ケイタ・ガルド
20日ぶりですねゴメンなさいっ!
「えーっと.........とりあえず自己紹介から入りませんか?」
「あっ、ごめんごめん。いきなりだったよね?礼儀がなっていなかった、すまない。ははは」
その虚無な笑みを浮かべながら、情けなさそうに喋ってくる中年の男は、俺よりもでかい筈なのに何故か酷く小さく感じた。
その男は頭をかきながら手をふらふらと振って仕切り直す。
「うん、じゃあ自己紹介だ。僕の名前はケイタ・ガルド。商人なんて名乗らせて貰っているよ」
ケイタ・ガルド...?なんか違和感のある名前だな。...なんというか...その...決定的に合わない。
「俺はヒロキっていいます。クラスは暗殺者で、一応...四人組のパーティリーダーをしています。」
双方とも挨拶を終えて、兵舎の中庭へ歩きながらケイタさんは本題に入った。
「北の森、知っているだろう?君達が狩場に...いやまだ攻略途中なのかな?」
「えぇ、まぁ」
「何故か誰も近寄らないあの森の奥...多分だけど手付かずの資源が多い筈だと僕は思っている。価値のあるものが沢山あるってね」
「はぁ。...つまり、めぼしいものを探して来いと?」
「そうだね、やって欲しいのは大まかなマッピングと指定した資源があるかどうかの確認、それと周辺のゴブリンの殲滅。だね」
素晴らしい条件としか言いようがない。これからの俺達の予定に沿ったかのような依頼だ。...しかし引っかかる。
「...なるほど。それと質問があるんですけど良いですか?」
「なんだい?」
「なんで個別の依頼なんですか?勇士団に依頼として貼って貰えば良いのに」
「仲介料だよ仲介料。あそこで間引かれて依頼自体が安くなってしまうんだ」
「あー、それで誰も引き受けてくれないと。」
「うんうん。僕はあまり裕福では無いからね、そこまで高い金は出せないんだ。そこで個別依頼って訳さ」
「...んー......」
少考する。
個別依頼は禁止されている訳では無いが、勇士団にとってあまり褒められた行為ではない。その仲介料こそが勇士団の基盤となる財源なのだから。
でも生活に余裕無いしな...。
それでもまだ疑問はある。
「なんで俺達なんですか?個別依頼なら仲介料もかからないんでしょ?熟練の狩人にでも頼めば良いじゃないですか」
「あははは...勿論頼んださ。それがね、何故か北の森は駄目らしい。理由は不明、地図もくれやしない。そんな時に昨日の酒場で君達の事を古い馴染みに聞いてね」
再度疲れ切ったような笑みを浮かべる。苦労性というか幸薄な雰囲気が周りに漂い始める。
「は...ぁ...?」
良く分からないな...。あそこって何か規制されるような場所なんだっけ?でもあのオカマ職員が言ってたな。
俺達がどこを攻略するかって時に勧めて来たのはあのオカマだ。でも深くは入らない事をオススメするわよーだの言ってたけど、補足で森に慣れてない人間は深入りしない方が良いとか割と筋の通った説明をしてくれていた。
俺達はそれに従って、大体森に入ってから十キロ程先は進まないと決めている。ゴブリンの集落は七キロ程だ。
特段、危険は無い...筈だと思うんだけど。
確かに考えてみれば不自然と言えば不自然かもしれない。出現者は年に四、五回現れるらしい。勿論旅に出たりする人や、例の戦線に呼び出されてる人も多いが、それでも狩場が重なる事が多い。
対して俺達はどうだろう。これと言って全く他のパーティと遭遇した事が無い。
なんか怖くなってきた。
ぶるると身を震わせる。でもそれは思考した内容による物ではなく、中庭へ吹き付ける朝の冷え込んだ空気によるものだと今更気付く。
「ボーッとしてたよ。寒いよね、はい珈琲」
「え?あ、ありがとうございます。」
ケイタさんはテーブルの上にコトリ、と珈琲を置いてくれる。湯気が風で流され雲散霧消していくのが見えて、冷める前に飲まなければと慌ててしまう。
口の中に程よい酸味と苦味が広がり熱い液体が喉をすっきりと潤す。俺が淹れたのとは大違いだ。
俺のは...うん。「ただただ苦いだけの泥水」ってシュウに言われたな。
「ぁ...美味しいですね。ってなんで珈琲の場所知ってるんですか?」
「ん?そりゃあ僕は昔勇士だったからだよ。二十年経っても変わらないなぁ...ここは」
「え゛」
驚いて舌を軽く火傷してしまう。口の中がヒリヒリする。
「ゲホっ...っ...っ」
「大丈夫かい?」
「...まぁ、なんとか」
汚れてしまった口周りを腕で拭って新しくできた疑問を重ねていく。
「という事はケイタさんも出現者なんですか?」
「ん、そうだよ。」
「ガルドって名前は...」
「嫁さんの家名」
「え゛っ、あっ、そういう」
意外だ。既婚者だったのか。
「合わないと思ったろ?...僕もそう思うよ。でもねぇ商人って職業柄ちゃんとした名前が必要なんだ。」
「なるほど......」
「それに、この名前は気に入っているんだ。嫁さんとの大切な繋がりだからね」
するとケイタさんは照れ臭そうにつらつらと話し始めた。
「いやね?俺には勿体無いぐらい美人でさぁ...気立ても良くてつい頼り過ぎてしまうというかなんというか...」
「へぇ...」
長くなりそうな予感だ。
◆
ケイタさんは二十年も前に出現者として聖域に出現したらしい。
クラスは教えてもらえなかったが、平凡ながらもリーダーをしていたそうで、「昔の僕みたいだね」なんて俺の事を言っていた。ケイタさんは五年程勇士として身を置いていたらしいが、例の戦線へ駆り出された。パーティメンバーが致命的なダメージを負ったそうで、そのままパーティの関係はズクズクと崩れてひしゃげていき、最終的には自然消滅したそうだ。
ケイタさんは自虐として笑い話にしていたけど、俺には心の底から笑えなかった。
そんな傷心のケイタさんを救ったのが奥さんらしい。戦線で助けた戦士の娘さんだったらしく、三年程心身の療養を手伝って貰った結果ゴールイン。
その後は奥さんと十三歳になる娘さんとひたすらイチャついてる惚気話を延々と聞かされた...。
既に一時間半も経過していて、みんなの起床時間だ。当然、朝御飯担当が起きて来ていた。
カイトだ。薪をもって台所へ向かう途中だったようで、俺と目が合う。
「おはよう」
「あァ......誰だよそのオッサン」
昨日の事もあってか、あまり機嫌は良くなさそうだ。ユウジは別格だし、カイトが劣っているように見えるのはそのせいだ。決して悪い戦士じゃない。むしろ積極的に前に出て攻撃を受けてくれる頼もしい奴なのだから。
だから、このまま腐り切っては欲しくない。
━━━...カイトの事だからなぁ、悔しさをバネにするタイプだとは思うけど...
「俺達に個別依頼を申し込んで来たケイタさんだよ。折角だからカイトも聞いてよ。」
「あはは、どうも。ヒロキ君借りてるよ」
「そォか、話は飯ン時にな」
そう言って薪を担ぎ直してカイトは台所へ向かって行った。カイトの機嫌の悪さに気付いたケイタさんは罰の悪そうな顔をして苦笑いをしながら頭をボリボリと掻いた。
「彼も大変みたいだね。」
「そう...ですね」
「実は昨日、あの酒場で僕も飲んでいたんだ。だから......まぁ、何となく分かるよ」
「そうだったんですか...じゃあユウジ達の事も」
「ああ見てたさ。気に病む必要は一つも無い。...僕はオークを五人パーティで倒すのに四年かかった。それまで挑まなかったってのもあるけど、彼等は稀代の化け物って奴だよ。言い方を変えれば英雄さ。第二のね」
第二の英雄。それは勇士発足以来最強と呼ばれる男が居るからだ。
『タイチ』さん。
その人は生ける伝説とも言われていて、オークよりも危険で堅く強い凶悪な鬼の百の軍勢を一振の剣と五人パーティで抑え込んだとか、未到達領域を率先して攻略し続けているだとか逸話が絶えない人だ。
彼が何かを成す度にビラが配られ、出現者の出身地である『青光の街』では必ず酒飲みの場で話題になる。だからケイタさんはユウジを第二の英雄と呼んだ。
「ユウジ達があのタイチさんに続く英雄...ですか」
「かもしれないねぇ...タイチ君は僕の後輩に当たるけど、瞬く間に才能を開花させたよ。一度だけ戦線で見かけた事があるんだけどね、アレは人間の到達点と言っても良い」
「そ、そんなに...?」
「見れば分かるよ。彼は僕等とは別の感覚をもう一個駆使してるようにしか見えなかった。所謂第六感ってヤツかね...ま、三流勇士だった僕の戯れ言だから気にしないで良いよ」
また枯れたような笑みを浮かべたケイタさんはそう言う。しかしそれは畏怖や尊敬のこもった声音だった。
経験者は語るってか。そこまで化け物じみてるのかタイチさん。
「......それでもオークに勝ってるんですから凄いですよ。三流なんて言わないで下さい」
「ん、あ、ああ、ありがとう。...それとさ、ユウジ君のパーティって七人だろ?リンチみたいなモンじゃないか。ならワンチャン君らと同じ位の実力なんじゃないか?」
ケイタさんは冗談めかしたような言い方でそんな事を言う。
「...そうですね、ワンチャン勝てるかもしれませんね!」
「くっくっく...っ!...そうさ、君らなら出来るさ!オーク一体一で先に倒せば君らの勝ちだ!」
そんなこんなで馬鹿話をしていると、ユウリやシュウが起きてきた。というかこの人暇なのかな?ずっと喋ってるけども。
「誰、この人?」
「美味そうな珈琲の匂いがするな。おいヒロキ、その御仁は誰だ?」
「ああ、個別依頼の——」
◆
「って事で、いただきます。」
「「「いただきます」」」
朝食の時間だ。
黒パンにスープに野菜炒め。いつものラインナップなのだが、今回は少し違う。収入が安定してきた事もあり干し肉を買ったのだ。スープに入れてある。それもあって、いつもの薄いスープは塩気が丁度良くて、染み込ませた黒パンがめっちゃ美味しい。美味しい。大事な事だ。美味しいって事は。
「おいしい...いつもの五倍はおいしい......」
「こういう食事久し振りだなぁ、あはは」
「オイ、ちょっと待てよ。」
「そうだぞヒロキ」
ん?なんだこいつら。何か不満なのか?
「.........なんだよ。ほら早く食おうぜ冷めちゃうだろが。ユウリなんてもう半分食い終わってんぞさっさと食」
「「なんでオッサンまだ居んだよ」」
綺麗に突っ込まれた。
「いやぁ...つい夢中になって話し込んじゃったから家の方の朝御飯の時間すっぽかしちゃったんだよ...。多分嫁さんキレてると思って......」
「尚更悪手じゃねェか。アホか」
カイトの正論が瞬時にケイタさんを切り裂く。見ていたこっちがおおっと声を上げたくなった。
「しかも我らの食事に割り込むとはな。」
「ま、まぁまぁ!ほら!銀貨一枚払ってくれたし!ね?」
「はァ...ま、依頼の事について話す為でもあるんだろ?さっさと済ませてくれ。概要は聞いたが確認してェんでな」
「うっ...ハイ。」
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食事しながら依頼内容について話し合い、それが終わる頃には皿は全て綺麗になっていた。
「前金は五十銀貨。後金は金貨一枚。期限は一ヶ月以内って事でいいかな?受けてくれるかい?」
「勿論です。」
「オウ」
「ふむ」
依頼内容については誰も異論は無かった。それだけ都合の良すぎる条件だったのにはカイトやユウジが俺と同じく勘繰りを入れたが、同じ説明を受けて納得してくれた。
「それじゃあ僕は帰るよ。その紙に住所が書いてあるから、そこで地図と後金の交換だ。それと、はい銀貨五十枚」
「了解です」
ケイタさんは手短に伝えて、麻袋に入った銀貨を俺の手に乗っける。ジャラジャラと中から音が聴こえて、手にずっしりとした重みが伝わってくる。
「じゃ、僕は行くよ。...嫁さんキレて無いといいなぁ......」
また情けない笑みを浮かべながらケイタさんは兵舎から立ち去っていった。
「んじゃ俺達も準備しますか。」
「そォだな」
「うん」
「今日頼んだぞ、ヒロキ。」
「分かってるよ」
今日は俺がゴブリンの縄張りに単独潜行だ。頑張らないとな。
◆
眩しかったなぁ。
いつかの自分はああだったんだろうか。今は......もう思い出せない。
今の自分は幸せな筈だと思う。
多分、いや、絶対そうだ。そうだと思いたい。
みんな、今何してるんだろう...。
まだ僕を恨んでいるのかな...?
まぁ、仕方の無い事かもしれない。あの戦線は拒もうとすれば拒めるものだった。あらゆる手段を使えば可能だった。僕は器用で狡猾だったから、そんな事、容易かった筈だ。
でもあの頃の僕は感情で動いてしまった。
好きだった勇士の先輩が戦線に駆り出された。
元から鈍臭い人だったように思える。
トロくて要領が悪くて......弱かった。
でもそれ以上に人徳があった。
そんな先輩に、昔惹かれていた。
でも、戦線へ行く事を告げられた。あの先輩の事だからきっと誰が守らなければ死んでしまう。
僕が守ってやらないと。って。
無理矢理付いて行こうとして、仲間に止められて。でもその仲間の中の一人......あぁ、そうだ魔法使いのユミは俺の気持ちを知っていたから擁護してくれたんだっけ。
で、戦線に行ったんだ。
待ってたのは地獄だったなぁ。
戦闘に救助に支援に...他にも色々あった気がする。僕達は捨て駒の様に扱われた。
戦場は常に死体の腐敗臭しかしなかった。
戦線に着いてから一週間が経った頃は皆顔中泥まみれだった。風呂は三日に一度だったし、丁寧に手入れしていた女子の髪の毛には頭垢と頭蝨が湧いていた。
身体も精神もボロボロだった。
で、なんだっけ?あ、そうそう先輩だ。
二週間目のある日の事だった。腐った死体の処理を任されたんだ。
敵陣にはクラス…死霊術師なんてのも居たから。味方の陣地でいきなり不死者が襲ってきたら、なんて事が無いようにする為だったね。
血の染み付いた白い布にぐるぐる巻きにされた死体を火葬場まで運んだんだ。
...疲れて僕はよろけて死体を落としてしまった。その拍子に白い布が剥がれた。
その顔は見覚えがあった。いや、あり過ぎた。何処か、心の中でそうなんじゃ無いだろうかと、二週間の間何度も何度も何度も何度何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も............
想い続けていた。
先輩の身体は刃物で何度も辱められた痕があった。
目からは蛆が湧いていた。
右脚が無かった。
笑い声が聴こえた。
哀しげな笑い声だった。誰だろ?って思って周りを見たけど誰も居なかった。
雨が降ってきて口の中がしょっぱくなった。
一時間位経った頃かなぁ...やっと自分だって気がついた。
それからはあまり憶えてない。
実は嫁さんのお父様を助けた事すら憶えて無い。
僕の心には数え切れない程の武器が生えていたから。
でもアレだけは憶えてる。三週間目の最後の戦闘だった。
僕は生きているのか死んでいるのか良く分からなかった。外見も最早亡者みたいだったと思う。
周りのパーティメンバーは僕の事を気遣って連携を何とか保てていた。五年も一緒に戦ってきていた仲だったから成せた事だと思う。
でもその均衡を崩したのは、またもや僕だった。
先輩ズタズタに辱めた敵将軍を見付けた。
周りに転がっている死体の具合でそれは分かった。同一人物だと。
そりゃあ怒りに任せて斬りかかったさ。この気持ちのやり場が分からなくて、分からなくて。
今思えば。ただ死に場所を探していたような気がする。
実際、死んでも良いとか思ったし。
勿論刺し違えてだけど。
でも二度三度切り結んで、僕は隙を晒した。それ程強かった。刃が振り下ろされ、死を受け入れようとしたその時、手を引っ張られて何とか避けられた。
でもその代わりにユミの右手と右足が失くなっていた。
ソイツは味を占めたのか、ユミを刃物で甚振った。死なない程度にじっくりと。悪夢というのは現実だと思ったね。
そこで助けてくれたのがタイチ君だったっけ。
まぁ......いいや。
...つまりなんて言いたいかって......勇士なんて懲り懲りって話。
ヒロキ君はどうなるかなぁ。
出来れば僕と同じ道は辿って欲しくないなぁ。
きっといつか......想いと魂は、あの塔に届きますように。