魔の探求者編 9
索敵の基本は、無謀に手当たり次第に闇雲に、の、逆をいくこと。
「【杖罪】」
あたしは無限に(正確には∞とかありえないんだろうけどね)広がる自分自身を精一杯に意識する。
その全てにあたしの目が宿っているようにって、信じる、願う。
願いはそのまま強さになる。
あたしの中から、希う力が溢れ出して、それに呼応するように杖は魔法を発現させていく。
杖には意思がある。
それはあたしみたいな未熟者には全然理解が遠く及ばなくて、たぶんこれから先何年もかけて少しずつ少しずつわかるものなんだろうけど、あたしにはわかるの。この杖は、優しくて、強い。
「お願い……王都を、守りたいの」
あぁ、あたしはこんな不思議な世界まで来て、何をしているんだろう。
せっかく、元の世界には存在しなかった魔法なんて力がまがりになりにも、あたし自身の力じゃなくて杖の魔法なんだとしたって、使えるっていうのに、なんであたしは、空を飛んだり、洞窟を進んだりって楽しいことじゃなくて、こんな戦いのためなんかに魔法を使ってるのかな。
間違ってるかな。
わからない。
合ってるかな。
わからない。
でも、魔の探求者が、戦おうとしてる。
でも、ウェインリーさんが、戦おうとしてる。
二人に力を貸すことは、決して間違っていない。
「見つけ、た!」
研ぎ澄ました感覚がキン、と甲高い音を頭の中に打ち鳴らす。
見えた!
この人はたぶん、さっきまで魔の探求者が闘っていたっていう『竜の落し子』のリーダー、フロイン・シーガーだ。
さっきまで乗っていたワイバーンからは降りて、王都の住民に紛れている。
フロインの周囲にいる一般市民はあたしの髪を見てひどく怖がっているみたいだけど、まったくまったく失礼しちゃうわよね。乙女の綺麗な髪を見て怖いだなんて……ま、仕方ないか。
あたしだって空を駆ける髪の毛なんか見た日にはこの世の終わりを想起しちゃうね。
ついでに昔見たホラー映画を思い出しちゃうね。蛇口捻ったら髪の毛出てくるの。あれトラウマ。
「魔の探求者! フロインがいた!」
「ふ、さすが、仕事が速い!」
ひとまず現状報告。
もう一人、ウェインリーさんが一瞬だけ交戦した人のことも引き続き探したいところ、なんだけど。
「あーっ!! あたしの髪が燃やされたっ!!」
そんなことより乙女の大事件っ!!!
「ゆっ、許さない許せない許すはすがない当然だよね女の子の命だよつまりあたしの命を絶ったわけだよ!!」
「お、おい、どうしたアオイ……?」
「むむむ……?」
ウェインリーさんの方を涙目で向いて、一言。
もう一度目から流れた涙は枯れるまで止まらないよ。
悲しい。
「魔の探求者、あやつに正義の鉄槌を喰らわせる日が来ました」
「ぬ、お、おう?」
「行きましょう。今すぐに! ウェインリーさん、少なくとももう一人の敵もワイバーンは町外れに置いて今は身一つで町を歩いているはずです。それも、城のすぐ側にはいません。どこかで機を伺っているのかも……」
「わ、わかった」
なんでか魔の探求者もウェインリーさんもあたしの言葉に対して歯切れが悪い。
今は王都と乙女の一大事なのよ!
ぼうっとしている暇なんて少しもないのです。
「どの道私の【加速】は一人の方が効率がいい。とりあえずは自分一人で周囲を探索してみよう」
更に周囲を見渡して、ウェインリーさんは付け加えた。
「それに、君の魔法を恐れてどうやら王都は既にパニック状態らしいのでな。そのフォローもしておきたい」
「……あらら?」
そんな事実もあったような、なかったような。
* * *
あたしと魔の探求者は手を繋いで、真っ直ぐ敵のボス、フロインのいる所へと急いだ。
空を覆うあたしの髪、魔法【杖罪】は、単に髪を伸ばす魔法ではない。あたし自身を遠くへ広げる力。
だから、その末端にも“あたし”がいる。
小さなあたしが本体を手繰り寄せるように、本体のあたしが小さなあたしを見つけるように、あたしは毛先を頼りに宙を高速で翔ける。
実はあたし、三つの杖のうち、この【杖罪】だけはあんまり練習してない。練習、というか、一体全体どこまでのことができるのかって検証をあんまりしてない。
や、割とどの魔法も大して検証してないんだけどね。
あたし、基礎練習とか苦手なタイプ。
「……あのフロインって、どんな魔法を使うの? 【炎】に近い魔法を使うって言っていたけれど」
「なに……少々激しい火の粉が散るのみよ」
魔の探求者、こんなときでもかっこいい言い草。
つまりは単なる炎じゃあないみたい。
炎じゃないって言われても、正直よくわからないな。あたしの乏しい知識じゃ。
日本とは全く様相が違う、赤と茶色の屋根を眼下に数分眺めた後に、あたしと魔の探求者、地面に降り立つ。
まるで恐怖の大王が降ってきたかのように逃げ惑う周囲を気にせず、あたし達は不敵な笑みを浮かべる賊の長、フロイン・シーガーと向き合う。
真っ赤な髪、いかにも攻撃的な目。
思わず一歩下がってしまいそうになるけれど、ここまで来て屈するわけにはいかない。
ただの女の子代表であるあたしは怖い思いを全力で隠して、キッと睨み返してやる。
傷ついてしまった、どころかあのフロインによって焼かれてしまった髪を労わりながらひとまず元の長さに戻す。ありがとうね、と囁きながら、なでなでしておく。
「おいおい、さっき撒いたと思ったんだがなぁ。その髪の毛が追ってくる魔法、【追跡】とは違うな? 硬化しているようだったし、そもそも身体の一部が追いかけてくるなんて魔法聞いたこともない」
「あなたね、人の髪を燃やしておいて何か言うことはないのかしら!?」
「あー、すまんな。つい」
「ついっ!?」
ついで燃やされる髪の毛があって堪るもんですか!
あなたは今、全あたしを敵に回したよ!
「……おい」
「なんだ黒いの。あまりお前とはやりあいたくないのだが」
「そうもいかぬだろう。貴様が我の道を阻むと言うのなら」
「むしろ阻んでいるのはお前らだろう? お前ら見たところ、聖天騎士団でもその他の護衛ギルドでもないようだが、何故俺らの邪魔をする?」
「……理由が必要か?」
「はっ、いいや。俺ら『竜の落とし子』は黙っていたって捕縛対象だろうからな。必要ねぇよ」
左右を露店に囲まれた一本道で、あたし達は正面から向き合う。
石畳の地面とは対照的に色鮮やかな果実がどこかのお店から転がり落ちる。
コロコロ、コロコロ。
あぁ、勿体無いなぁ。
きっとあたしもその原因の一端を担っているんだろうけど、だからこそ。だからこそ、あたしなんかのために、どこかの誰かが丹精込めて作った果物が無駄になってしまうことが、勿体無い。
「だが、今回に関してだけは、この国のためを思って俺たちもこうして王都を訪れているんだぜ?」
「馬鹿にしないで。宝玉を盗んでおいて、どの口がこの国のため、なんて言うの」
王様から次の王様へと引き継がれていく宝玉『ナギ』。
それをどんな手を使ってか、たぶん王都内部の誰かを利用してか、潜り込ませてか、盗もうとした。それを許すことは、できない。
あたし、あんまり難しいことはわからないけれど、駄目なことは駄目って言える。
よくないことはよくないって言える。
それだってあたし基準で、あたしは自分の町のことだってよく知らない一人の人間で、何度だって間違えちゃうんだけどね。
「魔の探求者、ウェインリーさんのこともある。あたし達がここでするべきは“足止め”じゃない、“撃退”か“討伐”だと思う」
「無論だ」
撃てば響くように、魔の探求者はあたしの言葉に応えてくれる。
あたしの隣で闇の力がぐんぐん高まる。
「舞え、【虹炎奏】」
虹色の炎が天に伸びていく。
空のその先を目指すロケットのようにどこまでも舞い上がって、それから魔の探求者の手元に槍の形で戻ってくる。
その色は、藍色だ。
「藍染め、懐かしいな」
「……ぞめ?」
「あ、なんでもないです魔の探求者」
残念ながら日本の伝統芸能はこちらの世界では存在しないみたい。
一部、似たような工芸品はあったりするんだけどね。
「深き青……それは大海の力なり……炎でありながら海の力を有すこの力の真髄を見せてやろう」
「魔の探求者……超かっこいい」
真髄の前に表層を見せて欲しいけどもね。
よし、と気合を入れてあたし、【月繋ぎの杖】を構える。いつでも戦えますよ、という姿勢だけはとっておく。
でも、相手は本職の悪い人なので、内心びびりまくり。
脚も手も、なんだか振るえが止まらない、けど。
大丈夫、大丈夫。
一人じゃない。
「ったく、その魔法さっきも見たが、おっそろしい魔力密度だな。んなもん賢者を相手にするときくらいしか見たことねぇよ」
フロインは余裕の表情を崩さない。
でもそれは、魔の探求者も同じこと。
「聞け、我が前奏曲を」
「悪いが音楽は詳しくねぇんだ! よ!」
フロインが一気に間合いを詰めてきた!
魔の探求者は半歩あたしの前に立つと、藍色に燃え盛る炎の槍を横に一薙ぎする。
藍色の炎は遠く海を漂う波のように振幅と位相を持って、走るフロインへと真っ向からぶつかる。
魔の探求者が言うように、恐らくこの藍色の炎は海のイメージを具象化したものみたいで、見た目は炎でも、その挙動は液体のよう。
周りに人がいたら巻き込まれてしまいそうで怖いな。
「正面からぶつかるのは得策じゃねぇな」
「くっ、下がれ少女よ」
「えっ、あっ、はい」
言うや否や、魔の探求者、あたしのことを後方へ弾いた。軽く手で押しただけだと思ったら思いのほか吹っ飛ばされたのは、たぶん【風】の魔法だ。
と、いうかなんであたし吹っ飛ばされてるの、かしら?
なんて思った瞬間、目の前で爆炎が渦を巻いて魔の探求者に襲い掛かった……のが見えるのとほぼ同時にあたしの耳が音を認識しなくなってしまう。
「うわっ!?」
キーン、と耳が音を捉えているのか、脳が麻痺して音を鳴らしているのかわからない。
でも確かに見たのは、ただの炎じゃなくて、あるべき炎が一点から急速に四方八方へ散開していく、そんな現象。
たぶん、爆発。
理解してから、あたし、耳のことなんて忘れてすぐに立ち上がる。
幸い、魔の探求者が【風】の魔法であたしのことを遠ざけてくれたから直撃は逃れている。
体にそれほど痛みは感じない。
黒い煙の中に、二人がいる。
そして、あたしが立ち上がるまでに数回、連続して爆発が起きる。その度に大きな音が轟く。
あたし、無我夢中で爆発の中心に向かう。
「【月の光】!!」
まずは魔法を吸収する。
吸収するのは、フロインの魔法。名称は知らないけど、暫定【爆発】を吸収してしまう。
これでひとまず爆発は起こせないはず。
「……んっ!? 魔法が発動しない!?」
声が聞こえた。
よし、問題なく【月の光】は発動してくれてる。
うん、ありがとう、【月繋ぎの杖】。
「魔の探求者! 煙を追い払って!」
「心得た。【風】」
わ、すごい。
【炎】と並ぶ基本魔法の【風】は、誰でも簡単に繰ることのできる魔法だけど、そのぶん発現できる威力はかなり控えめ。こう、普通は心地よい風をふわーっと出したりするくらいのものなんだけど、さっきあたしのことを後方へ大きく突き飛ばしたときといい、ほんの一瞬で、煙で眩む視界をクリアにしたりと相変わらずなんて魔力の量なのかしら。
「いた!」
「ちっ! お前の仕業か! あー確かに報告があったなぁ魔法が急に使えなくなるとかって」
今度は魔の探求者が鋭い踏み込みでフロインの懐に潜り込む。
素人目にも槍の間合いじゃあないと思うんだけど、そんなに近づいていいのかしら。
と、目を凝らすと、先ほどまで藍色に輝いていた槍が薄く、青、ううん、水色に近いくらいの色合いに変わっている。
虹の三色目へと【虹炎奏】の能力が変わっているんだろう。
紫が序曲で藍が前奏曲と、知識のないあたしにはどっちも同じ意味なのか違う意味なのかよく知らないんだけど、さてさて三番目はどうなるのかしら。
「間奏曲」
あ、水色は間奏なんだ。
確か紫色のときは普通に、物理的に槍として扱ってたよね。で、さっきの藍色はなんか海感、水感のある波を発生させてた。
すると今度も魔の探求者の中で水色のイメージがどうなっているのか、それによって効果が変わりそうだ。
「うぉっ!? 熱ぃな!! 普通に炎か!!」
魔の探求者が低い姿勢で突き出した炎の槍を、フロインは両手で握るようにして防ごうとした、けどその熱を感じて咄嗟に身を捻じって転がるように回避する。
一瞬槍に触れた服や手が焦げてるみたい。
なるほど、あたしのイメージだと水色だから氷になるもんだとばかり思っていたけれど、魔の探求者的にはこの色は普通の炎なのかしら。
「ふ、我が炎は地獄の業火なり……地獄に染まりし炎はやがて情熱を失い、冷てつく色へと変貌する」
魔の探求者、誰に聞かせるでもない呟きと共に追撃の手を緩めないで、転がったフロインへと槍先を振るう。
フロインも素早く魔の探求者の動きをよく見れるように仰向けになって数回、魔の探求者の追撃を避ける。
「やっぱ基本触れねぇ方が良さそう、だな!」
言うと、フロインは腰に手をやって、何かを魔の探求者へと下手に投げつけた。
「くっ!?」
「魔法だけが戦いじゃないぜ? 魔の探求者とやら」
その頬に一線、血が滴る。
あ、あたしはどうしようかな……。
実はあたし、同時に二つ、杖の魔法を使うことができないのよね。
本当は【杖罪】で加勢するか【記憶複製】で相手の混乱でも誘いたいところなんだけど……さすがに今はあの爆発を抑えるのがいいよね。
それに、【月の光】の効果はあくまで吸収であって、無効化でなければ発動禁止でもない。毎度毎度ちゃんと発動しないといけないのです。
ひとまずはあたし、現状維持でいいかしら。
「変に手を出すな……十分だ」
「ま、魔の探求者……でも」
「方針は決まったか? お二人さんよぉ!」
手にしたコンバットナイフでフロインは魔の探求者に襲い掛かる。
紫の槍でそれを受け止めて、魔の探求者はあたしの方を振り返った。
「できる時分にできることをやれ。それでいい」
「……わ、わかった!!」
できるときにできることをする。
簡単なようで、難しい。
その指示だけ飛ばして、魔の探求者はフロインと接近戦を繰り広げる。
あたしはせめて、魔法が発動する気配を察知したら、それをすぐ吸収できるよう【月繋ぎの杖】を構えておく。
守られてばっかりなのは、ほんとは嫌なんだけど。
足手まといになるのは、もっと嫌。
「王都を守らなきゃ、だもんね」
目的だけは、見失わないように。
あたし、もう一度だけ呟いて、杖を握り直した。