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第23話 急変

――だれ。


 深夜のまどろみの海に、誰かが小石を投げ入れた。宝余は夢うつつのまま、口をわずかに動かして誰何した。次に、かたり、というかすかな音が耳の底に響いた。

 ――風ではない!

 はっとして宝余が目を覚ますと同時に、それはやってきた。

 正殿に南面する入り口、そして東側の窓がすさまじい音を立てて破られる。

「――!」

 宝余はとっさに身を起こし、来るものに備えようとした。しかし奴らに対しては全くの徒事であった。

「やめて!」

 彼女は床の上に引き倒され、その上から自分の衾がかぶせられる。さらに、いわおのような力がかぶさってきた。誰かの指が自分の首にかかり、そのまま締め上げてくる。どうやら複数らしい相手は、暗闇だろうが何だろうが関係なく、おそろしいほどすばやい仕事の手際だった。


 ――殺される!


「助け…」

 語尾はもはや声にならない。もがけばもがくほど、首にかけられる力は強さを増す。目ぶたの裏が真っ赤に染まり、涙があふれ出る。

 突然、宝余の力が全て失われた。それを待っていたように衾が彼女の体が取り除けられる。薄れゆく意識のなかで、彼女は衾のかわりに、何かざらざらしたもので体中を覆われるのを感じていた。

 ――大旗よ、あなたはそれほどまでに私を憎んでおられるですのか。それほどまでに…。それとも、これは大旗のなさったことではないのですか。

 それは口に出していった言葉か、心の中でのつぶやきか、宝余はそれすらも分明ではなかった。

 死の鳥の羽ばたきが、自分の耳を掠めて消えた。


 次に彼女が目を覚ましたとき、ひどい息苦しさを感じた。呼吸のみならず、なにかすっぽりしたものに全身を覆われ、身動きすらできない。口には何かが噛まされており、唇の端がひりひりと痛んだ。眼も何かでふさがれている。体は硬直した状態で、手と足をそれぞれ縛られているらしかった。仰向けになった体はがくがくと揺れ、下方からは、がらがらとうるさい音が絶え間なく響いてくる。


 ――荷車?

 

 自分はどうやらそのようなものに乗せられ運ばれているらしい。ともすれば再び薄れようとする意識をどうにか保ち――それは大変な苦行だったが――彼女はいま自分が置かれている状況を把握しようとしていた。 

 ――私は冬淋宮で寝ていたはずだった。それを誰かに襲われて、いまここに至っている。おそらく自分の体を覆っているのは、麻かなにかでできた袋状のもの、自分が乗せられているものは馬にひかせた荷車。それに車の後ろから、何頭かべつの馬の蹄音も聞こえる。ということは、複数の人間が私に伴走しているのだ。


 ――では、いったい誰がこのような目に私を遭わせているのだろう。一体何のために?私を殺すために?大旗?それとも太妃?でも、もうどちらでも良いわ。


「どちらでも良い」。

 これまで、烏翠に来てから自分の身を襲った危険から考えると、この答えが最も妥当なように思われた。不思議なもので、答えを得られたと感じた瞬間、恐怖ではなく、かわりに大きな安堵感が宝余の全身を包んだ。死がすぐ背後までせまってきているというのに、ひどく冷めた自分がそこにいる。むしろ喜びさえこみあげてくる。どういう形であれ、あの黒い離宮からついに出ることができたのだ。


 ――どこか遠いところまで運んで、そこで殺して棄てるつもりなのか。


 今こそわかった。彼らは廃妃などという、まどろっこしい手続きなど踏みはしないのだ。これこそが、彼らの「異国の王妃」に対する相応の決着のつけ方なのだろう。自分を処分した後、彼らが涼とどう渡りあうのかは知らないが、なんとか切り抜けるつもりでいる。彼らにはきっと勝算があるのだ。宝余もあずかり知らぬ勝算が。そうでなければ、このような思い切ったことをするとは思えない。かりにも一国の王妃に対し、塵芥を棄てるかのごとく扱っているのだから。


 ――それこそ上等というもの。せめて、彼らがどのように殺しおおせるのかを見極めて、この命を終えましょう。そして魂魄がこの体から自由になった後は、彼らがことをどう治めるのか、見届けてやりましょう。そのためなら、たとえ天堂に行くことが出来ず、鬼神となってこの世を漂う身になってもかまわない。


 ただ轍の音だけがあたりに響く。彼女はそれを弔鐘のように聞きながら、息を潜めて車輪が止まる瞬間を待ち焦がれていた。


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