第8話
「ローラ? 顔が赤い。走ってきたのかい?」
「え、えぇ。お父さま、庭園はとっても素晴らしかったわ!」
先ほどの事を忘れようと懸命に庭園の素晴らしさを訴えました。魔法にかかったみたいに現れて驚いた、薔薇の種類が豊富で天国みたいだ、自分が感じた事や目の前の光景が信じられなかったとか、たくさん話しました。
お父さまも挨拶が終わり、そろそろお開きになるそうなので帰る事になりました。
帰りの馬車に揺られ、王城から離れるとあんなに熱かったものが今では冷めたくなって体温を奪っていくようでした。
(あんなに素敵な王子さまに手とは言えキスをされた事なんて、夢……夢だと思いましょう)
泡沫の夢をみたのだと、わたくしの胸の中へソッとしまい込む事にしました。
「お帰りなさいませ。旦那様、お嬢様」
「あぁ、ありがとう。ローラも疲れたろうからゆっくりしておいで」
「はい、ありがとうございます」
出迎えてくれたベルに上着を渡して、わたくしは応接間にある一人掛けのソファーへ座ります。お父さまはお母さまの部屋へ様子を見に行ってしまいました。
暫くボーッと窓を見つめていました。すると、居ないはずのお兄さまがひょっこり顔を出しました。
「お帰り、ローラ。初めてのお城はどうだった?」
「お兄さま!? いつお戻りに? えぇ、とぉっても素晴らしかったですわ」
「予定より早く終わってね。少し前に着いたんだ。はは、ローラなら喜ぶと思ったよ」
お兄さまはクスクス笑い、侍女へお茶を頼みます。わたくしは立ち上がって隣に座り直すと、冷たくなった手をお兄さまへ押し付けました。
「わっ、冷たっ!」
「お父さまから許可を貰ったので、庭園を探検していました」
「あぁ。国一番の庭園だからね。……手を出して」
「お兄さま?」
「こんなに冷やして。温めてあげるよ」
両手を擦り合わせ、お兄さまの高い体温がわたくしの手へと溶けていきました。
「お兄さまは暖かいですわ」
「今は特にローラの方が冷たいからね。……頰も冷たくなってる」
「きゃっ!?」
徐ろにわたくしを抱き上げると膝の上へ乗せました。後ろから抱き締められる格好に、羞恥を煽られます。
「もうっ、お兄さま! わたくしはもう子どもじゃありませんわっ」
「まだ十歳だろう? 十分子供だよ?」
「もう、もうっ!」
降りようとしてもお腹を抱き込まれているので、動けません。背中がポカポカ暖かいので気持ち良いくらいで困ってしまいます。
「……サース坊ちゃま、今すぐお嬢様を降ろして下さい」
「ベル?」
「ローラお嬢様も淑女教育が始まっているのですよ。妙齢の女性を婚約者でもない殿方が膝へ乗せてはいけません」
「ベルは僕から癒しを奪うの?」
「いけません」
有無を言わせないベルの剣幕に驚いたわたくしですが、お兄さまは観念したようにそっと隣へ降ろしました。本当は未婚の男女が同じソファーへ座るのもはしたないと言われるのですが、兄妹なので良いと思うことにしています。
「もう学園へ通っていらっしゃるのですから、妹離れして下さいませ」
「嫌だ。僕の可愛いローラを誰にもやるもんかっ」
「っふ、お兄さま苦しいですわ」
拗ねたように頰を膨らませるお兄さまは可愛らしいです。お父さまも同じ顔をされる時があるので、血なのでしょうか?
「全く、誰に似たんですかねぇ……?」
「っぐふ……コホン。サーティウス、いい加減にしなさい。お前ももうすぐ成人だ。私もローラ離れをするべきだと思うよ」
「父上!」
「お父さま」
ベルが半目で扉の近くを見ていたのでそちらに目を向けるとお父さまが咽せていました。お兄さまが恨めしそうにお父さまを睨んでいます。
「でも……、それだとわたくしはお父さまともお兄さまとも離れてしまう事になってしまいますわ」
「ローラ?」
「それは、とても……寂しい、です」
「ローラ、僕はいつでもこうして抱き締めてあげるよ」
「そうだぞ。寂しい時はお父様の所へおいで」
俯き加減でそう呟くと、お父さまもお兄さまもワナワナ震えてわたくしをギュウギュウに抱き締めてきました。父離れも兄離れも、わたくしが先にしないといけないようです。
* * *
自室へ戻り手紙を書こうと今日の出来事をしたためている内に、お姉さまだけなら王子さまの事も教えて良いかなと思うようになりました。
「お姉さま、王子さまに会ったと言ったらビックリするかしら?」
手紙を読んで驚くお姉さまを想像して、手紙が届く頃に隣国へ遊びに行けたら、と思うと自然と笑みが溢れました。もう何度も読み直したお姉さまから貰った本。自国だけではなく、色々な国を見て回りたいと思うようになったのはこの頃です。
手紙が書き終わる頃には夜も更け、机の上で夢を馳せてウツラウツラと船を漕いでいました。
次回は閑話を挟みますm(_ _)m
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