作曲したい咲と作詞したい僕と、どちらが切実か計ったって意味がないって分かってるのに
僕は咲の目を覗き込むようにして質問を続けた。
「どうして音大に? ってどこの音大?」
「銀沢市の銀輪造形・音楽大学。丹羽先生の母校なんだ」
銀沢市は隣県だけれども鷹井市とは市ひとつ挟んだだけの位置関係で通学圏内だ。咲は僕の質問には答えているけれども核心については保留したままだ。更に突っ込んでみる。
「咲は確かにピアノの才能はあるけど、それで生きて行くつもりでもないでしょ? 教職とって音楽の先生になるとか?」
それこそ咲の師匠である丹羽先生の経路をなぞることになるし、中学か高校の音楽教師となって地元に就職するのであれば極めて現実的だし鷹井市と神社をホームポジションとして生きることにもなる。ただし公務員は副業禁止だろうから丹羽先生のピアノ教室を引き継ぐのはお預けとなる。けれども咲の答えは更に意表を突くものだった。
「ピアノじゃない」
「え」
「作曲学科。わたし、作曲を一から勉強してみたい」
「作曲、って・・・まさか4liveで曲を作ったから?」
咲と直接やりとりをする内に僕の口調が段々と詰問的になっていくのが自分でも分かった。意外な人が緩衝材となってくれた。
「室田さん、焦らないで聞いてあげて下さい、咲ちゃんの主張を」
「米田さん・・・」
「わたしも最初びっくりしましたけど、咲ちゃんの今までの生き方を考えるとぴったりだと思うんです。ね、咲ちゃん?」
「・・・室田。わたしにとって、4liveってやっぱり必要なものなんだ。4liveを作ったのは室田だから当然室田の意思が第一だって分かってる。でも、もし室田がやり続けないつもりなら、わたしに譲って」
「譲る?」
「うん。わたし1人ででも4liveを名乗って曲を作っていく」
「咲。それって将来に繋がるのか?」
ふ、と咲が笑う。そして笑顔で話を繋いだ。
「室田は新井さんと結婚するでしょ」
「え?」
思わず声を出したのは僕だったけれども、心底驚いた顔をしているのは新井さんだった。
「な・・・何言ってんだよ、咲」
「わたしは突拍子もないこと言ってるつもりはない。だって、室田と新井さんが結婚するのって、とても自然だしここにいる全員祝福するだろうし。もし積極的に祝福しない人種がいるとしたら、室田をいたぶったことのある彼ら・彼女らだけ。じゃあ室田。わたしは?」
「?」
「わたしの将来って、どんなの? 誰と結婚するの? 前にも話したことあったけど、わたしは多分結婚できない、って思ってる。わたしはどれだけ想像力を働かせても将来が見えない。馬鹿みたいだけど、パワポに相関図を描いてシミュレーションしたこともあったよ。でも1秒先すら入力できなかった」
「咲さん・・・」
新井さんが心から憂えた表情で咲につぶやく。新井さんの本質がほとばしるけれども咲にはやっぱり届かない。
「将来とか未来とかじゃなくって、今わたしが実感と納得感を持ってやりたいこと。それは、曲を作って形にすること。できれば4liveがいいけど、無理ならばわたしがピアノを叩きつける1人4liveでもいい。わたしは誰かを救う曲を作りたい。ううん、その前にまず自分を救う曲を早く作りたい」
咲の言いたいことが死ぬほどよく分かった。
だって、僕だって人を救うためと、その前にまず自分を救う詩を書きたいから。