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宵に降る魔法  作者: 安藤真司
魔の探求者編
4/42

魔の探求者編 4

「これはな、国王から次期国王へと代々受け継がれていく宝玉『ナギ』だ」


 …………。


「はい?」

「これはな。国王から次期国王へと代々受け継がれていく宝玉『ナギ』だ」


 …………。

 えぇっとぉ。


「なぁにそれ? 魔の探求者、知ってる?」

「知らぬ」

「おい貴様ら俗世離れしすぎだろう。この大陸にいて何故そんなことも知らん」

「そういえばあたし、こっち来てからニュースって見たことないかも。アリちゃん特製フィリア語講座とメイヤさん特製お薬講座に夢中だったし」

「記憶がない」

「待て待て。伝える気があるなら伝わるように喋れ二人とも」


 場所は戻りまして、とあるモーテルの一室。

 妙に傷跡が残るフローリングの床がぎし、と音を立てたのは狭い一室に三人が集まったからではなくて、単に劣化したとか構造上の問題だと思う。

 二人でも手狭だった丸テーブルを三人で囲んで、ようやくと話を切り出したウェインリーさんが肩を落とす。

 あたしの説得により、ひとまず話を聞く、と剣を収めてくれたウェインリーさん。

 そのウェインリーさんを交えてまずあたし達が行ったのは、途中だった夜ご飯。ええ、そりゃあ腕によりをかけて作ったんだからやっぱり早くに食べて欲しいよね。

 二人分しかなかったけれど、どうせなら、っていうのと、あたしがあんまり多くは食べないのに対して、魔の探求者がどのくらい食べる人なのかよくわからなくて気持ち多めに作ったから是々非々とウェインリーさんにも振る舞うことに。

 そこはさすが騎士様、食べながらお話は行儀が悪い、とまずはせっせと食べてくれました。嬉しい。その間、魔の探求者も黙って食べてくれました。嬉しい。でもよく思い返してみれば、さっきだってあたしが話しかけなければ喋る気配はなかったかも。いい人だ。

 完食して綺麗に食器洗いまでしれくれて、心地いい食後の時間……というわけにもいかず、そこからはきちんと互いの事情をお話する場に。

 まずはあたしから、「かくかくしかじか」と事情を改めて説明。


 一人旅をするあたしが賊に絡まれて、そこを魔の探求者が助けてくれた。

 逃げていった賊が落としたのがこの宝石で、これから王都に着いたら誰かに任そうと考えていた。


 ざっくりね。

 この辺りは一応、【光渡しの杖】の魔法【記憶複製(メモリデュプリケイト)】でウェインリーさんに記憶として渡しているんだけど。

 こういうのはちゃんと言葉にしてあげないとね。

 うん、よくない。

 おおよそあたしが話をし終えると、「じゃあアオイもこの男とはまだ会ったばかりなんだな……」とかちょっと怖い事実確認をしてからウェインリーさんが首を傾げた。


「まず、どうして一人旅なんかを?」


 あ、そこから話すべきかしら。

 ええと、ちょっと長くなるんだよねぇ。


「む、我も気になるぞ」

「魔の探求者にも、そうだね。まだ話してなかったか……じゃあ簡単に」


 と、いうわけで。

 あたしはこれまた簡潔に事情を話してみる。

 面倒な部分はまた魔法を使ってしまおうかとも思ったけれど、別に無理矢理信じてもらうべき事態でも、ない。

 だから懇切丁寧に順序良く話を進めてみた。


 あたしが元々この世界の住人でなくて、気付くと一人右も左もわからない状態になってしまっていたこと。

 メイヤさんがあたしを拾ってくれて、そこで三年間過ごしたこと。

 二十歳になってなんとなく心に一区切りついたので自分がこの世界に存在する意味をしっかり確かめようと思って、旅立ったこと。


 うん、こんなもんかな。

 説明としては、これくらい話しておけば十分だと思う。

 細かいあたしの気持ちの移り変わりについては、一応無視しておく。ウェインリーさんにとっても、魔の探求者にとってもあんまり意味がないだろうから。

 あたしが別の世界の人だってことについて、意外と二人は何も言わなかった。

 あれれ?

 ひょっとして異世界人って珍しくないのかしら……とか思ったんだけれど、たぶん嘘をついているもしくは意味がわからなすぎてスルーをされているんだと思います。

 だって二人とも変な顔した。

 あたし、人の機微には昔から疎いって言われるけど、だからこそ人の目はきちんと見るようにしてる。

 魔の探求者は反応に困る顔してて、ウェインリーさんは「これ突っ込むべきだろうか」って感じだった。

 うーん、ま、あたしが碌に世間に詳しくないってことは理解してくれた、かな?


「……いや、だからってまたどうして一人で? その一緒に住んでいたっていうアリシア・ルーメン嬢と来れば」

「ふふ、漆黒の意思とは共有できぬものよ」

「黙れ」


 あら、ウェインリーさんてば魔の探求者には辛らつ。

 悲しい。


「アリちゃんとクローツくんにはねぇ、やるべきことをちゃんとしてから旅に出て欲しかったんだ」

「やるべきこと?」

「二人のことは、今は置いておきましょ。とにかくあたし、色んな意味を求めて旅し始めたんです。さっき言ってた講座はこの世界に疎いあたしの為にメイヤさんとアリちゃんが作ってくれたんですよ。まずもって言語が違ったもので」


 そうそう。

 忘れもしない三年前。

 この世界に来て、メイヤさんが優しく家まで連れて行ってくれて。

 美味しくて温かい野菜スープをご馳走してくれて。

 けれど、言葉が理解できなくて。

 話してくれる内容も、書いてくれる文字も、全部があたしの住んでいた世界とは違うもので。

 でもそうだね、意外とニュアンスっていうものは伝わるんだなって妙に感心した記憶もある。

 メイヤさんが優しい人なのはすぐにわかったし、アリちゃんが良い子だっていうこともすぐにわかった。

 あたしがすごく感謝してることも、たぶん伝わっていたと思う。

 でもそれじゃあ幾分生活に困ってしまうので、あたしは二人のお手製講座キット的な、国語ドリル的なものを最優先に学習しまして。その日々弛まぬ努力のもと、どうにか二年三年かけて基本的にはマスターしたわけです。

 うんうん。

 日本にいた頃、英語の先生が「一番の近道は実際に日本語が通じない世界で生活することだよ」と言ってたのがまさか本当だったとは驚き。

 ホントさ、小学校でもちらほらやっていたし、中学の三年間と高校の二年間くらい英語のお勉強をしていたわけだけど、英語、まるでできないもの。

 そんなあたし、葵Lilyちゃん、バイリンガル。

 話せる言語は日本語とアーツ語。

 わぁ、かっこいい。

 アーツ語というのが一応この辺では公用語だそうでね、「これマスターすればなんとか生きてける!」とのこと。

 ただ、そうね。

 こうやって聞く話すはいいんだけど、どうにも読み書きはまだまだ勉強不足が否めない。

 アーツ語は一文字に複数の言葉の意味が包含される、つまり漢字のような使い方をする『アーツ』をこれまた日本語のように、主語述語目的語補語その他が自由に配置される文章の作り方をしてる。

 こう、英語はどうして主語述語目的語の順番なのよ修飾先もわっかんないし文のまとまり滅茶苦茶じゃないとか言ってた時期もありました。ありましたけれども。英語って素晴らしい言語だったのね。

 さすがに必要に駆られて頑張って色々と覚えたしなんとなく口にする分には問題ないんだけど……あんなに人によって好き勝手に単語の順番弄られたらわっかんないって!

 日本語で言うなら「私()」と「私()」の違いとかもあるし、「これ君にあげる」と「あげるよ君にこれ」と「これあげる君に」以下略がおんなじ意味とか勘弁してください。

 せめて言いたいことを先に言ってほしいという願望があたしの中に生まれるまでそう時間はかからなかった。

 そしてその瞬間、英語の語順がまさにその願望を叶えてくれているものだと気付いて先生に謝ったよね。

 ごめんなさい。

 宿題、よく友達のノート見せてもらってサボってました。

 ごめんなさい。

 遠く世界の彼方、あたしの高校の英語教諭の元にこの言葉が届くかどうかは神のみぞ知るということで。


 いまだに怪しい部分は多々あるんだけど、あたしはメイヤさんとアリちゃんのご指導のもと猛勉強に猛勉強を重ねてアーツ語で会話が普通にできるくらいには成長を遂げたのでした。

 丸。

 でも逆に言えばそんな程度にしか学んでいないので、この世界の歴史だとか地理だとか、王政がどうの魔法がどうのといった知識はてんでないのでした。

 丸。


「それより、魔の探求者、記憶がないってどういうこと?」


 まったくね。

 あたしの話なんかより魔の探求者の話が気になってしょうがない!

 き、記憶喪失ですと!?

 ぐい、と顔を近づけたあたしに対して、魔の探求者はおおきく仰け反った。ぴしり、と正座していた魔の探求者、ものすごい勢いで上半身逸らすもんだからあわや頭を床にぶつけそうになる。

 いや、そんなに引かなくてもいいじゃない。

 魔の探求者、真っ白な革のコート越しでもわかる筋肉なので腹筋も背筋もすごいんだろう、床に平行な状態でぴしっと上半身を止めて、あたしがちょいと近づくのをやめたことを確認してからすぐに引き起こした。

 ついでに体が柔らかいな。

 あたしも運動神経に自信はないけれど柔軟は得意。正座したまま上半身を寝かせてぴったり背中を床につけることができる。あと脚も百八十度開きます。

 えっへん。


「そのままだが……我は闇より生まれし者、いや闇そのもの……我に親などいないのだ」

「おいアオイとやら、こいつ何が言いたいんだ」

「つまり記憶がなくて親の事すら知らないので、お母さんとお父さん、それに自分の記憶を探すために旅をしているそうです」

「理解度高いなおい」


 ウェインリーさんってば、やだなぁ、普通に聞けばそのくらいわかるじゃない。

 でも記憶喪失って、とっても大変ね。

 大変、と思いながらお茶を啜る。

 熱くて濃い飲み物って、不思議と落ち着くのよね。お互いまったりしたいときにはこれ以外ありえない。

 ただし効果が魔の探求者とウェインリーさんとの間にあるのかどうか、その判断は保留しておきます。


「第一我が我たるは【虹炎奏(こうえんそう)】が証明している。闇すら照らしてしまうこの力は本来我に相応しくない……が、それもまた咎人の末路」

「アオイ」

「記憶もないのに何故か自分オリジナルの魔法【虹炎奏】を使えた、覚えていたことも不思議でしょうがない。でもこの魔法を人に見せることで何か自分の手がかりが得られやしないかって考えてるそうです」

「絶対そんなこと言っていなかっただろう! 何故そこまでわかる!?」

「闇を生きる者は互いに通じ合うものなり。汝にはわからぬだろう」

「人間であれば人の言葉を使って意思疎通を図って頂きたいものだがな……」


 うん、この二人は駄目かもしれませんな。

 誰だって馬が合う人合わない人っていますからね。仕方ない仕方ない。

 もっと詳しく聞きたいところだったんだけど、先にウェインリーさんが話をまとめた。


「とにかく君らはそれぞれの事情で世界情勢を碌に知らないわけだな。まったく、君らを疑った自分を殴りたいものだ」

「あっはは……」


 今は魔の探求者の記憶についてよりウェインリーさんの話をちゃんと聞かなきゃね。

 なんだっけ。

 宝玉って言ってたっけ?


「あの宝石、いえ、宝玉ですか? あたしにはなんていうか、普通のペリドットに見えたんですけど」


 宝石の時点で普通、じゃあないのかもしれない。

 あとは、一般知名度も同じく緑色系統の宝石としてはエメラルドの方が有名だとは思うけれど。あ、そういえばこの世界でも宝石はやっぱり高価なものみたいですよ?

 けど取り立てて、王様たちの間で代々受け継がれるようなものにも見えない。

 そのあたしの感想は的を射ていたみたいで、ウェインリーさんは頷いて肯定した。


「ふむ、石を見る目はあるのか。その通り、宝玉『ナギ』などと仰々しく言っているがその実これはただのペリドットだ」

「あ、そうなんですね」

「ペリドット……?」

「宝石の名前ですよ。魔の探求者みたいな男性にはあんまり馴染みがないかもしれませんけれど」

「碧の力が宿りし光の石、というわけか」

「そのままですね」

「…………」

「…………」

「…………」


 謎の沈黙を挟みまして。

 謎の時間を挟みまして。


「確かにただの宝石だが、我々王都に仕える者にとって、または王都に住まう者にとって『ナギ』とは、それ自身に大した価値を見出しているものではない」


 ウェインリーさんはちょっと難しい言い回しをした。

 噛み砕いてみる。


「王様から次の王様にって受け継がれる宝玉『ナギ』でしたっけ。つまり、その儀式自体に意味があって宝玉が物凄く価値あるものでなくても、世界で唯一無二の存在である必要はないって、そういうこと?」

「ああ。正直なところ、王宮の中にこの宝玉を保管しておく箱があるのだが、その箱の方が金銭的には価値があるだろうな」

「そうなんですか」


 真面目な話をしているときに、魔の探求者は口を挟んでこなかった。

 横目でちらりと伺うと、顔は真剣で、話を聞いてないわけではないみたい。

 自分が会話に加わることで話の進行の妨げになっちゃう、とか気を遣っていたりするのかしら。

 と、そんなことを考えたところでウェインリーさんの話におかしなことがあると気付く。


「その宝石を悪い人が持っていて、たまたまあたしと魔の探求者の前で落としていったわけですよね?」

「そうなるな」

「でも、そうしたらあの悪い人たちって宝石としての価値っていうよりは宝玉をこそ盗むつもりだったはずなんですよね」


 ただ貴重な石を盗むつもりなら、わざわざ王様にとって大事なものを狙う必要はない。

 普通の宝石屋さんから盗むほうがきっと、よほど簡単だろう。

 王位継承の儀式に使われる宝石をわざわざ、ねぇ。きっと厳重に保管されていただろうし。

 ……あれ?


「ね、ねぇ、ウェインリーさん?」

「なんだ」

「これ、まずくないですか?」

「はぁ……いや、やっと気付いたか。元よりそこから話を進めるつもりでこの卓を囲んでいたんだがな」


 あたしがようやく気付いた問題点。

 それは別に、盗まれたものが高価であることでも、盗まれたものが王家にとって大事なものであることでもない。

 一盗人が、どうしてそんな大事なものを盗むことができたのか、だ。


「保管場所って、いうのは」

「無論、王宮の中だ。宝物庫に陳列されていたはずで、別件で入った小間使いが紛失に気付いたのだが、扉に施錠もされていたらしい」

「つまり……」


 つまり。

 問題はこう言い換えることができる。


「王宮内に、その宝玉を持ち出した人、ないしは盗賊と繋がっている人が……いるってこと、ですか?」


 ウェインリーさんは大きく溜息をついた。

 けどピシッとした背筋を崩すことなく、答えてくれた。


「恥ずかしながら、その可能性が高い」


 あたしはウェインリーさんが抱えた問題の深刻さを認識して、息を呑む。

 魔の探求者は相変わらず何も言わなかったから、その内心はわからなかったけれど。

 その眉間に少しだけ皺が寄ったのを、あたしは見逃さなかった。

 とはいえあたし、魔の探求者がそうした意味は全然、わからなかった。

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