第19話
よろしくお願いします☆
お姉さまが帰国されてから、あっという間に一年が過ぎました。ヨーグさんはきちんと約束を守ってベニルグスさんを解雇せずに、手紙のやり取りも任せているようだとベルが教えてくれました。
商会の一件からヴァイース公爵家とは距離を置こうとしたけれど、婚約者のご機嫌伺いやらお茶会やら、何かと会う機会も多くて顔を合わせる度に甘い言葉と一緒に薔薇の花束を贈られている日々です。
「こんばんは、ローラ。貴女の前ではどんな宝石も霞んでしまうね。ふふ、贈った薔薇も着けてくれたんだ。とてもよく似合っているよ」
「こ、こんばんは……。ヴァイースさま。素敵なお花とドレスをありがとうございます」
「ん……。そんなに可愛い顔で見ないで? 愛らしい唇を食べてしまいたくなる」
「ひゃうっ!?」
耳元の薔薇へ口づけを落とされて、思いの外近くに聞こえたリップ音と耳へ直接囁かれた低い声にカッと顔に熱がこもりました。短い悲鳴を上げたわたくしをクスクスと笑いながら見ています。最初から甘さが全開で頭が沸騰してしまいそう。
今夜はとある侯爵家の夜会に招待されていました。侯爵家主催の夜会で着るドレスなんて子爵家で用意できるはずもなく、お断りの手紙を出したのにヴァイースさまがドレスと装飾品を贈るからとエスコートされてやってきました。
淡い水色のドレスにはヴァイースさまの瞳と同じ深い青色の石と透明な石が縫い付けられ、歩く度に光を反射してキラキラ輝いています。髪を飾る簪にも同じ青色の石が使われており、並ぶように鎮座する真珠が良いアクセントになっています。これだけでいったいどれほど高価なものかと戦々恐々としてしまうのはわたくしだけでしょうか。
「挨拶を先に済ませてしまおうか。ローラ、段差があるから足元に気をつけて?」
「は、はい。ありがとうございます」
さすが侯爵家主催の夜会です。馬車を降りた瞬間から煌びやかな明かりと柔らかな花の香りが出迎えてくれました。こんなに香るほど贅沢に飾られた花たちが華やかさを彩って、飾られた調度品をより一層引き立てているようでした。
身長差が未だ大きいわたくしをエスコートするのは大変だと思います。それでも嫌な顔ひとつせずに、柔らかな笑みを浮かべながらエスコートしてくれるこの方はあんな事があったとはいえ、本当は背中に羽根を隠している天使じゃないかと今でも思ってしまうくらいでした。
「これはこれは、麗しの我が君。次期公爵のセリシア様が我が夜会に参加してくださり嬉しい限りです」
「叔父上、冗談はよしてください。本当は父が来るはずだったのですが、火急の用ができてしまい……」
「あぁ、それは聞いておりますよ」
ハッハッハと陽気に笑うこの方は現ヴァイース公爵さまの弟君です。金色の髪に碧の瞳は同じだけれど、体型はガッチリしていて少し腕を曲げるだけでもできる力こぶを見れば分かりますがすごく筋肉質です。腰に下げた剣は国王陛下自ら下賜たものだとか。近衛隊長を任されるくらいなので剣の腕もそれは見事なものらしいと、お話好きな侍女さんから聞きました。
「ローラ、挨拶を」
「はっはい。お久しぶりです、グレバー侯爵さま」
「お元気そうで何よりです。ガーベル子爵令嬢」
「グレバー侯爵さまもお元気そうで」
微笑みを浮かべながらカーテシーで挨拶をすれば、クレバー侯爵さまは眩しいものを見るように目を細めました。
「前にお会いした時よりも更に美しさに磨きがかかったようだ。青がより一層あなたの美しさを引き立てて、まるで可憐な月の女神ですな」
「叔父上。私の婚約者を口説かないでいただきたい」
「ハッハッハ。嫉妬する男は嫌われますぞ」
鋭い眼差しでヴァイースさまがグレイバー侯爵さまを睨みますが、どこ吹く風といった様子でニコニコ笑っています。
「あ、あの。わたくし喉が渇いたので飲み物を貰ってきますわ。二人でお話もございますでしょう?」
「なんと。気を遣わせてしまったかな?」
「いえ、そんな」
「ではお言葉に甘えましょう。我が君、少しよろしいですかな」
ヴァイースさまはイヤそうな顔をしていますが、ガッチリ肩を掴まれて逃げられないと悟り、近くの給仕の方にわたくしの飲み物を頼みながら壁の方へ連れて行ってくださいました。
「……君を一人にはしたくないのだけど。ホント捩じくれた性格が父上と瓜二つで叔父上には困ったな」
「わたくしは大丈夫ですので、どうぞごゆっくり……」
「すぐに戻るね」
頰をゆっくりとひと撫でしてから名残惜しい事が分かるようにグレイバー侯爵さまの元へと向かって行きました。
わたくしはやっと一人になれたと息を吐き出します。綺麗すぎるヴァイースさまの隣にいるのも少し気後れしますからね。お姉さまくらいわたくしも綺麗なら気後れなんて感じないのですけど、と考えていました。




