北の森攻略⑦:雄々しき小鬼との死闘
あー...これ
三十秒で復帰しろ。
とか言ったけど、ちょっと、いやかなり無理臭いかもしれない。
身体から変な汗がだくだくと止めどなく溢れ出てくる。
足の震えが止まらない。
瞳孔はきっかりと見開いている。死ぬ直前というのは時が遅く感じると聞いた事があったけどまさにそれだ。
それまでに雄々しき小鬼の圧は俺には重過ぎた。
目の前に大木の様な太さの棍棒が恐るべき速度で迫って来ている。
『脳』で反応出来ずに、『体』が勝手に体を傾ける動作する。
しかし、意志の持たない動作では間に合わない。
いや、これさ。死ぬんじゃ——
「おい!何ボーっとしているのだヒロキ!!!」
「あ、、いや、あっっっぶねっっ!!」
当たる、と思った直前で棍棒の軌道が逸れる。
何が起こったのか一瞬分からなかったが、すぐに理解する。ユウリの【光の加護】だ。
独自に改良したとかで、薄い膜を張って矢や投げナイフなどを三回ほど軌道をズラし、かけた対象を守る。
薄らと体を纏った薄い乳白色の膜が出現し、点滅し、潰える。
その三回分を使って俺を守った。
「はぁっはぁっ...ビビった。めっちゃ恐いじゃんか」
「ダサいな!!!」
「うるせぇ、黙って回復して早く加勢しろ厨二病!!!!」
「ちゅっっ...!!おま...ッ!」
腰を抜かしてしまった。我ながら死ぬ程ダサい。忸怩たる思いだ。
いや、でも引き締まった。次は見切れる。
ホブも毒煙程度では仕留められれない。殺るなら原液を大量に注入するしかないだろうけど、上手くいくかは分からない。
シュウは尺骨だか橈骨だかが折れてるっぽいので、完全に【回復】を施すとするなら腕を真っ直ぐにして抑えながら唱えなければならない。時間は掛かるが復帰は出来る。
「ォ゛オ゛オッ゛!!゛!!」
「うぉ...ッッ!!っと」
危なげなく横凪を伏せて避ける。
髪の毛が何本か持ってかれた気がする。
更に、縦。
斜め。
雄々しき小鬼は棍棒を暴風のように振り回す。
振り回す度に空気が揺れる。
比喩抜きで揺れる。
それを紙一重でステップやら飛び込みながらの受け身で躱す。
華麗に躱しているつもりだが、第三者からみれば、転けかけたりバランスを崩しかけたりと、壊れた操り人形のような動きをしているだろう。
滑稽で笑いの込み上げてくるような無様な避け方をしているに違いない。
非常に無様だが、それでも。
避けられてはいる。
避ける事は、出来る。
——それと、隙が大きいっ!
雄々しき小鬼とは言っても、彼等は突然変異種なのだ。躯は大きくとも、心や技は未熟。
教える側の小鬼は謙ってしまい、まともに教える事が出来ない。そして、小さな池の主として力に溺れた雄々しき小鬼は慢心をする。
俺の事をただの小鬼としか認識出来ていないのだ。
——だとしても危険な事には変わりないと思うけ...ど!!
避けながら短剣をしまい、ある暗器に取り替え、すれ違いざまに投擲する。
「...グゥゥ゛!!!?」
もしかして俺、調子良いんじゃね?
麻痺毒を仕込んだ毒針が五本中二本肩に刺さり、動きが鈍くなる。殺す毒では無く、麻痺に特化した毒ならば少量で部分的に動きを鈍らせる事は可能...な筈だ。
わざわざ近接で戦う必要は無い。
——なら、安全な場所から毒でじわじわと弱らせてとどめを刺すのが一番堅実だろ。
「良し、ナイスだヒロキ!!」
シュウが回復するまであと十秒という所か。
俺は一気に勝負をつけに出る。
更に毒針を取り出し五本投擲。一本は棍棒に刺さったが、四本は腕や腹、太腿に軽く突き刺さる。
動きが、鈍くなる。
俺は短剣に持ち替え首元目掛けて突貫する。
——殺った!!
が、
「いや駄目だやめろ!ブラフだ!!」
「...は?」
「━━━━━━━━━ッッ!!!!!」
気付いた時には遅かった。棍棒の振り回せない間合いにまで踏み込んでいたが、奴は棍棒を手放し、巌のような握り拳を俺の土手っ腹にぶち込んだ。
「おぶっっっっっ——ッ!!!」
吹き飛ぶ。体だけでなく意識までもが暗中に引き摺り込まれそうに——
━━━━━━━━━━━━━━
...
.........
..................ッッ!!!!!
あまりの痛みに、吹き飛ぶ意識も吹き飛ばなかった。
不幸中の幸いという奴か。いや、勝負を焦って招いた結果だ。幸いもクソも無いだろう。
目を開けると、小鬼の小屋を突き破り破壊した跡が散見する。
小屋一軒分も吹き飛ばされたのか...俺。
「い痛痛...いや、間に合ったか。ホント危ねぇ」
俺が今一番痛みを感じる箇所は『腕』だ。
「...シュウの声が無かったら反応出来て無かったな」
あの瞬間、咄嗟に左腕でガードしながら【浮身】を使い衝撃を軽減した。
【浮身】とは、回避不能な打撃や斬撃を軽減する為の技だ。
暗殺対象を殺害しようとして撃退された時に殺ったと勘違いさせ、不意を打ち、殺す為に編み出された——...とか聞いてたけど、まあ実戦でも役に立った。ていうかぶっつけ本番だ。
殴られ、吹っ飛ばされる瞬間。
習った特殊呼吸で体を脱力させ、逆方向に跳ぶ。左手をクッションにし、内臓は守った。
血反吐吐いているけど、痛みはそこまでだ。
でも、その代わりに左腕はぐちゃぐちゃになっている。手首はあらぬ方向を向いているし、上腕骨も橈骨、尺骨も折れていると思う。現に腕から折れた骨が皮を突き破って生えている。
ずっと見ているとクラッとしそうだ。
一安心すると、奥の方から切羽詰まった叫び声が聞こえてきた。
「おい、、!!ヒロキ!!生きてるよな!?!!死んでるなんて赦さないのだからな!?...畜生!コイツ!!毒に耐性を付けてるの隠してたのか!」
うるさいな、生きてるよ。
報告したいけど大声出すと折角守った内臓に響くかもしれない。
割と...その、辛い。
毒に耐性か...。小鬼も毒を塗りたくったナイフやら矢だかを使っていると考えれば、何らかの方法で身に付けさせたのか?
甘かった。正直毒は万能だと思ってた節はある。命を奪う事も出来るし、分量を考えれば救う事だって出来る。
ここの集落のリーダー様は相当に頭がキレたらしい。
多分ヤマジ先輩も予想外だっただろう。
早く行かなきゃな。シュウがまた壊されたら勝ち目は無い。
走る
走る度に体が軋む
でも走る
理由があるから走る
体が燃えるような熱と痛みに打ちひしがれているが、歯を食いしばって走る。さっきから左手は風に煽られて宙ぶらりん。
【回復】も【光の加護】も無い世界だったら十回は死んでいるんじゃ無いだろうか。
「...もしかするともう死んだ事もあんのかもな」
つい、何気なく思い付いた事を自嘲的に口に出す。何か懐かしい既視感を覚えたが、すぐに捨て去る。今、そんな些細なことに構ってる暇は無い。
腕は引きちぎれそうな程痛いし、体は鈍重な痛みに襲われている。
勝負は一発で決める。決めるしか無いだろ。
俺は大きく息を吸い込み、吼える。
「シュウゥゥ——!!!!!!」
「生きてたのか!?」
ガバッと振り返り、俺の生存を驚き喜んでくれたが、今はどちらもそんな場合じゃない。端的に考えている事を伝える。
「一発止めろッ!!!!!!!」
「はっ?ぇ...?」
「良いから!!」
「あ、ああ分かった!!」
了承してくれた。なら俺は突っ切る。
刺突剣を腰から抜き、構えながら雄々しき小鬼へと無防備なまま突っ切る。
「なっ、お前」
「頼んだ。」
全てを察したシュウは、俺へ驚きと恨めしい目をすれ違いざまに向ける。
もう奴の間合いの一歩手前だ。当然横凪の一撃を喰らわせようと棍棒を振り翳す。
空気が、揺れる。
ああ、恐い、恐いなぁ。
最初の一撃を喰らっていたら死んでいただろう。口から心臓が出てきたって言われても信じる。
今は痛みとか、血とかその辺に気を遣わないといけないから大胆になれているけども。素面だったら中々ヤバかったかもしれない。
刺突剣を、構える。
揺れる空気の歪みが肌を刺すようだ。
その緊張が全身の血を沸騰させる。
だが視界は驚く程に明快だ。
「ゴォオオ゛オオ゛オ!!!!!」
「【盾打】ゥゥウ!!!!!」
巨人の腕、丸太のような棍棒の一撃を渾身の【盾打】で迎え撃つ。
ゴォォォオオン!!!!
凄まじい衝撃と、鼓膜を襲い聴覚を刺すような金属音。
その余波は俺にまでビリビリと届く。そのシュウの一撃は棍棒を弾いた。
あまりの衝撃に互いが硬直する。
雄々しき小鬼が棍棒をボロリと地面へ落とす。
俺はそれを見逃さない。
「シッ——!!!」
刺突剣を相手の目ん玉目掛けて突き出す。
目玉から脳みそまで突いて即死させるつもりで突き出す。
「グォ...ッ!」
「ああ、クソ!!」
と思いきや、すんでのところで硬直から立ち直り頬を浅く斬り付けるまでに終わる。
意識を取り戻した雄々しき小鬼は俺の事を抱き締めた。
もちろん友愛などというモノではなく、殺意をもってだ。
——コイツ、背骨を折りにきてる!!
「あ、あ゛あ゛ァァア゛!!」
俺の、人間の、柔くて脆い肌が爪牙によって蹂躙されていく感触が伝わり背中から暖かい何かが流れる。
だが、この体勢になった時点で俺の勝ちだ。予測の範疇だ。俺の口角が最大限にまで上がった。
俺は刺突剣を逆手に持ち替える。
——これで、終われよ!!!
「死゛ね゛っ!!!」
「ギコ゛っっ!??!」
後頭骨の大後頭孔目掛けて差し込み延髄諸共ぐちゃぐちゃに掻き回す。
刺突剣の刃は、奴の口から出現し、貫いた事を証明させる。何度も何度も繰り返し刺し、毒も注入し、相手が死んだ事に気付いたのはシュウが奴の腕を切り落とし解放されてからだった。
仁王立ちしたまま死んでる。
「...ぁっ...ァは...カハッ!」
「...よふやっひゃひよひ...」
解放され、地面に縋るように倒れ込む。シュウはさっきの衝撃で肩が外れたのと、更に左腕が複雑骨折しているらしい。しかしなんだ、喋り方が可笑しい。
「ぁ?お前どうしたよ」
「はぁ、くいひばいひゅぎた」
「ぶはっ、はははははははは!!!...い痛痛...いてててて」
「へめぇ!!」
あの瞬間、奴の攻撃を受け止める恐怖から力み過ぎて歯が抜けたらしい。
そこである事に気付き思わず質問する。
「ケホッ...おいまさか...【回復】は?」
光神に祝詞と魔力を献上し賜る奇跡は使用可能なのかどうかだ。これが無理でユウリが来なければ俺は死ぬかもしれない。
「できひゅ」
「あー...サンキューな」
「ひゅはは!」
あー、良かった。
歯のない間抜けな顔でドヤ顔するシュウはちょっと格好良かった。変に格好付けるよりも、泥臭くともやり遂げた方が輝いて見えるのかもしれない。
辛勝だったが、もぎ取ってみせた。早くカイトの所へ援護しに行かなければならない。
◆
一合、もう一合。長剣と両刃斧を打ち合い心を通わせる。重厚な鎧の中身からは時折血が溢れる。
幽鬼としての面が剥がれるかのように、生きた血が飛び散る。
だがそれは向こうも同じ事だ。死力を尽くして戦うという事がこんなにも辛く、愉しい事だとは知らなかった。
滲むのは血ではなく笑みだ。
軋むのは体ではなく心だ。
勝利という生存への渇望で果ててしまいそうになる。
【剛体】——この技を実戦で使ったのは初めてだ。呼吸による体内の自制御、枷を外し体幹の力を底上げ、怪力と堅牢な鎧を纏い戦う。その代わりに敏捷は下がる。
しかし正面から打ち合ってくれるような、根っからの戦士相手ならこれ以上に無い程の素晴らしい『技』だ。
「うぉおらァッ!!」
「......——ァ゛ッ!!」
先程打ち合い弾かれた剣を下から斬り上げ。
さすれば向こうも声にならない声を上げながら咆哮し、真っ向から打ち合う。
ギャリリリィ!!!
石と鉄が擦れ弾く不快な音が響く。
だが今のカイトにとっては心地良くすらもあった。
戦いの熱がそこにはあった。一方的な虐殺、鏖殺ではなく、死力を尽くし合う戦い。ヒロキだったらそんな戦いは真っ平御免だと言うだろう。無理せず勝てるなら多少卑怯な手を使ってでも勝ち、パーティの生存を優先する。
カイトの行為は傍から見れば馬鹿に見えるかもしれない。
鉄製の長剣は既に所々刃が潰れている。半分打撃武器と化して、ロクに斬れやしない。
「カイト、大丈夫なの?」
「【光の加護】だけ頼ンだ。もう少しで勝つからよ、あのへっぽこ二人助けに行ってても良いぜ」
「......『担い手を守れ、【光の加護】』」
薄い白色の膜が体を纏い、消える。
「でも、今はカイトのほうが心配」
【回復】はしない。傷が癒えればそれだけ冷静になってしまい、闘争への意思が薄れてしまうだろう。いや、ただの推測なのだが己の勘がそう訴えている。
ただただ目の前の熱に身を投じたくなる。それは多分...いけないことだ。
でも、抗えない。
そうだ。これが戦士の本懐であり本能なのか。
もう充分過ぎるほどに己が武器を交し合った。相手を知った。ならば次の一手はどちらも命を殺る気の真剣勝負。
「...行くぜェ」
「ギギゴォ...」
ジリジリと間合いを詰め、首に目掛けて長剣を一閃させる。
流石に見え透いていたせいで防がれる。が、その勢いを利用し更に回転斬り。体ではなく武器破壊を目的とし、木製の持ち手を破壊するべく振るう。
「ギギゴォ」
雄々しき小鬼が醜い顔を歪めて嗤う。
カイトは見誤った。破壊できると踏み柄へ剣を叩き込み、持ち手の内部へ侵入した際に甲高い音がしたのだ。
「はァっ!?まさか」
中に金属ぶッ刺して強度を——
気付いた時には遅く、両刃斧を振るわれる。
ピキリ、と何かが折れる音が響き、腕に伝わる。自分の得物を一瞥すると丁度真ん中で折れていた。
「ぐゥッ!クソが!おいユウリ、逃げろ!」
「やだ。今私がいなくなったら、カイト死ぬでしょ?」
「お前も死ぬかもしんねェから言ってんだよ...」
手元には折れた長剣と護身用の短剣一本。流石に分が悪いか。
数ではこちらが勝っているがユウリには頼りたくない。そもそも神官を戦闘に参加させたくない。
ユウリの装備は神官服と中に鎖帷子。防御力に不安があるし、というか一発でもモロに喰らえば即死は必然だろう。
「ユウリ、ここぞって時だけ援護しろ。俺を死なすなよ」
「分かった」
【剛体】を使っているせいで【縮地】は一メートルちょい程しか接近できない。
...いや、十分か。腹括っちまえばイける。ただちょっと難易度が高いだけで別にやれなくはない。
短剣を装備する。折れた剣では格好がつかないが、双剣だ。
相手は基本両手持ちの両刃斧。
ならよォ——
静かに走り出す。当然の事だが遅く、全力疾走の二分の一程のスピードだ。
奴はそれを的確に首へと得物を当てにかかる。
その瞬間に、カイトは【縮地】を使い——
——超近接戦に持ち込んでやンよ!
絶妙なタイミングだった。針を通すような博打行為だったが武器部分を避け、懐とまではいかないが、持ち手部分まで潜り込み双剣で防御。鈍い音が辺りに響く。
かなりの衝撃だが【剛体】使用時ならではの耐久力と体幹を生かし受け止めてみせる。
「ご対面だクソッタレ」
「ゴォ、、っ!」
奴は驚愕したように苦悶の表情を浮かべている。それもそのはず、瞬きの間に瞬間移動したかのように見えたのだから。
「そらァッ!!」
そのまま短剣で腹部を斬ったが、浅い。
全力で近付く。間合いなど作らせず、タイミングを合わせて【縮地】を使い装備諸共切り裂きにかかる。
だが。
——斬れねぇ!これじゃ決めきれねェ!!
折れた長剣は打ち合い過ぎて刃が潰れて通らない。
相手の鞣した皮の装備を薄く傷付けるだけに終わる。衝撃は伝わっているだろうが、そんな攻撃がしたいんじゃない。決定打を入れたいのだ。
短剣は通るには通るが、やはり皮装備が邪魔で中々有効打には足りない。
抵牾かしくて仕方ない。
それに剣筋が読まれ始めてる。当たっていた攻撃が段々と当たらなくなってきた。非常に、不味い。
——畜生!離れられる前に一発ぶち込んでやる!!!
ならば最後に重傷を負わせて離脱してやろうと【縮地】を使いつつ思いっきり短剣を突き出す!
はらわたを掻き混ぜるつもりでこの死闘に決着をつけようとした。
「ゴ、オっ...ッ」
「チィィ!!」
それもまたギリギリの所で防がれる。奴は得物を手放し腹に喰らう直前で手の平に短剣を受けた。
赤黒い血が剣に滴る。
——あと少し、それは分かッてんのによ!渋てェ!!このままじゃ
すると左から鋭いフックが飛んでくる。受けたのは自分を掴まえる為。ただでさえ遅い【剛体】の状態でこれは受けられない。脳に直撃すれば戦闘不能になる。
「...やっ!!」
その握り拳をユウリが杖を使い相殺させに試みる。
全力で振り、尚且つ先端部分の遠心力が最もかかる位置で的確に当てる。
尖った装飾部分が拳に刺さるが、勢いを止めきれずに杖が破壊された。
「ナイスだユウリィ!!」
「グゥゥウウウ!!!」
カイトはその隙をつき、体を回転させて短剣と壊れた長剣でミキサーの様に切り刻んで離脱する。が、
しかし、相手は勝利が掴めない事を悟ったのか捨て身の一撃に出た。カイトは反応出来ずにモロに喰らう。
重撃。
「ぐァ——ッ!」
突き出した剣が腹に刺さろうが何だろうがカイトを体重で押し潰す。その衝撃で剣を手放してしまう。
「ガァァア゛アア゛ア゛ア!!!」
「なッ!?」
押し潰し、それ迄に終わる筈がなく雄々しき小鬼は首の皮を噛み千切りに出た。
今は装備が邪魔しているが時間の問題だろう。
——不味い不味い不味い不味い!!!ユウリは!?
「ユ、っウリ...ッ!!!」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
必死に呼ぶが、さっきの一撃の衝撃で手首が折れたらしいのか呻いて動けていない。腕が痙攣したまま倒れている。
——ちッくしょうがァァァアア!!
必死に踠く。踠き続ける。
そして遂に首の鎖帷子が喰い破られ、皮膚が露になった。当然噛み付かれる。
「ぬゥううううう!!!!」
無駄と分かっていても腕を振り回す。諦めたくなんて無い!!
︙
——どんなに不利だろうが恵まれていなかろうが失敗しようが辛かろうが向かい風だろうが苦しかろうが死にたくなろうが憂鬱になろうが落ちこもうが愚か者だろうが誰かを失おうが挫折しようが堕落しようが自傷しようが意固地になろうが惰性で生きようが怠惰になろうが憎悪しようが嫉妬しようが恨もうが自棄になろうが——
——あァ、そうだ。何かを無くしたンだ。
他愛もない事だった気もするが、とても大切なモノだった気もする。不確定でとめどなく不連続なナニカ。
しかしまだ掴めはしない。
⋮
だが運は、掴めたらしい。
「ぉおおおおオおおお!!!!!!」
「カッ...ァ!!!」
左手に掴んだ物を奴の首へ突き刺す。
すると勢い良く赤い血が噴き出し、雄々しき小鬼は息絶えた。
「はァ...はァ...っぶねぇ」
左手に掴んだのは、折れた長剣の切っ先側だった。
本当に運が良かったとしか言いようのない最期に、カイトは一時的に安堵し嫌悪した。
「〜〜〜『————【回復】』っっ!!!」
「...大丈夫か?」
「ごめん......」
「どっちもどっちだ。気にすんな」
「たしかに」
「...ちったぁ遠慮というものをだな。死ぬとこだッたぜ」
でも生きてる。勝利を掴んだ。結局世の中生きたもん勝ちで、カイトは勝ったのだ。
素直には喜べないが、下手くそな笑みを浮かべた。
——の筈だったのだが。
「カイト後ろ!!!!」
そこには殺した筈の雄々しき小鬼が立っていた。
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