第41話 礼を受ける者
老人は言葉を継いだ。
「よろしいですか、あなたはいずれこの烏翠、いえ、天下の命運を握ることになるでしょう」
「私が――?」
宝余は困惑の色を隠せなかった。以前は涼国の公主でありこの烏翠の王妃だったが、いまは旅芸人の班で洗濯や炊事に追われ、口を糊する毎日である。たとえ王妃の座に戻れたとしても、天下の命運を握るなどと…。
あなたこそ、烏翠で、いえ天下で最もこの礼を受けるにふさわしいお方――
「それはどういう…」
「これ以上は申せません。ですが私には見えるのです。いずれあなたは、より多くの者よりこの礼を受けることになるでしょう」
宝余は言われている言葉の一かけらも、現実のものとしては認識できなかった。この老人は何を言っているのだろう。彼の言葉は、まるで華と天子に対する謀反の言葉のようではないか。ただの妄想か、あるいは…。
相手の表情を読んだのか、老人は口の端を上げた。
「お信じになられないのも無理はない。私があなたを拝して心に浮かんだことを申し上げたまでですからな。そう、信じないほうがよろしいかもしれません。あなたの御身をお守りするためには。ただ――」
「ただ?」
「ご用心なさいませ。先ほど、ふっと良くないものが我が家を吹き抜けていきました。凶兆ですな。遠くない将来、あなたの前に禍々しい力を使う者が現れる。その者は自身の力を隠すわざに長けているので、おそらく、あなた様でも気が付かれぬでしょう。ひょっとすると、すでに面識のある者かも――」
「それは誰だと?」
老人は首を振る。
「そこまでは……ただし、命の危険にはさらされますから、ご用心なさいませ。その時だけではありません、あなたのお命は幾度となく木の葉のようにもまれて、烏翠という名の海を漂っていくことになります。ですが、信じるべきものを信じていれば、波が寄るべき浜辺に寄るように、あなたの御身もいずれ帰るべきところにお帰りになれるでしょう」
「信じるべきところ――」
宝余は眼を伏せた。
――信じるべきものとは、あの方だろうか。あの方を信じていれば、私は戻れるのだろうか。
「…わかりました、ありがとう。大人のお言葉、心に刻み付けておきましょう」
「おそらく、あなたがお発ちになった後、もう二度とお目にかかることはございますまい。ですが、このことをお伝えできて、私は満足です」
ふたたび、老人は宝余に向かって最も重い敬礼を行い、後ずさりで扉の向こうに消えた。




