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宵に降る魔法  作者: 安藤真司
魔の探求者編
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魔の探求者編 5

 この世界の広さを知らない、と同時にこの大陸の広さを知らない。

 そういえば周辺地図はあっても、世界地図を見たことがない。

 そんなあたしにとって、王都『テクサフィリア』って場所は、イメージするに、首都東京。

 都と呼んでるくらいだから国ほどの大きくはないと思うし、町よりは小さくないだろうって思う。

 そもそも都って概念がよくわからないけれどひとまず東京でイメージしてみる。そこから世界を構築してみる。

 王都はこのハネスト大陸の中心と言われている、らしい。ハネスト大陸にはたくさんの都市があって文化があって歴史があるので、大体日本だと思えばいいかな。いいのかな。

 海もあるらしい。海に関しては日本、プロだよね。あたしもよく遊びに行った。あ、よくは行ってない。

 海の向こうにはまた、別な大陸があるらしい。アメリカかな。それともユーラシア大陸かしら。

 アーツ語を覚えていればハネスト大陸ならほぼ、海を渡った遠くの町でも通じるらしい。でも、勿論通じない場所もあるらしい。こちらはたぶん、日本語よりは英語に近いのかもしれない。

 王宮とか王様とか、そういった建物と人が存在しているらしい。なんとなくわかる。あたしの愛する故郷には王様はいなかったけど、どこぞやの石油王をテレビで見たことがある。あれ、あれって王様なのかな。

 言語があって文化があるんだから、当然そこには政治がある。これもわかるけど、わからない。イマドキの若者でしかなかったあたしは自分の国が抱える問題だって全部を理解しないままにのうのうと生きてきたから。異国はおろか異世界に忍び寄る影のことなんてわかるはずもない。

 スポーツはある。どれも知らないものばかりだったけれど、やっぱり雰囲気あたしの知っているルールに似通ったものが多いように思う。格闘技に球技、そこに魔法の要素を加えたものが混じるくらい。でもどちらかと言えば魔法は魔法として計る傾向にあって、純粋な身体能力はそれだけで評価したい風潮がどうやらあるみたい。うん、これも、わかる。

 その量に差はあれど、誰もが必ず魔力を有しているのだから、魔法ありきの生活習慣は多い。その最たるはマジックデバイスと呼ばれる、人にしか扱えない魔法の一部を自動化する機器類。あたしの感覚ではまさしく機械がそう。機械って一口に言ってしまうけど、あんまり詳しいことはよくわからないから、電化製品って呼び方の方が、馴染みがあってわかりやすい。わかりやすいことがイコールで正しいわけじゃあないように、電化製品は決して機械の同義語ではないけれど。

 学校はある。でもそう大きくはない。昔の寺子屋って表現するほうがあたしはしっくりくる。先生をしてくれている人が町にはたくさんいて、その先生の下に十数人が集まってあれこれするけれど、先生同士が一つの建物に集結することはあまりない。たぶん魔法の練習をするのにちょうどいいスペースが先生にとっての我が家だからだと思う。

 芸術はきっとある。絵画も映画もあたしはこの世界に来てから見たことがあんまりないけれど、なければデザインが施された家が建つはずがないから。なにより、使う言葉が芸術(アーツ)だ。英語を彼らは知らないけれどね。

 気候も様々だけれど、魔法の影響とかで飴の雨が降ってきたりすることはないらしい。皆して火とか氷とか風とか魔法で自在に操ってる癖に、天候を操るのは難易度が相当に高いらしい。ちょいとでも頑張ればできそうなのにね。


 あたしには魔力がない。

 でもあたしが持つ三本の杖には魔力が込められている。

 【月繋ぎの杖】

 【光渡しの杖】

 【精霊の杖】

 三本が三本共に膨大な魔力をその内に宿している。

 あたしには見えない、わからない。

 魔力を持たないあたしは魔法を使えないけれど、これら杖が持つ魔法を使うことはできる。

 でも、その仕組みを知らない、理解できていない。

 仕方ないだろうって思う。

 そもそも、杖に魔力が込められているっていうのはなんとなく感覚でわかるけども、杖に魔法があるって事態はまったく全然わからない。

 なによそれ?

 杖の魔法って、まるで杖が生きているみたい。

 生きてるのかも、しれないけれど。

 あと、杖に魔法があるんだとして、どうしてあたしにそれが使えるのかも実はよく、わかっていない。

 例えば【(フレア)】の魔法が込められているライターがあるとして、カチっとね、火を出すってんならあたしのない頭でもわかるんだけど、杖って、杖じゃない。

 スイッチがあるわけでも、特別な使用用途があるわけでもない、言ってしまえばただの木の棒だ。

 魔法とはイメージの具現化である、ってあたしは教えてもらっている。

 魔力を持たないあたしに、そのイメージの具現化ができるとは到底思えないけど、あたしのイメージはきちんと杖に伝わる、杖は応えてくれる。

 どうしてだろうって疑問を抱くのは当然じゃないかな。

 あたしには、どうして杖の魔法を引き出すことができるんだろう。

 杖の魔法を使うっていうのは、どういうことなんだろう。


 この世界ってものは、あたしにはちょっと、難しすぎる。



* * *



 王都の守りの要、聖天騎士団が一人ウェインリーさんの話によれば。

 本来王宮にて厳重な保管がなされているはずの宝玉が何者かの手によって奪われた。

 宝玉とは端的に言ってしまえばただの宝石。ただのペリドットを幾らか集まっているに過ぎない。

 王位継承の式典にて、次期国王に手渡されるそれは、儀式以上に意味はなく、宝玉には本来の宝石としての価値以上の価値はない。つまり、売りに出したとしても、特段値が上がることなどない。

 そんなものをどうして盗んだのか、まずはそれが皆目見当がつかない。

 さらに、王宮内で保管されていた宝玉が賊の手に渡ったということは内部の誰かがその手助けをしたとしか考えられず、その内通者も同じく、皆目見当がつかない。


 実に深刻な状況らしい。


「ちなみに、今その状況を知っている人っていうのはウェインリーさん以外に誰かいるんですか」

「宝玉がなくなった、という事実は王宮内に広まっているだろうが……民には伝えていまい。それに賊が絡んでいることを知っているのはまず私だけであろうな」

「じゃあまずはそれを皆さんに教えないとじゃないですか」

「いや、無用の混乱は避けておきたい。相手が誰であるかを詮索するにしても、その誰かが証拠を消してしまわぬように隠れて動きたいと考えている」


 ふむふむ、納得できる理論。

 確かに内部に盗賊の助けをした人がいるのなら、ウェインリーさんが事件の内通者を調べているという情報があんまり回らないほうがいいのかもしれない。

 実際、今宝玉はひょんなことからあたしと魔の探求者が賊から奪い返し(奪ってないけど)、ウェインリーさんの手元に、つまりは王国の元へ戻ったのだから、下手に不安や混乱を助長するような真似をする必要はない気がする。

 あたしはちら、とウェインリーさんの胸元に光るバッジを見つめた。

 王家の紋章。

 王冠の左右に一対の小鳥が添えられた紋様。

 その意味をあたしは知らないけれど、今にも羽ばたきそうな鳥は、あたしには仲の良い老夫婦に見えた。

 きっと、羽ばたくように大きく強く繁栄していくことを。

 きっと、老夫婦のように末永く続いていくことを。

 誰かが望んだ国を象徴しているんだろう。


「ともかく、ウェインリーさんはすぐにでも宝玉の無事を伝えたほうがいいですよ」

「そうか……そうだな。どうせここから王都までも少々時間がかかる。明日の朝一番で出立するとしよう」

「はい、それがいいと思います」


 なんだかまずい展開のようにも思えたけど、あたし達が宝玉を見つけられたのがまさに幸運。

 王国内部の闇については、うん、あたしにはどうしようもないので、気にしないことにする。気にしたくない。気にしても、あたしにできることはたぶん、何もない。

 その辺はウェインリーさんにお任せしてしまえばいいと思う。

 そう思って、あたしは魔の探求者の部屋に置いておいた巾着を手に取る。

 中には沢山のペリドット。

 部屋の明りによって、僅かに暖色が強く反射する美しい曲線を一つ一つが描いている。

 吸い込まれてしまいそうなほど妖艶な碧。

 あたしは黙ってそれをウェインリーさんに渡す――。


 ――その直前、腕をつかまれた。

 魔の探求者に。


 ん、んん?

 どうしたのかしら?

 魔の探求者、さっきからずっと黙っていたと思っていたけれど、あたしの腕を掴んでもやっぱり、まだ黙ってる。

 ウェインリーさんが怪訝な顔を浮かべる。あたしも似たような顔をしているんじゃないかと思う。


「……ま、魔の探求者? どうしたの? これ、ウェインリーさんに、ううん、王様に返さないと」

「……」


 あたしの疑問を受けても、魔の探求者は動かない。

 その表情には、思案が見えた。

 何かを考えているのかしら。

 なら、聞き方を変えてみる。


「宝玉について、気になることでも、ある?」

「宝玉か?」

「……はぇ?」


 宝玉か?

 なに、どういうこと?

 宝玉じゃないの?


「え、違うの?」


 ウェインリーさんに確認。


「そうだが」


 魔の探求者に返事。


「そうらしいよ」

「本当に宝玉か? ただの宝石ではないのか?」

「え……?」


 宝玉は普通の宝石となんら違いがないらしい。

 あたしは見たことも聞いたこともないけれど。

 ここにあるものは宝玉らしい。見た限りは普通の宝石となんら違いがないらしい。

 あたしは宝玉も宝石も、生で見るのは初めてだけど。

 …………。

 うん?


「おい、よもや、私も族の一人だとでも言うつもりか? 今ここにあるものは宝玉などではなく本当にただの宝石であると」

「その可能性を示唆している」

「これだから無知は困る、と言いたいところだが、そのくらい用心深く生きることに関しては賛成だ」


 ウェインリーさんはそう言うと、上着を脱いだ。

 青を基調として銀色の模様が施された制服をそのまま床に置く。

 シャツ姿になったウェインリーさんは次にベルトを外す。一緒に、鋭く手入れを十分になされた細剣も床に置く。

 さらに両の手を上げて、何も武器を隠し持っていない、というアピールもする。

 魔法を使えるこの世界においても両手を上に上げる行為が有効なのかしら。あれって拳銃持ってない証明よね。

 ともかく、ウェインリーさんてば、ご丁寧に「争う気がないこと」「敵意がないこと」を示してくれた。

 まずはウェインリーさんを疑った魔の探求者がその行為に応える。


「我とて立場は同じだな。その宝石が目当てなわけではない」


 そう言って魔の探求者、あたしの腕をずっと掴みっぱなしだったことに気付いたみたい。慌てた様子で手を離してくれた。


「す、すまん」

「ううん平気」


 実はちょっぴり痛かった。

 見ると腕の跡が残ってる。

 とっても力強く握られていたみたいだ。

 でも、痛かったかもしれないけど、うん。

 痛くない。


 魔の探求者もウェインリーさんに倣って白い革のコートを脱ぐ。

 白のコートの下は黒いシャツを着ていた。髪もすごく綺麗な黒だし、どんだけモノトーンが好きなのかしら。いや、髪は弄ってないかもしれないけど。

 さてさてそして、銀髪で白でも黒でもないあたし。

 なんだか勝手にあたしのことは気にしてない二人だけど、あたしも一応二人に倣って上着を脱いで武器隠し持ってないよってやろうかと。

 そんなことを思ったら意外と魔の探求者に止められた。


「汝がする必要はなかろう。闇に片足を踏み入れているとはいえ、未だ聖の光に包まれている」

「……あぁ、私も君が賊だとは思っていない。それに女性があまり薄着になるものでもないだろう」


 あれれ。

 今度は魔の探求者の言うことをウェインリーさん理解してらっしゃる。

 うん、じゃあお言葉に甘えよう。

 勿論、今この場で争う気がないって確認ができたところで、身分や立場を証明できたわけじゃあない。

 問題は、これからどうするか、だ。


「確かに君らからすれば私も本当に王に仕える者かどうかを判断する術はないだろうな。それが宝玉かどうかも」

「そうですね。一応そういうことになります」

「王の住まう聖域とやらに赴くより他に選択肢もあるまい。然るべき人物に出会えば然るべき対処も見えよう」

「ですね。三人でひとまずは王都に行ってこれ、戻しましょう。あたし達三人が何も変なこと考えていなければそれで表面上は片付きますし」


 あたし達の方針が固まった。

 事情が事情なので、体裁上は三人それぞれのことを信じない、というのが結論。

 その代わり、誰かが誰かを裏切ろうともしづらい状況に持っていくことで、もしも嘘をついている人がいたとしても抑止力とできるはず。

 あたしと魔の探求者については特に記憶がなかったり異世界人だったりと胡散臭いところばかりだけれど、ある意味そこはウェインリーさんが信じてくれた。疑ってるのに信じてくれた。

 正直あたしは魔の探求者のこともウェインリーさんのこともよく知らないけど、二人が何かしら嘘をついていたり、悪いことをしているような人には見えなかった。

 だからあたしは自分のその心を信じてみることにする。

 結果裏切られたとしても、自分が信じて選んだ道ならそれでいい。

 というわけで、この場は一時解散。

 宝玉に関しては魔の探求者とウェインリーさんとが話して、結局あたしが持っていることになった。

 明日の朝に三人揃ってここを出て、王都へ向かう予定。


 魔の探求者もウェインリーさんも悪い人じゃないから、きっとすぐに解決するだろう。

 何も問題なく宝玉を元の場所に返して、それで。

 内部の問題の対処にウェインリーさんは移るだろうし。

 自分の記憶を探す旅に魔の探求者は戻るだろうし。

 あたしは自分の存在する意味を探す旅に戻るだろう。

 ひょっとしたら、魔の探求者と一緒に旅を続けることになるかもしれない。


 うん。

 そうなってくれたら、ちょっと嬉しいかも。


 まだあたしは暢気にそう考えて、眠りについた。


 やっぱり、魔の探求者が、ウェインリーさんが、会話の中に何を想っていたのか、あたしは何も、気付かなかった。

 気付こうとも、していなかった。

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