北の森攻略:⑤
祠。その単語が出たのは、目に入った感想そのままだった。集落の中央部に存在し、岩を人工的に組み上げたような穴。その周りや入口には、御札...だろうか。雨や風によって風化し、ボロボロになってはいるが、それには意味不明な絵のような文字が書かれている。
その他にも生き物の骨が綺麗に等間隔に並べられており、美しいとさえ思える。中は位置からして見えないのが残念だ。
「あれがホブゴブリン...」
観察をしていると、祠に近付く影が二つ。『ホブゴブリン』。
話には聞いていたが、見るのは初めてだ。
——デカい...。
緊張故に、ゴクリと生唾を飲む。カイトよりもやや大きい。隆起した上腕二頭筋、胸筋に腹筋。百八十セルチは優に超えるだろう。更に手にはデカさが尋常じゃない棍棒。長剣よりも太く長い。まるで木をそのまま引っこ抜いた物を武器にした様にも見える。
通常のゴブリンとは一線を画す体格の良さだ。成人男性の戦士とさほど変わりない。もしかしたらそれよりもやや上かもしれない。
その二匹は祠の前で跪き、頭を垂れ、祈りを捧げるように拝み始めた。そして——
「う゛......っ」
悪寒が、走った。
祠からほんの少し、ほんの少しだけ姿が見えたソレはゴブリンとは思えない気配がした。
通常、あの様な儀式めいたモノがあるゴブリンの集落には、小鬼の呪術師が居る。
それがゴブリンの一般常識であると聞いたし、俺は最初そう思った。
あの姿はゴブリンなのかもしれない。呪術師特有の民族衣装のようなモノも見えた。だが、アレ程までに禍々しいモノなのだろうか。
濃密なまでの死の匂い。
教団で扱かれていた時、教えて貰っていた時の事を思い出す。
【技】というのは、人間の枷を外す行為だ。主には五感や、肉体の限界を超え、その状態で繰り出す技能を【技】と呼ぶ。
枷を外さない状態で使うものもあるが...今は置いておく。
二週間の間に枷をこじ開け、慣れさせる。俺の場合は『聴力』だ。【影衝】は俺の聴力の枷を外し、索敵する技。というのが正しい。
カイトなんかは【剛体】という技や【縮地】なんかでも色々使ったと言っていた。
...そしてクラスによって特殊な枷が外れる事がある。
暗殺者の場合は、死の気配。
ソレを今俺は感じていた。
背骨に雷が走ったように身体が強張り、震える。五感全てが警鐘をガンガン鳴らしている。
本来、かなり時間をかけて成熟しなければ感じられないその気配を、駆け出しの俺が感じているという事はつまり...それだけヤバい敵という事に他ならない。
「ははは...俺達だけでやれるような案件じゃないだろ、これ」
思わずそう呟く。
出たのは乾いた笑いだ。
対処出来る気がしないのだ。
しかし、何故か俺達以外は北の森へ行こうとしない。
多分来てくれるとしても...新入りのユウジ達のパーティ位のものだ。勿論来てくれるとは一ミリも思わないが。
新しい依頼やらなんやら、あれだけの功績を新入りが積んだのだ。今頃俺達じゃ出来ないような骨のある依頼ばっかこなしているだろう。
......それと、カイトの事だ。絶対不機嫌になる。
——............だったら、やるしか無いのか?
決意を————固める。
別に無謀な訳じゃない。相手は所詮ゴブリンなのだから。
それに、俺達はまだ『仮勇士』と呼ばれる存在だ。一年以内に、ある一定の功績を上げて晴れて正式に勇士の最下級位、『六等星』となれる。
...実はユウジ達はもう正式な勇士だったりする。しかもオークの討伐という事で『五等星』という飛び級が確約されている。異例だ。すげぇ。
確か...ゴブリンは百匹程だった筈だ。
この件をこなせば勇士団のプレートが授与され、正式に勇士となれる。
プレートは通行証でもあり、個人の認識証ともなる。つまり、他の街の勇士の支部でも活動が出来る、という事だ。
そういった思惑も俺の中にはある。
考えている内に、知らず知らずと自然と俺の口角は上がっていた。
そして今の思考は既に方向を変えている。
——どう攻略するか
その一点に尽きる。
◆
一通り調査は終えた。五回のプロテクトの重ね掛けも杞憂に終わり、集落の規模、役割、戦力の大体は掴むことが出来た。
仮として、例の個体が一体。ホブゴブリンが四体。その他の通常個体が六十程。その他は雌ゴブリンと子供のゴブリンだ。
簡易な木製の家は凡そ二十。位の高いホブゴブリンには丸々一軒家で、他は子育て用のやら淫行目的やらだと思われた。それ以外は通常のゴブリンの寝床になっている。
地形は北と西が山による急な斜面によって囲まれており、東にはそこそこ大きな川だ。凹の字の形にすっぽり嵌るような感じに集落が存在している。
「.........どうすっかな」
今は帰り道だ。標をのある所まではもう近い。昼は既に過ぎていて、夕方はもう二時間もすればやってくるだろう。
干し肉を少しずつ齧り、口の中の唾液で解してもぐもぐと時間をかけて食べる。硬いし塩っぱいから干し肉はそう食べる。口の慰めにもなるし腹も幾分かマシになる。
そんな中ずっと俺は考えている。
集団の敵に対する有効な手立て。数は力だ。暴力と言える。そんな相手にどう立ち向かい、勝利を掴むのか。そんな戦法は俺は知らない。知識が足りない。そもそも俺の職業は暗殺者であり、集団相手なんていうのは論外だ。軍師じゃあるまいし。
俺達が唯一勝っているのは『情報』だけだ。位置、数、戦力。その全てを今日掴んだ。
その情報を上手く生かす作戦を考えるには——
「相談...話し合い......」
——必須だろうなぁ...
別にシュウとかカイトとか、その辺は良い。慣れたし友達以上の関係だと思う。信頼出来る仲間だ。
問題は知らない人に聞くって事だ。俺は赤の他人と喋るのは苦手だ。とてつもなく。
あの酒場で仲良くなれた狩人のヤマジ先輩とか盗賊のケイ先輩とかは酔った勢いで仲良くなった。素面だったら多分、いや絶対に無理だったと思う。
...ここに来て自分の小心さを思い知る。
——俺やっぱ陰キャなのか?...臆病なだけだ。そう信じたい。
そう考えている内に目的地へ辿り着く。ナイフで木に標を残し青光の街へと俺は向かった。
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「...って感じなんだけど、なんか良い感じの作戦を考えられる人ー...いる?」
「「「.........」」」
全員が兵舎に戻り合流し、暖かい風呂に入り終わった後に俺達は食卓についていた。そこで今日見てきた事を事細かに皆に説明をし終えた。
「どうもこうもなァ。戦いのイロハは習ったんだがな、ンな事は知らねェ。俺は何も思いつかねェぞ」
「我もだ。こればかりは勇士の先駆者にアドバイスでも貰うべきだと思うがな」
「......?」
「ちょっユウリ聞いてなかったでしょ。まぁいいや...で、やっぱそうなるよな」
難しい問題だ。
向こうの戦力が低ければ、多少雑な素人戦法であっても勝つ自信がある。だが、
「ホブ四にシャーマン一匹...流石に俺達じゃ厳しいだろうな。タイマンなら負ける気はしねェけどよ、四体か...」
自分でも分かってはいる。かなり厳しい作戦だということは。
しかしやらねばならない。街を守る為にも、自分達の為にも。
「勿論正面衝突なんてするつもりは無いよ。やるなら奇襲だ」
「出来るの?」
「.........それを今考えてんだよ...」
間の抜けた、それでいて核心をつくような鋭い問いをしてくるユウリに場の雰囲気が下降気味になる。
「......とりあえず、明日は情報収集をするべきだ。我は酒場の先駆者に知恵を授かりに行ってくる。カイトも来い。ヒロキは...こういうの苦手だろ?俺達で行ってくる」
「お、おう。ありがとうな.........」
気遣いは嬉しいがちょっと傷ついた。
見透かさないで欲しい。泣きたくなるから。割と本気で。
「じゃあ俺とユウリは勇士団の図書館に行ってくるよ。それっぽい本の一つや二つあるだろうから」
「ん!」
「良し、これにて決まりで。解散!」
「オウ」
「うむ」
それっぽくまとめて終わりにする。明日からは作戦の考案とそれに必要な品物を揃える事になるだろう。早く寝ないとな。
——そう考えていたのだが、ふと何かを思い出す。
他愛のない事だ。たまたま空を見上げた。満点の星空だ。
そう、あの場所で目覚めた時見上げた星空に感じた違和感。
——何か、足んないよな...。
決定的に、何かが足りない気がするのだ。
「なぁ、空って他になんかもっと無かったっけ?」
「?......ふ...うむ......確かに言われてみればそんな気もしなくもないが...。だがまぁ思い出せないのならばその程度のものなのだろう。気にする必要は無いんじゃないか?」
「そ......か。そうだよな」
そう言われると、そんな気もしてきた。どうでも良い事だったかも、途端にそう思えてきてならなくなってきた。眠気も増して瞼が重くなってきた。
「うん、おやすみ」
ほのかに緑の香りの残る、がさりとした心地の良い藁のベットに横になって夢をみよう。
それが良い——
◆
次の日、俺達は二組に別れて行動を開始した。
勇士団、青光の街支部の西棟にある図書館兼資料館へユウリと赴いていた。
「図書館って言うぐらいだから、もっと静かだと思ってたなー」
「うん、けっこう賑やかかも。」
近所の子供から年寄りまで、バリバリ現役の勇士までいる。
仕事関連や、職業について。子供は字を学びに来ていたり、冒険譚に目を輝かせている。
魔物の各種対応法を熱心に読み込んでるムキムキの戦士の違和感は凄い。
「じゃ、俺達も取り掛かりますか」
「うん!」
俺とユウリは図書館へ踏み出した。