込むのは当然と言えよう」

「私は肉が食べれればそれでいい。」

「そっか、ならこれから作戦会議ってとこだな。」


 話の切り口を見つけ、そこから拡げていく。

 俺達はあの巨岩郡、『五目岩(いつめいわ)』と呼ぶ事にしたのだが、その他にも北東部には川があり、北西部には山へ通づる急な坂があった。それ等が大まかな縄張りの範囲だと分かってきていた。


「あとはどこから攻めるからってとこだなァ...前みたいに五目岩ンとこからで良いと思うんだけどよ。」

「我は奴等が油断している山側からの奇襲だな。縄張りの地理の調査はヒロキが隠密行動で行けば問題無かろう」

「成程ねぇ...って」


 おい。カイトは兎も角、シュウめ...俺だけ重労働過ぎやしない?


「カイトは考えなさ過ぎだろう。彼処は確実に内側も外側も警戒してると思うし...シュウの作戦は...合理的っちゃそうかもしれんけど肉奢れよ?それ。」

「我は一向に構わん。襲撃の成功率が肉の一切れで上がるのならな」

「死なないように光の加護(プロテクション)もバッチリかける。あの後練習したからプロテクト五回重ねがけ出来るようになった。」


 うわっ、こいつらマジじゃん。マジで俺だけに押し付けてね?

 いや、確かに隠密行動とか斥候的な役割を果たす為に暗殺者(アサシン)になったけどさ。一人の方がやりやすいのはあるけどさ...もうちょっっっとリーダーを労わったり心配しても良くないですかね......?

 心の中で愚痴りつつ、俺は頼られている事に少し嬉しさを感じた。ちゃんとパーティの一員なんだって事に頬を緩めてしまう。


「...ヒロキ、何故ニヤついている?気持ち悪いぞ」

「うっせ...んじゃまぁ明日も頑張りますか!!」

「オウ!!!」

「いえーーーー!!!!」

「ちょ、もうちょい静かに」


 ああ、もうやっぱ酔ってんじゃん...周りの戦士とか狩人とかも乗っかって騒ぎ始めやがった。「若いって良いねェ!!」「今回の新人は中々活きがいいな」とかなんかチラホラ聴こえる...。勘弁してくれ。

 そんなこの場に、やれやれと言いつつも自分は楽しんでいた。カイトは歴戦であろう先輩戦士と肩組んで歌ってゲラゲラ笑っている。シュウもそれを観ながら釣られて笑う。一週間、三週間前では見られなかった顔だ。そんな顔が見れた事に、仲間が愉しそうに笑う姿を見て、はにかんでしまう。

 そんな中、あるパーティが店に入って来て雰囲気は一変した。


 七人組パーティ。浅黒い肌の鋭利な刃物のような危うさを持った...ユウジだ。クラスは戦士だった筈。それ以外にもあの時居た同期の連中が六人しっかり居る。

 神官(プリースト)に、狩人(ハンター)魔法使い(ウィッチ)盗賊(シーフ)。それと重戦士(スクトム)黒騎士(ダークナイト)なんてのもいる。


 すげぇ...。


 それが俺の最初の感想だった。彼等は装備がボロボロのままこの酒場に入ってきていた。

 その装備の具合からして相当()()()戦いだというのは何となく駆け出しの俺達でも分かった。

 重戦士の鎧の板金の凹み方...あれは異常だ。どんな膂力で打たれたらそんな凹み方になるのか想像もつかない。

 泥だらけの神官服、先に行くにつれて穴だらけになった職業(クラス)特有の装備。

 擦り傷なんて、ものともしないのか、顔や足は血が滲んでいる。多分致命傷以外は回復(ヒール)を使わない効率的な戦いをしているのだろう。


 ユウジ達は周りの目を気にすることもなく、椅子へどかっと座ると


「酒持ってこい!!金ならある!!!!」


 と金貨を一枚店主に投げた。あの金貨だ。

 有り得ねー...

 銀貨百枚分をあんなにポンっと出しやがった。俺達のここ最近の稼ぎは一日平均で大体銀貨五枚。ざっと二十倍の金をユウジ達は出した。

 カイトは酔いが覚めたのか、席に戻って酒を飲み始めた。横目でユウジ達を観察している。

 そんなこんなで酒を待っているユウジの視線は、そそくさと静かになった俺達を射抜いていた。

 やべぇ怖い。めっちゃ怖ぇ...。


「お前ら...あん時の連中か。まだ生きてたのか」


 一見すると嘲りや軽蔑の意が込められているような言葉だったが、まじまじと仕草や表情を見ると決して嫌味では無い事が分かった。素で言っている。


「えっと...そう、だけど......ユウジ...だよな?すげーな、もう金貨一枚も稼げるようになったのか?」

「あぁ、今日は金貨二枚と銀貨五十枚だな。」

「えっ!?なんの依頼をっ...こなしたんだ?」

「はぐれオーク三体...例の戦線から逃げてきた連中の後始末だ」

「オーっ...ぇ?」


 ウソだろ?


 そんな感想しか出ない。しかし装備の凄烈さがそれを肯定する。あんなの並のコボルトやゴブリン程度では決して不可能な度合いだ。だとしても、勇士、しかもクラスに就いてから一週間しか経っていない奴等が倒せるとは信じ難かった。


『勇士はオークを倒して一人前』


 誰か先輩の勇士がそんな事を言っていた。それだけオークは危険な存在だ。凶悪な膂力と体躯を駆使し、人間では扱えない大きさの武器を振るい、幾多の勇士を肉の塊へ変えてきた存在だ。

 決して一週間やそこらの駆け出しが手を出して良い相手では無い。


「お前らは今何をしている?」

「「「............」」」


 うわぁ...。オーク倒してる奴に「ゴブリン狩って生計立ててます」なんて言えねーっつの...。あとユウリ、お前は食べるの止めろマイペース過ぎるだろ。向こうの神官めちゃくちゃお前の事睨んでるぞ。


「おい、聞いてるんだが」

「ゴブリンだよ。ゴブリン狩ってるンだ。一週間ぶりだなユウジ」

「ん?...カイトか。協会以来だな。それにしてもゴブリンか...まぁそれが限界か」

「.........」


 周りの連中は、その静かにユウジを見据えていた。その目が示しているのは、劣等心、驚嘆、畏怖、憧れ、だろうか。

 そして酒が運ばれてくるとユウジは


「今日は俺の奢りだ!!!酒ならいくらでも奢ってやる!!!」


 その瞬間、止まっていたかのような酒場は沸きに沸いて、俺達の居た時の倍は店が騒がしくなった。


「先ィ帰るわ」

「ちょ、おい待てってカイト!...あーもう!!」


 それと同時にカイトは舌打ちをして店から苛立ちを隠しもせず足音を立てて行ってしまった。

 何となく気持ちは分からんでもない。戦士の協会でほぼ同時期に勇士入りして、たった一週間でこの差がついているのだ。嫉妬も羨望も悔しさもあるのだろう。俺だって...同じ境遇だったら情けなくてたまったもんじゃ無いと思う。


 それに多分...カイトはユウジをライバル視している。尚更だ。


「ま、確かに戦士っつーかタンク役ってのはオーク向きだしな...。」


 ゴブリンのような回避中心の素早い相手に手こずるのは仕方が無いというかなんというか...。だからと言ってオークとこれから戦うなんてのは看過できない。パーティリーダーとして仲間を危険に晒すのは以ての外だ。


 ——って言うと陰キャとか臆病(チキン)とか罵られるんだけどな。


「難しいな...」


 その後俺達は残りの分を掻き込むように食べて、さっさとユウジ達から逃げるように宿舎へ帰った。

 いつもは嫌だな、と思ってしまう藁のガサガサとしたベットが何故か心地良かった。





 ◆




 どんどんどん。


 今日の朝起きたのはいつもの体内時計では無く、誰かのノック音だった。


「.........んん、誰だようっさいな」


 そう言いつつ、ベットの上で停止していた体を動かす。肩を軽く伸ばしてから身軽に飛び降りる。カイトもシュウも寝たままなので、起きないように音無を使って音を消す。


「はいはい、今出ますよー」

「わっ、音しなかったから驚いたよ。あはは」


 ドアを開けるとそこには見知らぬ中年の男が軽く驚いたフリをしてくる。身なりは普通の市民って感じだ。

 シャツにベスト、革靴に年季の入った麻で出来たズボン。黒髪で、中年特有の疲れたような顔をしている。笑みも心無しか乾いていて虚しさが漂っている。


「あの......誰ですか?」

「おっとゴメンね。君達に個別で依頼を出したいんだけど...今、良いかな?」


 その男はそう問い掛けてきた。


またしても大幅に遅れてしまいました。

速筆な人が羨ましいです。所で気になったのですが皆さんは重戦士を英語でなんと呼んでいるのでしょう。

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