北の森攻略⑨:決着
振り向いてこちらを真っ直ぐに射抜くように見据える。奴を。小鬼の皮を被った悍ましき何かを。
腰が抜けそうになる。膀胱が緩んで今にも男としての矜恃が削げ落ちる寸前だ。だが、何故だか酷く懐かしい。
やらなければならない。どうしてだろう、いつもの俺なら立ってすらいられなかっただろうに、今は酷く決意と使命感に溢れている。
「お前か。お前だよな操ってんのは」
「.........」
「シュウと俺が仕留める!カイトはユウリに手当してもらってから生ける屍を蹴散らせ!!」
「うん!」
「...分かッた。ヒロキ、これ持ってけ。チヒロさんからの餞別だが効果は知らねェ。教えてくれなかったからな、呪術師相手に有利になるとは言ってた」
「...サンキュー」
カイトから小さい巾着のような...お守りらしきものを受け取る。黒色のシルクに、金色の糸が縦真っ直ぐに縫われている。
それにしても自分でも驚く程スラリと指示が出せた。何かが胸の中で滾って燃えているのか、熱くて熱くて堪らない。これは、なんだ...?
それとは別に、火炎瓶のせいで空気は熱を帯び、喉が熱い。それ以上に、生き物が灼ける匂いというのは名状し難いものがある。それを押し殺して前に進む。
「シュウ、【聖光】を頼む。それと...アイツも不死者なのか?」
「...微妙なのだ。微かには感じ取れるが、その、正直に言うと全く分からない」
「...分かった。でも気配は微かにするんだよな?」
そうでなければ火炎瓶をモロに食らってその後どうやって体を修復したのか説明がつかない。
「『主よ、貴方の雷霆を賜ります。【聖光】』...もって効果は十分だ。【回復】を考えないのならばあと二回が限度だ」
「......行くぞ、さっさと終わらせてあのオカマぶん殴ってやる」
そうだ。熱い滾りの中には怒りも含まれている。あのオカマ職員レイラは恐らくこれを知っている可能性が高い。
明らかに俺達の手に負えるものじゃ無い。誰も近寄らないこの森の奥へ無知な俺達を導いた張本人、破滅へ導こうとした訳だ。
殴られるだけで済むのだから有難いと思って欲しい程だ。本当なら殺してやりたいくらい今俺は怒っている。
それ以外にも何かが胸の奥で滾っているのが分かる。憤怒と...自信、それと...まぁいい。
「今はお前を殺す」
二人で飛び出し、二方向から首を狙って切り裂こうと試みる。
שריפת דם ושנאה.——
奴は何かを呟く。祈り、とはまた違うそれは緻密さと静けさが漂う。それと同時に悪寒が走る。
「——ォオッ!!!」
「らアアアアア!!!!」
『להבה《焔》』
一言。最後にその一言を呟いた途端、虚空から炎の塊が三つ四つと煌々と浮かび俺達目掛けて飛来する。
やや黒色の入った揺らめきは禍々しく、回避に行動を移す。
「うおッ!」
横へ跳び、体を転がしながら受け身と回避をし、炎球の着弾を確認する。
火炎瓶の数倍はあると見られる威力。瞬時に地面の腐葉土が炭化していた。
「...シュウ、防げるか?」
「戦士と違って聖騎士は魔法攻撃に幾らかの耐性を仕込まれる。恐らく大丈夫だ」
奴は更に炎を練り上げ、こちらへ照準を合わせ飛ばしてくる。
それを更に避け、即座に体制を立て直し殺しにかかる。シュウを前にし、駆け出す。残り二つの炎球がこちらへ飛来する。
「むん!!!!!」
【聖光】のかかった盾によって弾き飛ばされる。暖かい優しい色のした淡い緑光が青光へと変わり瞬いた。
性質を変える事が出来るのか。
その隙に体制を低くしながら駆けた俺は懐に入り短剣を一閃——
「な...ッ!」
外した。正確には、バランスを崩し倒れた。足元を見ると小さな腕が地面から生えて足をがっしりと掴んでいた。
土の中に死体を仕込んで——
『לשרוף את כל זה החוצה』
恐らく、詠唱。その言葉と共に炎球が顔寸前まで近づく。
顔が焼け爛れる覚悟など出来ていないし焼かれたくなんかない!!!熱い熱い不味いやばいって——
その時、空間が歪んだかのように炎球は俺を避け、真横へ着弾する。その不自然な現象に気付き腰元の御守りを確認すると発光していた。
御守り、もといチヒロさんのくれた護符に命を救われる。
「ヒロキ!!」
シュウは地面から生えた腕を片手剣で斬り捨て俺の足を解放させる。
「...っぶねー...」
助かった事にチヒロさんへ感謝する。が、しっかり効果を教えてくれれば楽に勝てただろうに。『あの年増』と心の中で悪態をつく。あと何回防げるかも分からない。それが分かるだけでも戦いを逆算する事が出来るというのに。そういう魔女っぽく振舞おうとして空振っているから婚期...ケイ先輩とくっつけないんだっつーの。
それにしてもヤバい。地上にいる小鬼だけでなく、地中に潜む生ける屍がいるとすれば相当厄介だ。
ならば【影衝】で確かめるまでの話なのだが。
カツンッ!!!
特殊な金属棒で特定の音を鳴らし、聞き取る。
地面の中の蠢く肉の反響音を掴む。それ以外にも背後の生ける屍を感知する。
その数、併せて五十六。
地中にいるのは二十だ。位置も大体把握した。
「もう一回だ」
「ああ」
炎球を避け、弾き、地面の中の屍に気を配り走る。何ともやる事が多い。脳で処理出来るか分からない。だがやるしかない。それ以外の選択肢など無いのだから。
屈み、滑り込み、避け、要所で受ける。屍の位置を伝えつつ距離を詰める。
「おりゃ...ッッッ」
分かる。分かってきた。
直感的な、不確実に思えるようで確実な気配。匂い。死の匂い。
全身の感覚が酷く鋭くなっている。地面に足を踏みしめるだけで下に何が何匹いるかも分かる。
シュウは俺の動作を感じ取りつつ、確実な援護と共闘を演じている。
その中で、ようやく僅かな隙を見つける。凡そ詠唱と思われる呟きを見せた後、炎球が視界に被さった瞬間、【聖光】の付加魔法がかかった短剣を投擲した。完璧なタイミング、そして投擲。知覚速度が跳ね上がっているのが分かる。
「...!」
その短剣は奴の太腿へと深々と突き刺さり、ステーキの焼けるような音と煙を上げる。
——効いてる!!!
煙を上げたという事は、少なくとも不死者の類だということだ。
その事実に確信を持ち攻めたてに出る。
「死ね!!」
次の詠唱が来る前に片をつけようと短剣を振るう。
指が二、三本宙に吹き飛び、またもやジュウウと音を立てる。逃がしまいと更に突き立て、肩へ深々と突き刺さる。そのまま心臓へと斬り裂く寸前、奴は何かを囁いた。
『היית שם.——』
......なんて、言った?
『התגעגעתי אליך.——』
いや————なんて...なんで?
『אהבתי אותך.——』
何故か。言葉の意味が分かる。
頭痛が走る。記憶が混濁する。
『ヒロキ——』
◆
『久し——...だね』
そんな事言われても分かる訳ないだろ
『思—◆◆—い?』
自分に過去があるのかすら分かったもんじゃない
『じゃあ、少——◆い出して——いいよ』
今教えろよ 効率悪いだろ
『言えないから——』
お前 誰だよ
会話している相手は、困惑したのか、泣きそうになったのか良く、分からないけど。
少し、切なそうで。ちょっと悪い事をした気分に俺をさせた。
なんだろう。酷く懐かしい。
『————だよ。だからきっと』
『◆してる』
聞き取れな——————
◆
何があった?
何を考えていた?
思い出せないけど、すごく大切なものの筈だ。
目頭が熱くなって、溢れる位には大切なものだった。
目を開くと、奴の肋骨が俺の腹を突き破っていた。奴は自分の骨をもぎ取り武器として俺に突き刺していた。
腹が熱い。じわじわと暖かい血が流れてきて、声にならない痛みが体と思考を一致させる。
熱い筈なのに体は寒かった。
「ごぶっ...」
吐き気を催して吐いたのものは血反吐だ。
しかし、俺も【聖光】のかかった短剣を心臓まで突き刺していた。奴は痙攣したかのように停止していたらしいが、今目が合った。
だが、この場合心臓ではなく首を斬らねば意味が無い。
——シュウ...は
後ろを振り向くと、『影』と死体に雁字搦めにされ、片腕をもがれた人間がいた。
目に生気は無く、虚ろだ。
.........シュウだ。
「じ...ゅう...ッッッ!」
護符が眩く発光している事に気付く。それも、点滅し、潰える。多分俺をこの『影』から護ってくれていたのだろう。
シュウは...どうする事も出来なかった。影に不意を突かれた直後に地中の死体共に引き摺り込まれたのかなんなのかは今となってはもう分からない。
嘘だろ
死んだのか?
俺のせいで死んだのか?
俺が気を失っていたからか?
「ふ...ぅ゛う゛ううう!!!!」
俺がこんな所を攻略しようって言ったからか?
俺が、パーティリーダーだったからか......?
「シュウ...ッッッッッ!!!」
殺したい。
諸共に自分を殺してやりたい。
そもそも、命の殺り合いに慈悲を感じていたのはおかしかった。そんな倫理観は棄てて然るべきなのに。どうでもいい事に囚われて大切なものを零していく。
踏ん張って後ろに下がり奴の肋骨を引き抜く。
痛みが無い。
自分が今どんな表情をしているのか想像すらつかない。向こうではカイトとユウリはまだ戦っているのだろうか。
「......」
「ケラケラケラケラケラケラ」
何かから解放されたかのように目の前の小鬼の呪術師は嗤う。
今まで、意識が無かったかのように。
「——————『影呑』」
「——!!」
攻撃の筋が明らかに変わった。
先程の詠唱はどこへ行ったのか、性格すら変わっている。まるで別人のように。
真横から襲い掛かる『影』を短剣で軽くいなす。
そんな事、どうでもいい。どうでもいいんだ。
カツンッ!!!
【影衝】。把握。
右後ろ斜めから死体、前から『影』。
「...!」
斬る。振り向かずに、思った場所に短剣を滑らせる。
バク転で背後の『影』を避け、真下の屍に刺突剣を突き立てる。迫る『影』を短剣で更に突き立てて食い止める。
「ハァ——」
『影』と死体の波状攻撃を的確に処理する。
いなして突き刺し避ける。影と死体はずくずくと蠢き、形状を変えて襲い掛かる。
【影衝】。把握。
死角は無い。体も動く。とっくに動けなくなってもおかしくないのに、未だに体は言うことを聞く。せめてコイツだけは殺そうと精神だけでなく体そのものが訴えているかのように。
刺突剣と短剣、【影衝】を駆使し紙一重で躱しきる。
それでも限界は迫っている。【聖光】の残り時間、貫通した腹の傷。どちらをとっても戦える時間は残り少ないだろう。
もう、生きて帰れないかもしれない。
「ケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラ」
うるせぇよ。黙れ。
研ぎ澄ませ。もっともっと感覚を研ぎ澄ませ。極限まで。限界まで。
——それ以上に!!!!
後の事なんて考えるな。
もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと!!!!何もかもが足りない!!!!!!!
眼球が飛び出そうだ。口から臓物が出ているかもしれない。
だが。
——凄く、遅い!!!
更に知覚速度を上げる。瞼や頬に暖かい血が流れる。血涙しているのか。
「——ァア!!」
手持ちの投針、合計二十本。
必要最低限の相手の手数を減らす。片手に短剣を持ち、片手に投針。短剣で大雑把に【影衝】を行い、位置を把握。
奴の攻撃は当たらない。完全に見切った。
躱しながらの投擲を繰り返す。地面に縫い止められ、約三分の一が行動不能と化す。
——今だ、今しか無い。
すぐさま短剣と刺突剣に持ち替え、残りの『影』をいなしつつ全力で疾走る。
絶対に殺す!何があっても!!!!
「ケラケラ——————『氷牙』」
詠唱からの魔法。真横には生ける屍と『影』。回避は不可能だろう。そしてこの機を逃せばもう勝ち目は無い。
——だから、どうしたってんだよ
左腕を突き出し避雷針代わりにする。飛んできた『氷』を受ける。その瞬間、二の腕まで瞬時に凍り付く。
腕を振った反動で左腕は脆くもぼきりと折れて消失し、地面にぼとりと落ちた。
左腕が途端に軽くなり、バランスを崩しかける。だが。
尚、止まらない。
「ぉおおおおああああ!!!!」
「ぎりぎりぎりぎりギギギ」
短剣の【聖光】が眩く光り、緑光から青光へとなる。
そのまま奴の首へと滑らせる。
斬ったかどうかも分からない。奴の体に体当たりも同然で突っ込み、もつれ込んで棄てられた人形のように地面をはねて倒れる。
「——ッッ!!!......ゲホッゲホッ...はぁっはぁっ」
...やったか?
いや、死んでない!!!
首は三分の二程斬れているがまだ繋がっている。少しずつだが煙を上げつつ修復を開始していた。
「ヒューヒゅー...ケラ...カッカッカッ...!」
嗤ってやがる。
クソ。もう体が一ミリも動かない。赦せない。殺してやりたい。
死ぬのか?死ぬのか...。死にたくないな......——
諦めも半ば、意識を失いかけた時、足音が近付いてくる。
この足音は小鬼だろう。目だけ必死に動かして何とか姿を見る。きっと俺は無様で、芋虫よりも惨めだろう。
でも、そいつも酷い有様だった。顔は半分が焼け爛れ、緑の肌は見る影も無い。左耳は無い。口も酷い。歯も歯茎も丸見えだ。
きっと俺を恨んでいるだろう。
「......」
そいつは俺の短剣を拾い上げる。
ああそうか、俺を殺すのか。心臓を一突きされるのか?首をざっくり斬られるのか?苦しむように滅多刺しだろうか。
殺されたく無いが、抵抗出来る力は微塵も残っちゃいない。
——頑張った、と思う。
ゆっくり目を瞑る。死ぬ時は静かが良いから。殺されるその時をゆっくりと待つ。
「ギィィイイイイイ!!!!!、、、ギィィぃぃぃい!!!!!ィッアッ......ッッ!!!!!!」
「ぇ...?」
一瞬俺が出したのかと錯覚してしまう程の断末魔。耳が劈かれそうになる。
目を開けると、奴に馬乗りになった半分焼死体のような小鬼が俺の短剣で滅多刺しにしていた。
そいつは最後に首をじっくりと斬ると、何かを呟いていた。
「ァ...」
あの小鬼の呪術師は事切れたようで、体がボロボロと崩れていく。
「なん...で......」
「ァ...りが と ぅ」
喋...った?
ゴブリンって喋れたか?
いや、それよりもなんで...なんで『ありがとう』なんて...言ったんだ?
「青光の街の...住人...ボ...ク...は。感謝しなきゃならない」
「ぇ...?」
意識が、混濁してきた。
とても...遠い。何もかもが遠い。今、彼はなんと言っているか...口元を見て判断するしかない。
「君は、出現者だよね...君のお陰で...呪いが解けた.........僕達を...救っテ......くれて...本当に...本当に」
なんで...俺は殺した側なのに
「——ありがとう」
なんで、そんな事——
「出来る事なら...妹を...」
そう言って彼は短剣を
「...ゃめろ...やめろよ...!」
首を自ら斬り裂いた。
「!!!!............」
なんで......
ひたすらに問い続ける。何故何故何故。
然し、限界は無慈悲に訪れて。俺の意識は潰えた。
◆
「クッソ!!!キリがねぇ!!!」
「カイト...もう、もう奇跡使えない」
体力は既にギリギリで、尽きかけている。ヒロキとシュウの二人組の助けに行きたいのに、生ける屍は分断しようと畳み掛けてくる。
斬っても斬っても一分もすれば立ち上がる。ユウリはガス欠。
どうしようもない。
「はァ...はァ...逃げろ。今度こそ逃げろ。良いな、お前だけなら何とか出来る。残りの体力時間稼ぎに使えばまだ何とかなる」
「だめ...やだ...やだやだやだ!!!」
「駄々こねんじゃねェ!!!」
「オウオウ喧嘩してんじゃねーよ。遅れて済まんな、迷惑をかけた勇士のガキ共」
「「え?」」
その中、第三者の声が二人に届く。
「誰?」
「えっとまぁ...そうだな、自己紹介は大切だ。俺の名前はカツマタ。禁足地の監視がお仕事で、職業はそのまま監視者だ。」
監視者と名乗る男は申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
一章は後2、3話程で終わると思われます!!二章も是非読んでくれると嬉しいです!!