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第17話 反抗の狼煙

 それでも宝余は、王が戻ってくれば何らかの解決がなされるものだと考えていたが、その期待はあっさりと裏切られた。


 夜も大分更けたころ、宝余が待ち構える東書房に戻ってきた顕錬は、無言で宝余と百桃の説明に耳を傾け、ついで坤寧殿の検分に赴いたかと思うとすぐに舞い戻り、夕食の膳をここに用意するよう百桃に申し付けた。


「それで、いかがなさいますか?」

「…何もせぬが、何故そのようなことを聞く」

「――今なんと?」

 思わぬ答えに宝余は立ち上がった。

「宮中で毒殺騒ぎですよ?これで何もなすことがなければ、あなたの威信は失墜しかねません。あり得ぬことです」

「…そのあり得ぬことがあり得るのが、我が宮中というものだ」

 ――嫌な言い方をする、と宝余は唇を噛んだ。


「皮肉や韜晦とうかいは結構です。はっきり申し上げましょう、紫瞳の国君」

 呼ばれたくない二つ名で呼ばれたからだろう、ほんのわずか、顕錬の顔色が変わるのが見て取れた。

「私が恐ろしいのは、私が殺されそうになったかもしれないということではありません。あなたが殺されていたかもしれないということです。そして、すぐに露見するような手口…女官長が最後の毒見をすることはわかっていた筈なのに、あえてあの膳に毒を盛った」

「もう申すな」

「ということは、あの毒を指図した者は、私もしくはあなたが死のうが死ぬまいが、どちらでも良かった。ただ、殺すよりも重要なことがある――あれは、私達に非常に有効な脅しになり、その目的は現に成功している。ではいったい誰が?」

「それ以上言うでない!」

 常に冷静に見えた顕錬が、ひどく感情的になっていた。

「命が惜しくば、気をつけよ。どうなっても――明日の朝、己の身が骸と化していても知らぬぞ」

 そして、運ばれてきた膳に手もつけず、足音も荒々しく書房を出て行った。


 その晩から翌日の夕方にかけて、宝余は独り坤寧殿で過ごしたが、書見をしていても着替えをしていても、湧き上がる怒りを抑えるのには苦労した。


 ――彼は傀儡か、暗君ではないのか。


 むろん、宝余には察しがついていた。おそらく、毒殺未遂の下手人は先王派――進善派だろう。しかし顕錬は国王とはいえまだ若く、それを完全に排除するほどの力を蓄えているわけではなさそうである。


 そのことに加え、どういうわけか顕錬は宝余に触れようとはしなかった。輿入れしてきてすでにひと月経つが、まだ閨での関係を結んだわけではなかったのである。毎晩同じ床にやすみながら、二人の間には何かが起こったためしがない。

 顕錬の態度の理由は、あるいは宝余に怒りを募らせる太妃への遠慮という可能性もなきにしもあらずだが、息子の母への皮肉めいた口調から察するに、宝余にはそうは思えなかった。

 ただ、毒殺未遂の一件以来、王は東書房で起居しており、宝余のいる坤寧殿には一歩も足を踏み入れない。


 ――あのとき、蔡河や東書房、そして後苑で、ほんの少しでも王の本心に触れたかと思ったのは私の誤りなのかしら。


「そちらがそのつもりなら、いいわ」

 思わず口をついて出たのは、ちっぽけな反抗の狼煙。


 ――見ていなさい。私は決して、あなた方のいいようにはならないから。


 宝余は卓上においてある、小さい金の輪を取り上げた。

 それは戒指かいしと称される装身具である。とはいえ、単なる飾りではなく、その小さな身には、ある大きな役目が負わされていた。すなわち、王の妃嬪は通例右手の中指か薬指にはめるが、月の障りや不予ふよ、妊娠時など、王の夜伽をつとめ得ぬ場合はそれを左手の指に移し、暗黙のうちに先方に事情を伝えるのである。


 宝余は掌に戒指を乗せてつくづく眺めた。他に何の飾りもない、ごく簡素なつくりのもので、窓からの夕日をうけてきらりとその身を光らせる。まるで手のひらの中の日輪だった。しばらく日輪に見入ってから、彼女はやおら左手の薬指にくぐらせた。


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