北の森攻略③:壁
遅れて申し訳ない。
午後の森が風に揺られてざぁざぁと鳴く。その風は、草木の涼しい匂いや動物の臭い、またそれらの腐ったような混沌とした香りが鼻腔を刺激する。
今まさにヒロキ達は戦おうという殺伐とした雰囲気だというのにも関わらず、午後のゆったりとした時間が流れている。
そんな意識を断ち切る為に、ヒロキは顔を合わせ確認を取る。
「良いな」
了解、と頷く。
「良し!」
『GO』
ハンドサインで二十メートル程右斜め後ろに離れたヒロキが指示を出す。その瞬間に一斉に三人は一気に駆け出す。
「ゥォオオオオ!!!!」
「......ッ!!!」
雄叫びを上げながらシュウは盾を構え、カイトは両手剣を持ち、背後のユウリを庇うように激走する。勿論狙いは左から二番目と三番目の巨岩の間に堀を使って隠れているボウガン持ちのゴブリンだ。それ以外にも二匹いる。
ヒロキは一足遅れて三番目と四番目の巨岩の間を迷彩服と【音無】を使ってバレないように走る。
手前三十メートル程の所でようやく隠れていたゴブリン共が姿を現す。それと共に想定していた矢も飛んでくる。
「ゲギギィ!」
「...フゥッ!!」
その矢をシュウがすかさず前に出て円盾で防ぐ。金属と金属のぶつかる甲高い音とぶつかった感触がシュウの体に伝わり防いだ事を脳に伝える。
「今だァ!!リロードさせるなユウリ!!」
「...うん...っ!」
カイトとシュウはゴブリン二匹を相手取りその間をユウリが駆け抜ける。
「ゴゴ...」
「行かせッかよ」
堀の中には矢を番えようとしている影が見える。すかさずそこに神官専用の杖、先端の金属の装飾部分を突き刺す。
「ガガッ!ギィィィ」
「っ...」
そのユウリの攻撃は避けられる。だが、リロードは中断させることに成功する。
ゴブリンはボウガンを捨て、短剣へと持ち替え構え振るってくる。切り上げ、切り払い、突き。それらをステップと杖術でいなし華麗に避ける。
「...っ!...っ!...見えてるっ」
「グッ」
ゴブリンのジャンプ斬りを受け止めた反動を利用して、カウンターを脇腹にヒットさせる。遠心力の加わった痛烈な打撃だ。体格差的には相当堪えるだろう一撃。メキメキョと、何かを肉の奥で砕いたような不快な音が聞こえた。
「グゥ...ッ!!」
ゴブリンは呻き声を上げ、地面に膝をつく。相手を神官と侮ったのか、油断していたように見えた。
「死んで」
先端部分を突き刺そうとする。しかし——
ザァッ!!!
視界が真っ黒になる。
——目が痛い!何が!?礫を投げられた!!
「痛...ッ!」
油断していたのは自分もだった。地面の砂や石を顔に投げられ、目が開けられない。生き足掻こうとする必死の攻撃、手負いの獣は最後まで油断するな、と。先生も言っていたのに。多分私が逆の立場だとしてもやったと思う。
「...ガガガァ!!」
勝利の雄叫びを既に上げたような声を出し、ゴブリンは斬りつけようとしてくる。
不味...っ——
「...ハァッ!」
「...ガっ...ォオァアア...」
だがそれはヒロキが上からダガーを首を突き立てることによって阻止された。声がするまで気配すら感じなかった一撃必殺。
——...い?
「陽動サンキューユウリ。二人の所行くぞ!特にシュウが心配だ」
「ありがとう...」
ヒロキは偵察では足りなかった情報を回り込んで調査し、背後からの奇襲が役目だった。
「それと、油断してたろ。最後まで気を抜くなよ!センスあるんだから」
「...うん」
——ブーメラン?
ユウリはそう瞬間的に思った。
◆
クソ。
ゴブリンに対して、全身鎧での戦いはキツい。俊敏な相手に鈍重な装備で挑むのは流石に馬鹿だったか?いや、盾役なのだから間違ってはいない筈だ。
そうカイトは思案する。無理も無い。何故ならば三回あった戦いの中で一度も攻撃を当てられていないのだから。
それにしても当たらねェ。剣速は一端にはなったつもりだが...【縮地】の使い所と使い方がなっちゃいねェンだろうな。
攻撃は一向に当たらない。ゴブリンは武器を構えるだけで一定の距離を取るばかりだ。
袈裟斬り、下段、上段、切り払い、切り返し。自分は総て完璧に出来ると自負している。だがそれは斬り合いをしてくれる前提での話だ。相手は避ける一方で攻撃を仕掛けてこないのだ。
それも当然の話なのかもしれない。ガチガチの鎧で固めて着ている相手に短剣一本丸腰で突っ込むのは愚かだ。剣を振り回させて疲れるのを狙うのは最善の手の内の一つだと言える。
でもそのままでは、いつまでたっても平行線のままだ。
そして、仕掛けて来ない相手にも来る相手にも等しく万能なのが【縮地】。
相手が瞬きをした瞬間に、魔力で踏み込みだけを爆発的に瞬間強化。相手からしたら瞬間移動したように見えるだろう。
戦士の初心の技にして、究極のとも言える技。
下手クソなのは自分でも分かってるけどよ。それはこれから修練して行きゃあ良い話だ。だったら今はこの場に合わせて工夫するだけだッ!!!
「ウォオオッ!!!!」
斬りにかかる。大振りで雑な斬撃の連撃。バックステップでいとも簡単に避けられてしまう。
その雑な剣筋の最後に
「ゥオラァア!!」
長剣を槍投げする。それはゴブリンの足元に突き刺さり外れる。が、予想外の攻撃に体勢を崩す。それをカイトは寸分違わず見逃さない。瞬間に左脚の踏み込みを爆発的に超強化し、右足で強烈なヤクザキックをゴブリンの小柄な体躯にぶち込む。
「ォ...ハッ...ッ!!!!」
ゴブリンは巨岩へとブチ当たる。いや、ブチ当てた。
後ろが岩ならよォ、回避は出来ねェだろ!!!
そしてカイトは息をつく暇も無く地面に刺さった長剣を手に取り、何百何千と師匠に教わった相手の呼吸と瞬きのタイミングを読み取って——
「【縮地】ィ!!!!」
懐に入り込み、長剣を叩き込んだ。
咄嗟に斧でガードされたが問題は無い。剣とは斬撃武器であり、打撃武器だ。斬らなくてもその衝撃は凄まじい。
防いだ斧ごと頭に強烈な打撃が加えられる。
「ォ...ゥ...ゥ...」
ゴブリンがよろめき意識を失う寸前に長剣で胸を貫きトドメを刺す。生暖かいドロドロとした血が、輝く金属の鎧に化粧をする。
勝負はあっという間だった。
「あァ...こりゃ、慣れろってのも厳しい話かもしれねェな」
そう、呟く。
「...っと、シュウん所に加勢しなきゃな」
長剣を布で拭い、仕舞ってカイトは走り出した。
◆
二人とも前衛だし、タイマンで戦ってみるべきだと思うんだ。
そう言ったのはヒロキだった。ちょっと責めたい気持ちになった。何故なら...自分は弱いから。一人じゃ何も出来る気がしないから。現に今も、ひたすら短剣を盾で受け続ける防戦一方だ。
チャンスはあった。いや、現在進行形で今もある。目の前のゴブリンは、押していると勘違いして、段々と大振りで派手な攻撃に転じている。...隙だらけだ。
「ガガッ!!」
ギィン!!!
「っ...!」
それでも受けているのは惰性だ。何となく、受けなければという。
カイトと違って、片手剣というのは身軽だ。パーティメンバーの中でも、装備の相性が一番良いのは確実に自分。それでもまだ決心がついていない。
——そんな事は分かってるし。
分かっていても行動出来ない、人間の性という奴だろうか。
「ガァアア!!!」
大振りの一撃。隙しか無い。こちらが攻撃しないと分かっての一撃。
少し、ムカついた。
「フッ...!」
難なく避けつつ、刃を首元に自然と持っていく。だが、手前で手を止めてしまう。寸止めしたとはいえ、ゴブリンは勢い余って刃に触れる。そしてそれは首元を薄らと傷付けただけに終わる。
「ゲギギ...!」
そのゴブリンの視線は怒っているようだった。怒っているように見えた。
お前、今まで手加減をしていたのか?俺は必死に殺そうとしようしていたのに、お前は戦う意志すら無かったのか?と。ワナワナと震え、怒りを露にし始めた。
そりゃあそうなるよね。真剣勝負を蔑ろにされたら誰だって怒る。
ゴブリンは怒った。憤った。此奴を必ず殺してやると。その意志を目に浮かべながら猛突進を繰り出す。
シュウは盾を構えるが、予想以上の衝撃で吹っ飛び倒れ込む。ゴブリンはその隙を逃してたまるかと刃を喉に突き立てようとする。シュウも毛頭やられる気は無い。腕を抑え受け止める。刃は自分の顔の数センチ先にある。
「ゲギャア......ッ!!!!」
「痛いよ...っ!!」
殺される。
顔を右に避け、ゴブリンの短剣を無理矢理左にズラす。
がっ!
っと、短剣は地面へと刺さる。それと同時に、手放した片手剣を掴みゴブリンを押し倒し刃を当てる。それもまた、手によって抑え付けられるが体重差や力の差でこちらが有利であった。
「フゥっフゥっフゥっ...!フー...ッ!...なぁ、頼むよ。僕の為に死んでくれよ...っ」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
でも、何故かそれは自分の内の心からの叫びの様な気がした。
熱い感情の吐露だった気がした。
正当な理由の無い感情にかまけた殺害衝動。
自分は感情を誰かにぶつけたかっただけだ。ヒロキはリーダーを気負って感情を抑制した。偵察から戻って来た時なんかもそうだった。ついさっき殺されそうになった癖に。肩の切り傷、パンパンに腫れ上がった腕、疲れた顔、全てが痛々しかった。撤退するべきだった筈だ。
なのに、なんでだよ。
なんで本人も含めて、あんなに落ち着いていたんだろう。でもあれは気付かないフリをしていた訳じゃ無かった。
つまり、実の所は
僕だけ置いて行かれてた。
それがたまらなく悔しい。悔しくて情けなくて、ガリガリと頭を掻き毟りたくなった。あの口調はキャラ造りだ。皮をかぶって自分を守る為のものだ。
きっとここに来る前もそんな奴だったんだろうね。僕は
ゴブリンは何時までたっても力が均衡しあってるこのやり取りに勝機を見出したのか、口角がニィイと上がった。
それがシュウの中で引き金となった。
「お前に...っ!勝ち目は...っ!無いんだよぉおおお!!!」
「——ォ!」
そこからは一方的だった。技もクソも無い、力任せの暴力だ。剣を離し、油断したところでマウントを取り、ひたすらに殴った。殴って殴って殴った。
手の感覚が無くなるまで殴った。
抵抗しなくなっても殴った。
冷たくなっても殴った。
剣で何度も何度も刺した。
残ったのは無残な死体だった。
顔中痣だらけになって、ギャグ漫画みたいになってる。
ソレを見て、シュウは——
「━━━ぁあああ...っ!!!」
哭いた。
必死になって破った壁は、シュウの心に多大な影響を及ぼして終わった。
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