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1/fのねこ

作者: marotakkei

100万分の1回のねこ(著・江國香織、岩瀬成子、くどうなおこ、井上荒野、角田光代、町田康、今江祥智、唯野未歩子、山田詠美、綿矢りさ、川上弘美、広瀬弦、谷川俊太郎)に僕も参加したかったし、名を連ねたかったから書きました。100万回生きたねこ公式トリビュート第二弾のオファー、まってまーす。いえーい!

 命を滅ぼすモノは何であれ、一定以上に美しい。おれが繰り返した100万回で、最も多かった経験は死ぬことだったのだから、この言葉は信用に足ると思ってくれていい。

 おれの100万回は大体飼い猫だったが、だからといって野生の脅威に晒されたことがない、と考えるのは早計が過ぎる。腹を空かせた野犬にがぶりとやられた死に様なんて最早慣れっこで、鳴き声一つ出さずに遂行できるだろう。しかし、おれは犬を恨んでなんていない。やつらは元来、猫より弱い生物なのだ。それがおれたち猫を狙うというのは、挑戦に違いない(おれの100万回は余さず猫だったから想像に過ぎないが)。

 空腹に追い立てられての捨て鉢は美しい。

 おれを野生のない飼い猫だと睨んだ眼力は美しい。

 仲間のため食料を調達する勇敢は美しい。

 自分なら勝てると確信する大きな身体は美しい。

 なんだって、そう、美しかった。

 癇癪でおれを殺した飼い主も居たが、絞め殺した刹那浮かべた後悔の涙は美しかった。

 沢山の猫を殺す中でおれを殺した人間も居たが、その一貫した意志は美しかった。

 おれを遊びで撃った人間も居たが、鉄砲の形は美しかった。

 おれを刺したナイフはぴかぴか光って美しかった。

 美しいものに殺されるのだから、平気に決まっているだろ。

 猫程度の命でもそうなのだ。おまえら、人の命は、無味乾燥には消えない。潰えない。ドラマチックに死んでいく。どう見ても無意味な死に様だって、遺された者がいれば人生を変え、加害者がいればその人生を歪め、関わった者がいればその感情を毛羽立たせる。そういった状況の変遷を描いた創作物に人は涙するのだから、事実なら尚更、その状況は美しいのだろう。おれの100万回に一度だって人だったことはなかったのだから、やはりこれも想像でしか無いが。

 さて、本題。美しいものが命を殺すのだ。だったら、めちゃくちゃ美しいものは、めちゃくちゃ命を滅ぼすのか?という話だ。(「あれ?話の流れ的に、めちゃくちゃ殺すものは、めちゃくちゃ美しいのかを問うべきじゃないか?」という疑問については、簡潔に答えよう。殺す数は美しさに影響しない。1をたくさん繰り返すだけだから、みんな一緒である。)

 おれはご存知の通り、めちゃくちゃ美しい彼女に、生かされた。100万回生きていたおれに、生きようと思わせてくれたのは美しさだったのだから、美しさは度を越せば、逆に命を与えるのかもしれないし。逆におれの100万と2回目、そしてそれ以降の永遠をすべて奪ったのだとしたら、それは凄まじい殺戮だろう。

 まあ、もう死んだおれには、生きるも殺すも机上の空論だ。当然是も否もない。今はただ、彼女が死の間際まで失わなかった、おれに死の間際まで忘れさせなかった、おれを殺した美しさを、反芻するとしよう――――――

 

 

 

 

 と、思っていたら目が覚めた。肉体を感じる。正味100万回弱は繰り返した覚醒。正直ショックだったよ。おれは愛を知り、生きようとして生きて、生きたから死ねて。マトモになったという達成感もあったのに。愛が本物という証明を、死をもってできた幸福感を否定されてしまった。あーあ、がっかりだぜ。今生が飼い猫だったら、飼い主に八つ当たりしてやろう。そう思いながら周囲を見回すが、様子がおかしい。檻に入っているようだ。

 いや、檻に入っていること自体は珍しくない。飼い猫として籠の中で目覚めたこともあれば、ペットショップのショーケースで目覚めたことも、保健所の檻の中で目覚めてそのまま死んだこともある。最後のあれは一回の生にカウントしてもいいか迷ったが、珍しい体験だったので数えることにした。結果20回くらいは体験したけども。

 閑話休題。

 しかし今回は、そのどの折の檻とも毛色が違う。素材は無骨な金属、少なくとも居住性は考慮されていない。柵は太く、間隔は広い。子猫なら抜け出せてしまうくらいである。ここで『抜けられる気がしない』から、結構おれの身体は大きいのだろう。檻は少し高い台に乗せられているようで、外にはなんに使うのか及びもつかない機械がたくさんある。(長寿だからと言って物知りだと期待するのは、人間の悪癖であるとおれは思う)

 何より、周囲に人間がいない。これは中々・・・・・・あれ?もしかして初めてじゃないか?

 おれが母から生まれず、目覚めておれになる時には大体周囲に人がいたような気もするけど、意識したことはなかったが。どうだったっけ?と疑問に思っていると、後ろにあったドアが勢い良く開き、一人の男が入ってきた。

 おれは驚いて飛び上がり、男へ向き直る。(猫っぽいだろ?)男は伸び放題にした髪で、薄汚れた白衣を着ていて、薄い無精髭を生やし、メガネを掛け。全身で、科学の輩だぞ!と、叫んで居るような風体だった。

 「やった!間違いない!コイツだ!このふてぶてしい表情!やったぞ!僕は、正しかった!」

 飛び込んで来た勢いをそのままに、なにやらよくわからない歓喜に溺れ、小躍りとガッツポーズを繰り返すこと数分。ようやく落ち着いてきたか、こちらに近づいてくる。ズレた眼鏡をカチャリと直し、腰をかがめておれの入った檻に顔を近づけ、大きく深呼吸を一つ。そして男は言った。

 「僕は君の正体を知っている。僕の言葉がわかっていたら、右前足を上げてくれ。」

 正直この類、保健所で死んだ回数より多い飼い主である。おれは無視することにした。

 「通じていないわけは無いんだ。君は高い知能を持っている。言語の問題だって無いはず、だろ?な?」

 大体の人間はここで諦めるが、コイツはもうちょっと粘るようだ。でも、それでもまだ、保健所の方が少ないんだよなあ・・・・・・と、思っていたんだが、どうやら今生は何もかも『違う』らしい。男が続けた言葉を聞いて、興味を持ってしまったおれは、つい

 「量子式生体情報時間超越機、コードネーム『猫のない笑い』、製造番号001、100万回を生きた、君ならば!」

 右足を上げてしまった。

 男は満足気に微笑んだ・・・・・・だけでは感情の行き場が足りなかったのか、グッと大きくガッツポーズをしてから、話を続けた。

 

 

 

 「さて、君が話せれば話が早いんだけど、君は猫だろう?流石に会話は難しいし、『今』はまだ、猫と円滑に意思疎通できるほど科学が発達していないんだ。そこで、一方的に質問をするから、肯定なら右足を上げてくれ。否定なら左足を。どうだい?」

 この期に及んでおれはまだ、この人間とコミュニケーションを取るかどうか迷っていた。実は以前、同じような方法で数度、飼い主て意思の疎通を図ってしまったことがあるのだが、そのときはけっこう大変なことになったものだ。やれ天才猫がどうだ、なんたら、かんたらで昼夜もなくテレビに出て、最終的に実験動物として強引に拉致(飼い主の少女から見れば強奪だろうし、その両親からしたら多額が動く接収だ)されそうになり、流石にこりゃ不味いぞと自殺した。それ以降、この手の諸々は避けてきたし、今もまだ、一度だけなら偶然と言うことで、延々無視をし続ければごまかせるのかもしれないが。・・・・・・先程からじっと見つめてくる男の目には確信があるようで、何よりおれの生態を言い当てられたのは、100万の内に一回もなかったことだ。だからおれは、最悪今生はもう捨てるつもりで、この男に使う事とし、もう一度右足を上げた。

 「素晴らしい!ありがとう。じゃあまず聞くけど、君は死んでは生き返っている、という自覚はあるかい?」

 右足を上げる

 「それが途方もない回数繰り返されている、という自覚は?」

 右足を上げる

 「君は時系列にとらわれず。時代を選ばず無作為に生きている?」

 選ばず、というか選べずだし、生きているというかつい最近まで死に続けてただけなんだけど。まあ中間の意志を表示する手段もなし、右足を上げる

 「君はそれが、普通にはありえない事だ、と。理解しているかい?」

 そういえば、確かに。だった。考えたこともなかった。猫とはさんざん喋ったが、同類は居なかった。ってことは、やっぱりおれは凄いし、珍しかったんだ。と右足を上げる

 「君はそこに、不自然を、感じたことはないのか?」

 だから無かったんだって。右足を上げる。

 それを見て男は一瞬つらそうな顔をしたが、質問を続けた。

 「不自然に感じなかったことを、不自然に感じる?」

 ・・・・・・感じないし、そう聞かれても何も響かなかったから、素直に左足を上げた。

 今度ははっきりと悲しい表情を浮かべ、俯き、肩を震わせる男を見て、おれは失望させてしまったのかと、面倒くさい気持ちになってきた。人間は原因とか、理由とか、そういうのをとにかく気にする種族だっていうのは知っている。その特性で種が進歩を重ねているのを知っているし、後悔と検証をしない個人が馬鹿にされているのも知っている。だからおれがそういう馬鹿だと、愚鈍だと思われてしまったから、この遊びは終わりなのだろう。と、思ったが、どうやらそうではないらしい。

 顔を上げた男の目には涙が浮かんでいたが、まだ質問は続くようだ。

 「ごめん、取り乱した。続けても?」

 右足を上げる

 「これは一応の確認だけど、君は、自分が何故、死を繰り返しているのか知らない訳だよね?」

 右足を上げる

 「じゃあ、この際ハッキリと告げよう。教えよう。これは人類の罪で、君という猫への冒涜だ。君を100万回殺したのは、殺すのは。僕達人類だ。」

 驚いてどっちの足を上げれば良いのか迷ったが、よく考えたら質問じゃなかったので、じっと聞くことにした。

 「結論から言えば、君は、タイムマシンとして改造された猫だ。同時に情報を収集するタイムトラベラーでもある。」

 「つい数年前の事だ、時間を超越する理論が完成した。」

 「しかしそれは再現性を持たず、人間のごく一部にイレギュラーとして発現する能力、過去視、未来視に理屈がくっついた。というだけの話だった。」

 「情報には質量があるとか、意志の力で速度を変えられるとか、まあ、そのあたりはどうでもいいだろ?」

 右足を上げた

 「だよね。そう作られているんだ。いや、人間がそう作ったんだ。そこにつけ込んだんだ。僕はそこが一番罪深いと思っているんだけど、まあここは順を追って話そう。」

 「理屈が立ったら次は再現性だ。過去を視て温故知新に励み、不可解と不正を暴くくらいなら可愛いものだけど、なんと区別なく、未来まで知れるという事態に人類は総毛立った。いきり立った。」

 「なんせ、それは人類史の結論を知り、結末を知るというだけに留まらない。知った結論を進歩させれば、結末は変わる。人類は際限ない進化の鍵を手に入れたんだから。」

 「しかし、研究は難航した。まず薬物と、電極と、考えうるあらゆる手段を使って『能力者』の異能を強化しようとした。他のもので再現するより、不確定を確定させた方が手っ取り早いと思ったからだ。これは失敗に終わる。全世界で確認された数十名の本物と、数十倍の偽物は壊れて朽ちた。」

 「失敗とは言え、成功の母だ。十分に取れたデータで、不完全ながらも『なぜ、どうして』は見えてきた。だから今度は非能力者を人造的能力者にする実験が始まったんだけど、これもまた上手く行かない。」

 「上手く行かなかったのは製造ではなく、運用なんだ。本来人類の大半が持っているらしいこの能力を、扱える人間だけが『能力』として開花させるんだけど。そのかかっていたロックを、人為的にぶっ壊してみたら、案の定正気を保てる人間は居なかった。」

 「まあ語り口から察しているとは思うけど、この実験の主導及び責任者は、僕だ。」

 「そして同じ組織内で、平行して進められていた研究がある。口にするもおぞましい、非人道的な、ね。」

 「地球上におおよそ100万種存在する動物、彼らは『野生の勘』だったり『虫の知らせ』だったり、そう呼ばれる神がかり的な察知を見せる事があるだろう?あれが異能の一種ではないかと考えたチームがあった。」

 「事実それは大当たりで、数多くの生物が能力者と同じ反応を出した。しかも精神構造が単純な生物ほど、強化を重ねてもその性能を損なわない。」

 「しかし持てる情報量が少なければ、折角観測した情報を持ち帰れないんだ。」

 「・・・・・・もうわかったかい?君ら、猫が。食肉目-ネコ亜目-ネコ科-ネコ亜科-ネコ属-ヤマネコ種-イエネコ亜種-イエネコが!能力を保有し、改造耐性が高い中で、最も脳の容量が大きい種族、だったんだ!」

 滔々と、弁明のように、供述のように、語った男におれは驚愕を隠せない。

 急に大声を出さないで欲しい、話が長くてうとうとしていたんだから。

 大筋はわかった。なので右足を上げる。しかし、だからどうした。おれは別に嫌な思いをしていないし、謝られる筋合いもない。人間はきらいだが、その発展に寄与する事を忌避するほど偏屈でもないし、むしろおれだって色んな生を満喫していたんだから。win-winってことじゃダメなのか。

 「君の考えていることは何となく分かるよ。でも、それも改造の結果なんだ。君本来の意志じゃないのかもしれない。」

 「・・・・・・話を続けよう。でもそれから後は、語るに及ばないかな。パズルのピースをはめるだけだ。君は遺伝情報の近い猫の身体に乗り移る、という方法で過去に飛びまくった。飛ばされまくった。順番待ちをする必要なんて無い。処理容量ギリギリの範囲で並行的に数ヶ月、100万回の生を過ごし、死を経験した。」

 「君は過去にしか飛んでいないのだから、当然未来担当も居る。製造番号000、コードネーム『笑わない猫』。君たちは一箇所にまとめられ、情報はサルベージされる手はずだった。君は彼女と出会っているはずだよ。わかるかい?高貴で美しい、白い猫だ。」

 身に覚えがないとは、とてもじゃないが、言えない。考えられない。

 右足を上げる

 「何しろ猫の一生とは言え・・・・・・失礼。猫の一生で、100万回分だ。情報の引き出しは一筋縄に行かない。すぐに終わるものでもない。君の、君たちの安全は保証できないし、仮に無事でも、一生自由にはなれないだろう。僕は君たちを救おうと、回収に横槍を入れた。しかし先程言った通り、過去よりも未来のほうが価値は高く設定されていたようでね。『笑わない猫』の彼女は助けられなかった。」

 「長くなってしまったが、ここで結論だ。君に選択して欲しい。君が人間の都合で、人間の作為で逢瀬を重ね愛を育んだ彼女。彼女を君は救いたいか?救いたいならいくらでも手を貸そう。猫の遺伝子を組み込み君が乗り移れる人間の身体でも、あの組織本部の攻略法でも、武器でも兵器でも技術でも人員でも、最大限に与えよう。君がすべてを忘れ、猫として生きたいなら、今すぐ安全な場所をリストアップし、選ばせ、解き放とう。疲れたから死にたいなら殺そう。人類が憎いなら滅ぼそう。さあ、どうする?」

 おれは猫だから、答えられない。選べない。そんな質問には、答えられない。

 「すまない。聞き方を間違えた。質問だ。君はもう一度、彼女に会いたいかい?」

 そりゃあ、当然。右足を上げる。

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[一言] 原作読んだ事ないですが、楽しみました。原作も科学チックな展開になるのですかね?
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