選択
そこは薄暗く仄暗い場所だった。地面は石造りで長方形の空間で、自分は真ん中でオドオドしながら立っている。
そして周りには晦冥に紛れて黒いローブを深く纏った十二人の性別不明の男女が整列しつつ、俺を静観していた。
奥には教壇のような所があり、そこにいる人物しか喋らない。
「えっと.......」
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時を少し遡り、俺は協会を目指していた。
「うう...こんな所に本当にあるのかなぁ...がっつり路地裏だしゴキブリみたいなのいるし...」
出現者の為の寮から歩き始めて、もう一時間。道は狭くなっていき、日は当たりづらくジメジメとした路地裏を歩き続ける。
「おっと」
「すみませっ」
狭い路地裏では曲がり角から来る人を避けられず、ついぶつかってしまう。
ローブを目元まで深く被り、顔は見せないが軽薄な雰囲気を放つ青年だ。
「んん...君はあれかい?『教団』の志望者かい?」
「あ、あの暗殺者の協会を探していまして...もしかして関係者の方ですか?」
「ほうほう、成程ねぇ新しい出現者か。確かにそうだが...『教団』で暗殺者の協会、なんて言ったら首がトブぜ?マジで」
どうやら関係者らしい。というか『教団』ってなんだ?協会では無いのだろうか。
「その顔はどうやら知らなそうだね?」
「お、お恥ずかしい事に...」
「暗殺者の協会って言ってんのは勇士団の連中だけだからね。正確には教団、殺しを尊び、死こそが救いだと思っているのさ。ま、クラスは暗殺者って表記されているから仕様の無い事なんだけど。」
殺しを尊んで死が救いだと思っている教団とは物騒なものだが、決して犯罪者の溜まり場では無いそうだ。
国からの暗殺依頼などをこなしており、モンスターから異種族、人間まで暗殺を請け負っているらしい...とあのオカマが言っていた。
「はぁ、それは失礼しました。で、では教団はどちらにあるんでしょうか?」
ちょっと怖いが、気を取り直して青年に聞き直す。
「ん?もう着いているとも」
「え、いや」
着いている?いや、ここはただの路地裏だ。の筈だ。もしかして貧乏な設定だったりするのだろうか?青光の街の教団員は彼だけ?そんな事あのオカマ職員は言っていたっけ?それとも哲学的な何かだろうか。着いてはいるが着いてはいない、的な謎掛けだろうか?何かの試験?教団員の前で暗殺者の協会って言ったのがまずかったのか.....?——————————
パンっ
その音にハッとする。
気が付いたら俺は薄暗い長方形の教会みたいな雰囲気を醸し出している、不気味で埃臭い部屋に居た。
「えっと...」
「ようこそ教団へ。新たな信者を私は祝福し受け入れましょう。他の者は異議なしかい?」
『異議なし』
「うんうん、それは良かった。それでは早速教育に取り掛かろう。他の者は帰っても良いよ。ヒロキ君だよね?始めようか」
全く展開についていけてない。思考に靄がかかりそのまま意識を手放したあと、起きたかと思えば二十秒程で訓練開始って。あれ?いつの間にか財布も軽い。
「ちょちょちょ待ってください!なんで俺は気を失っていたんですか!?」
「あーそれね、薬と暗示だよ。後々望めば覚えるさ」
「く、薬と暗示...?」
淡々と躱されてしまい、取り次ぐ暇もない。彼は無機質に笑い、俺を新しい教団の団員を仕上げようとしている。
初対面の人間に薬と暗示を躊躇なくかける彼に俺は畏怖する。法律で裁かれたら多分、いや確実に有罪だと思う。
「これから二週間、立派な教団の一人に仕立ててみせよう。あ、それとクラスチェンジは出来ないからね?君は一生教団員として生き、救済を続け、死に抱かれるんだ.....と、前振りはこんなもんでいっか。」
それは昨日あのオカマから聞いていて知っている。知った上で来た。皆の役に立つためにも立ち止まる訳にはいかない。
「わっ、分かりました...よろしくお願いします!!」
「いい返事だね。私もやりがいがあるというものさ。教師は久し振りなんで手加減が下手なんだ、こちらもよろしく頼むよ」
彼、いや先生は黒い外套を纏い教壇から緩りと降りてくる。
「さぁ、救済者を育てようか。ってね」
それから二週間、俺は死ぬギリギリまで扱き上げられた。
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◆
ゆっくりと目を覚ます。
昔...というか二週間前までは寝起きの瞼の重さににすら負けていたが、今はしっかりと起きる事が出来る。ボヤけた視界はあっという間にクリアになっていき、周りの情報が一気に脳内に流れ込んでくる。
「そっか...昨日で終わったのか」
厳しい訓練、もとい教団としての教えを二週間で叩き込まれていたのだ。体は漸く慣れてきたと言った具合で、少し節々に痛みが走る位でなんら問題は無い。
ここまで苦しい体験は今まで生きてきた中で最高のものだったと思う。それはどうやら皆も同じ様で、窶れた顔をしているが締まっている。
なんというか凛々しい感じだ。
「よっ、独り言が激しいじゃねェかヒロキ」
「悪い、おはようカイト」
「オウ気にすんな」
カイトも流石に疲れているのか、俺への揶揄いのキレが無い。
「二週間の付け焼き刃だけどよ、しっかり前衛はこなしてみせるぜ。」
「頼もしいよ」
『クラス:戦士』それがカイトの選んだ職業だ。前衛で体を張り、剣から拳、戦鎚なども使いこなすバトルマスター。パーティの核になる存在だ。拳でこずきあって笑いあう。
「フハハ!自信無さげじゃあないかカイト!聖騎士たる私に死角など無い!」
「黒髪で平凡な顔してるお前が聖騎士って...合わねぇだろ...」
「普段は力を隠してる感があって良いだろぉ!?漢のロマンって奴だ!」
シュウはベットの上で勝ち誇ったように笑い始める。
『クラス:聖騎士』 戦士と神官を複合させたかのような職業だ。光魔法での付加や、不死者を魔法無しで成仏させる事が出来るらしい。
正直シュウは似合っている気はしていなかったのだが、どこも育成の厳しい協会で二週間耐えたとなれば話は別だ。
「おきた。ご飯食べたい。」
「そうだなユウリ、みんな飯にしよう。」
ユウリは寝惚け眼を擦り、男子部屋に入ってくる。もう少し男女の境界線を理解して欲しいが、今のままでも気兼ねなく接する事が出来る。もうこのままで良いや無防備だし眼福だし。
『クラス:神官』それがユウリのクラスだ。主に神聖魔法と光魔法を操り、各々の協会の中でもトップクラスの権力を持っている。パーティを組む際には確実に必要とされる回復要員で、聖者足り得る人々に信頼される職業だ。
「あ、そうだ。今日の飯当番は俺じゃねェか。なんか食いたいモンあっか?」
「食べたいモン食べれるならそうしてるよ。今日も野菜炒めとパンとスープだろ?」
「むぅ...肉が足りない」
「聖騎士たるもの精進潔斎さっ!」
貧乏な俺達が食べれる物は限られている。四人で貰った合計のお金は金貨三枚、銀貨で言うと三百枚分、銅貨で言うと三千枚分、銭貨で言うと三十万枚分だ。
一人の食費は銅貨二枚、一日で銀貨一枚と銅貨二枚分となる。
職業に就くための前金4人分で、金貨一枚と銀貨六十枚も使った。食費には今の所銀貨三十枚程使い、出現者の為の格安寮にもお金を使い、残ったお金は金貨一枚程。
明日は初めての勇士としての依頼をこなす為、今日は限られた資金で全員の装備を揃えなければならないのだ。
貯蓄はあって困るものでは無いし、節約していく。
今を生きて行くには出来るだけ無駄を無くさなければならない。
「そォだけどよ、良い飯食って最善の状態で戦うってのも大切だぜ?お師匠がそう言ってた」
むむ、正論だ。
そもそも俺達は異種族ともモンスターとも戦った事が無い。不確定要素の多い状態の中、微妙な体調で行くのも愚策と言える。
そもそもゴブリンだのコボルトだのオークだの、俺達は一度も見た事が無いのだ。街中、絵などでちらほら見掛けはするがどうにも現実味が湧かない。
実在するのか疑わしい。
待て...そう思うのはどうしてだろうか?この世界では常識なのに。
とにかく、カイトの言っていることは正しい。その案に俺は乗っかる。
「じゃあさ、明日は初めて依頼を受けるわけだろ?その記念に今日の夜は奮発しようか」
「オオっ!?財布の紐の固いヒロキの許しがやっと出たぜェ!今日は騒ぐぞォ!」
「ふむ、寮で料理するのか?」
「肉...お肉が足りない...」
各々騒いでいるが、ユウリは本格的に人格が変わりそうな勢いなので今日は奮発するつもりだ。
朝からずっとヨダレ垂らしてるし怖い。それに、教団からの帰り道でずっと気になる美味しそうな店があったのだ。
「気になる店があったんだ。装備を買ったら夜に合流しよう」
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◆
夕方、俺は一足先に店の前で皆を待っていた。武器や装備の調達は案外早く終わり昼過ぎにはブラブラしていた。
それは何故かというと、暗殺者の特殊な武器は教団内でしか取り扱っていないそうで、教団で先生にお金を渡して武器を指定すれば即終わりだ。
ダガー二本にスティレットが一本、その他小道具に、関節を最低限守るプロテクター。そして森や林、草木の多い地域の為の迷彩服となる緑のローブと夜用の黒いのローブが一着ずつ。
先生は久し振りの教団員が大分嬉しかったそうで、かなりまけてくれた。
「早く来すぎたかな...はぁ、結局ブラついただけで何もしなかったなぁ」
つい、そんな溜息が出てしまう。
ここに来てから息をつく暇もなく必死に訓練に付いて行った。何かに打ち込んでる時は、夢中になれて何も不安に感じる事が無くなる。
これからもあるであろう休息に何か趣味でも見つけるべきだろうか。
「よォ、ヒロキも装備集め終わったか?」
そんな風に物思いに耽っていた所に、袋に入った装備をガシャンガシャン言わせながら待ち合わせ場所にカイトがやって来る。
「終わってなかったら来てないよ。それと長剣を選んだんだ。」
「短剣もあるぜ。勿論素手でも戦えるけどな」
「そりゃ頼もしいや」
流石戦士、バトルマスターと言われる職業なだけある。
「おっ、二人も来たっぽいな」
神官の装備と聖騎士の装備は職業の性質の関係で殆ど同じエリアで売買されている。シュウとユウリは白っぽい神聖そうな装飾を施された服に身を包んでいた。しかしなんだ?シュウが犬を従えてるみたいな...
「おっ、おい!ヒロキ!カイト!この無垢なる喰らいし者をどうにかしてくれ!」
「肉ゥウ...フシュゥゥ...」
「ヒィっ」
不味いな。ユウリが人外と化してる。早急に手当をしなければシュウの肉がごっそり持ってかれるぞ。
「ンじゃ店入っか」
◆
店の中は夕方とあって雑多としていた。
一階と二階の木造建築で、さぞ年季がある事だろう踏まれ続けて味の出てきた床や、歩く度に軋む音は嫌いじゃ無い。
それだけ愛された店なのだろうという事が良く伝わってくる。体の至る所に傷跡のある剣士や、徳をさぞ積んでいるのだろう雰囲気を放つ神官、とんがり帽の似合う魔法使い、鍛冶師、狩人、教団の者であろう勇士もちらほらいるようだ。
今日の戦果を語り合ったり、明日の予定を話し合いながら安い麦酒で乾杯している。
ごった返していて少々煩くはあるが、気取っている意識の高い店よりはこっちの方が好みだ。
「あー、うめェ...この二週間食ってきたモンは何だったんだって位うめェよ...」
「精進潔斎と言ったがあれは嘘だ。我が体の一部になる食物はやはり肉だな」
「手のひら返しが早いなぁ」
「んグッんグッ」
鶏肉の串焼きに濃いめのコンソメスープ、いつもの堅い黒パンでは無く、柔らかい白いパン。それらを一気に頬張ってから、安い麦酒で一気に喉を潤す。
何故か白いパンが懐かしくてほっこりする。
目覚めてからというもの、あまり美味しいとは言えない物ばかり食べてきた俺達にとってはご馳走で涙が出てきそうになる。
ユウリに至っては「女の子がこんな音出して良いの?」と言いたくなるような食べ方をしている。
「そろそろ俺達が明日やる事について話を進めようぜ」
感慨に耽っているとカイトがそう言い出す。
勿論明日やる事を明日決めるのは遅すぎる為、今日の夜作戦会議という事でカイトには勇士団支部で依頼の用紙を持ってきて貰ったのだ。
「ふむ、私はこのはぐれオークの討伐が良い」
「アホか、オーク一体でも約二メートルもするんだぞ。ひよっこの俺等が束になって倒しに行ってもズクズクの肉片になるのがオチだろ」
「ヒロキ!お前は分かっていないぞ!オークとは女騎士をグヘグヘ言いながら嬲っているのが当たり前...そしてそれを救うのがこの聖騎士シュ」
「駄目だコイツ...大体なんなんだそのオークに対する偏見」
シュウの意見は即刻却下される。そもそもオークは人間よりも大きく、力強いというアドバンテージを持っている。俺達が向かっていい相手では無い。
「それに見てみろよ。このオーク共かなりの手練っぽい。王国と他種族の連合の戦争前線から逃れてここまで逃げて来たらしい。街のベテランに任せるべき案件だろうな」
「ううむ...」
「安全、第一。キャリアを積んでから挑むべき。」
「そうそう、ユウリの言う通り」
「私はこの最前線で新しく発見された未知の洞窟の探索を勧める」
「安全第一な依頼じゃ無いよ!?これも前線地域の話じゃん!なにコレ未到達領域?危険度見てみ!?」
ユウリはいつも通りボケてくる。前線地域に行くには三ヶ月以上かかるらしいし、これも街の精鋭に向けて出された依頼と見て間違いないだろう。
危険度★★★★★★☆☆...絶対に無理だ。
「だとすッと、無難なのはコボルトとゴブリンってとこか。」
「そうだな...小手調べはそれが良いと思う。街から北へ約五キロの森に最近ゴブリンが住み着いたらしくてさ、繁殖も始めて周辺にも被害が出てるんだと。そこにしない?」
危険度も低いし多分大丈夫だろう。
平均のゴブリンの背丈は約百五十セルチ。多少素早いが、体格差的にもこちらに分があると見て充分な筈だ。被害が出ているにも関わらず、こちら側のベテランが動かないのはゴブリン一体の額がたったの銅貨五枚なのが起因している。
被害が増え、討伐報酬が増えてから漸く重い腰を上げてくれるそうだ。
彼等曰く「後輩の為」らしい。
「仕方ない。聖騎士シュウの伝説の幕開けはまだまだ先になりそうだな。」
「むぐぅ...」
「肉は金が溜まってからだユウリ。...って事で明日の予定はそれで良い?」
「「「了解!」」」
そう言葉を合わせ、最後に明日の自分達に向かって俺達は乾杯をした。