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第7話

 



 


 侍女から聞いた道のりを歩いて行くだけでもワクワクと心が踊ります。お城と聞くだけで隅から隅まで探検したくなるのは仕方ないと思うのです。……もう十歳になったのでそこはぐっと我慢しますが。


「ここを右に曲がって……。こっちで合っているのかしら」


 丁寧に剪定された低めの木が並ぶ道を真っ直ぐ進み、最後の曲がり角を曲がると急に開けた場所が現れました。さっきまで細くて頼りない雰囲気を醸し出していたのに突然現れたそれは、まるで魔法にかかったみたいです。


「わぁっ……!」


 中央に鎮座している大きな噴水の水飛沫に陽光がキラキラ反射して、水面の上を光が踊っているようでした。それを囲むように色とりどりの花が咲き誇っていて、奥にはまた小道と切りそろえられた生け垣があり、複雑な模様を描いていると想像できる生え方をしていました。

 想像できるのはきっと、わたくしが前世で見た事のあるような生け垣だったからかもしれません。



(教えてくれた侍女さんは「お楽しみください」って言っていたもの。時間までたっぷり堪能するわ!)


 春も過ぎ新緑が深くなる季節だから、青々と生い茂った木々の木漏れ日が煌めいていました。一番好きな季節に見れてわたくしはとっても満足です。


 途中で庭師の方にもお会いしました。初めは迷子かと聞かれましたが、お庭が素敵で探検中と言えば、嬉しそうに笑ってくれました。


「お嬢さま。よろしければあちらの庭園もオススメですよ」

「えぇ! 行ってみますわ!」

「小さい庭園なんですが、今が見頃の薔薇が綺麗ですよ」

「ありがとうございます!」


 奥にあった生け垣の横を通って細い道を抜けていくと、ふわりと芳しい香りに包まれます。これだけ香ってくるのですから、さぞ満開に咲き誇っているのでしょう。期待で胸が膨らみました。


「……っ!」


 一歩踏み出せばそこは見渡す限り薔薇の花が咲いていました。大きなもから小さなものまで、多種多様の薔薇が見頃を迎えています。あまりの美しさに声を失いました。

 身長がまだ小さいので上の方まで見渡す事は出来ませんが、素晴らしい景色が広がっている事は分かります。


「ん、良い香り……」


 近くの木へ寄って顔を近づけます。小さな白い薔薇はその見た目とは裏腹に豊満な、けれども柔らかで甘い匂いがするものでした。香りの余韻を堪能してゆったりとした時間が流れていきます。


 あそこの薔薇は優雅だとかこっちの薔薇は美人だとか、人物に例えて遊んでいました。どれくらいそうしていたでしょう。新しく植えたばかりで、まだ背の小さい木に小ぶりな蕾があるのを見つけしゃがみ込みました。


(小さいのに開きかけていますわ……可愛い)


 今にも咲きそうな薔薇をじっと眺めました。


「レディ、失礼。何処か具合が悪いのですか?」

「ひゃっ!?」


 突然、後ろから声を掛けられて飛び上がってしまいました。


「……っ!」

「……わぁ!」


 後ろを振り向けば金色の髪がそよぐ風にふわりと泳ぎ、海を連想させる深い碧眼の瞳がわたくしを真っ直ぐ見つめていました。

 陽の光を背負って薔薇の中に天使さまがふわりと現世へ舞い降りたように錯覚するほど目を奪われました。


 言葉を発するのも忘れてただ見つめ合うその時間は、小鳥の羽ばたく音も花の香りも何もかもが消え、わたくしと天使さまだけがその場に縫い付けられたように時が止まりました。


「……あなたは天使さま?」


 首を傾げながら、気がついたら口からそう零れていました。天使さまは聞かれた事が意外だったのか驚いています。


「……ぐっ、コホン……違いますよ」

「違うのですか?」

「えぇ。私は人間です。可愛い小さなお姫様。貴女のお名前を教えて頂けませんか?」

「あ、あのっ」


 片膝を地面につけてわたくしの手を取ると、手の甲に唇を触れさせました。流れるような動作に思考がついていかず、されるがままにキスを受け入れてしまいました。

 天使さまでないのなら、ウットリとした微笑みを浮かべる青年は本から飛び出した王子さまかしら、とまた思考を飛ばしていれば捕らわれたままの手に再び柔らかな感触がしました。


「どうか私に貴女の名を知る権利を与えてください……」


 手の甲から指先へ、そして宝物を扱うように恭しく両手で持つとこちらを伺いながら手のひらへ懇願のキスを落とされました。


「んっ……?」

「は、ぁぁっ……。甘い香りだ……」


 擽ったくて変な声が出ました。ピクリと反応した王子さまの呼吸が荒くなっている気もします。その時、何故かわたくしの背中をゾクリと寒気が走りしました。


 一度だけでもドキドキしてパンクしそうだった心臓は張り裂けんばかりに暴れまわっています。


「っ、わ、わたくしは」

「ローラ! どこに居るんだい、ローラ!」

「お父さま、ここよ! ……申し訳ありません。あああの、失礼します」

「あ、待ってっ。せめて名だけでも……!」


 早くその場から逃げたくて握られていた手を取り返し、簡易的な挨拶をしてそのままお父さまの方へ足早に歩いていきました。近付くお父さまの距離に詰めていた息を吐き出します。


 天使さまと間違えた方が笑みを浮かべながらも、その視線で射抜かんばかりに熱のこもった瞳でわたくしを見つめていたとも知らずにーー





 




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