魔の探求者編 3
ここで一つ、あたしの自己紹介をしておこうと思います。
あたしの名前は、アオイ。少なくともこの世界では、そう名乗ってる。名乗ってるもなにも、親から貰った大切な名前に嘘をつくような真似はしないけど。
ちゃんと言うと、あたしの名前は、葵Lily。リリーよ、りりい。可愛い名前でしょ。
あたしのお母さんて、なんと某連合王国の人でね、日本人のお父さんとのハーフだったりしちゃうの。
だからあたしのプラチナブロンドに輝くこの髪色は地毛なのです。あ、碧色の瞳もね。
日本じゃ浮きすぎるし、染めてもいいのよとか言われたんだけど。お母さんから受け継いだこれを、隠すために染めるだとか、そんなことはしたくなかったので、このまま。
結果この世界には似合ってるしいいのさ。少々で効かないくらい、小さな頃はからかわれたものだけどね。
で、そんなわけであたし、葵リリーちゃんは日本出身、地球出身の二十歳女の子。
…………。
そ、そうなのよね。
地球出身なのよ、あたし。
わぁ、地球出身って初めて言った。
ちょ、ちょっとかっこいいかもしれない。
そんな地球人のあたしがどうしてこうして魔法の世界にいるのか、そんな質問が飛んできそうだね。
お答えしましょう。
わかりません。
や、わかるわけないでしょ。
そんなの知らないよ。
全知全能には程遠いあたしだもの。
なんかね、ある日気付いたら見知らぬ世界にいるなぁって。
そしたらそこの住人が魔法を使ってるなぁって。
あらこれもう絵本とかアニメでよくみたファンタジーの世界じゃないって。
やっべ、非常に大変なとこにまた迷いこんできちゃったぞと。
別に何もきっかけとかなかったと思うんだけどね。
っていうかこちらの世界に来た瞬間とやらをまったく覚えていなくって。
せっかくだったらドビューンってなってるワープホールとか通ってみたかったものよ。
まったく記憶にございませんけれどこちらの世界にあたしがやってきたのが大体三年前のこと。ふぅ、あの頃はまだ十七歳、ぴちぴちの十代だったのね。
三年間もこっちでのんびり過ごしていて、お父さんもお母さんも寂しがってないかな。大丈夫かな。大丈夫だといいな。二人とも強い人だし大丈夫かな。
エクシーの町にころころと転がり込んだあたしはそこで、大切な友達、ううん、家族に出会う。
勿論、元の両親を忘れたわけじゃなくってね。家族は家族。あっちでも、こっちでも。
魔力を持たない、なんて言うか、気持ち悪いと称してしまってもいいくらいのあたしを引き取ってくれたのは、ルーメン家。
ルーメン家は代々薬屋さんを営んでいるようで、今はお母様ことメイヤさんがお店を切り盛りしています。お父様は残念ながら、あたしが来るよりも数年前に亡くなっていた、けど。
そこの一人娘がアリちゃんこと、アリシア・ルーメン。金髪碧眼で、あたしの姉妹で、とっても素敵な女の子。可愛い。年はあたしの二つ下だから、たぶん妹枠。
本当は流麗な金の髪は、勿体無いことに普段は戦闘やら冒険やら、無茶するアリちゃんのせいでちょっぴりぼさぼさ。肩にかかるかどうかって長さでしかもゴムで縛って纏めているのにぼさぼさなんだから変すぎる。
ルーメン家で三年間を過ごしたあたしはアリちゃんと一緒にいちゃいちゃしてみまして。それで最後の方なんかはアリちゃんの幼馴染のクローツくんに白けた目で見られたかな。
クローツくんは、うーん、なんか、第一印象は寡黙だなぁって。アリちゃん曰く「慣れるとわかりやすい」らしい男の子だったんだけど、今思えばその通りかな。
言いたいことを言うまでに時間がかかるってだけで、本当に大事なことはきちんと伝えてくれる、そんな剣士でした。
他にもエクシーの町には沢山お世話になった人がいるのだけど、ともかくアリちゃんにクローツくん、それにメイヤさんの三人に良くしてもらって、あたしは今もこうして生きている。
うん、本当に感謝しかない。
そんなこと言ったらきっとアリちゃんは「何言ってんの、家族じゃない」とかって笑いそう。
ふふ、いい笑顔だろうなぁ。そんなこと言うアリちゃんは。
三年間をエクシーで過ごしたあたしだけど、いい加減自分のことについて考えたくなってきて、ううん、ずっと自分のことは考えていて、それでキッカケがあったもんだからえいやっと旅に出ることにした。
目的は、ただ一つ。
あたし、どうしてここにいるのかな、って。
それだけ。
別にね、日本じゃない世界に何故かいることも、このままこの世界に骨を埋めることも、悪くないと思うよ。
だって皆いい人ばっかりだし。
携帯電話が使えないのは痛いけど。
でもでも魔法を、ちょっとせこいけど使えるし。
どっちの世界にいたって、人は生きていればいつかは死んじゃうので、楽しければ、充実した日々が送れるのなら構わない。
でもあたしは、なんの意味もなく、理由もなく、ただ漫然とこの世界にいる。
自分の意思ではない、誰かの意思か、あるいは何かの事故か、策謀か、意味が欲しい。
あたしはここにいるべき存在なのかどうか、それもわからずにここにいることが許せない。
とはいえ、元の世界にだって、あたしがいるべきなのかどうかと聞かれると、ちょっと返事には困っちゃう。結局人って誰かがいないと自分を語れない節があるからね。そういう意味じゃあ、両親が望んでくれているからとか、友達が望んでくれているからとか、そんな程度にしか語れない気もするね。
それはまぁいいよ。置いておこう。
とにかくあたしが知りたいのは、どうしてあたしがこの世界に来てしまったのか、その理由。
それが納得のいくものであれ、いかないものであれ。
偶々なのであれば、それでもいい。
でも、何も知らないまま、わからないままにこの世界に生きていくのは、嫌。
だから、ちゃんと知った上で。
その上で、あたしは、元いた世界に戻るべきなのか、ここでこのまま暮らすべきなのかを見定めたい。
と、まぁそんなことを考えてあたしは旅を始めた。
結果どうなろうと、あたしはきっと後悔しない。
向こうの家族も、こちらの家族も、たぶんあたしの決断を尊重してくれると思う。
もっとも、あたしの決断を伝える手段が欲しいところではある、けどね。
それも含めて、とにかくこの世界のこと、向こうの世界のこと、色々と何がどうなっているのか、知りたいな。
――で、あたしがこんな益体もないことを考えていた理由ってのは。
「どうやらまずは貴様らを捕らえる方がいいらしいな……」
「捕らえる? 我を捕らえることは不可能なり……我は闇そのもの……光に映らぬ我に触れることすら適わんだろう……」
はい、もちのろんでこちらの二人。
睨みあってるこの二人。
片や、青の制服に身を包んだ長髪の男性。
片や、白のコートに身を包んだ魔の探求者。
会話噛み合ってないのに、互いに怒りやら嫌悪感だけはきちんと伝えてるし。
あたしもフォローのし甲斐がないよ。
現実逃避がしたくもなるよ。
自分語りをして現実逃避がしたくもなるなる。
「ねー、あのぅ。ちゃんと話をしたほうがいいと思うんですけどー」
「その貴様が盗んだもの……よもやただの宝石だとは思っていないだろうな? ならば今すぐにでも自ら罪を懺悔すべきだ」
「盗むなどという野蛮な行為をするはずがなかろう。我こそが闇なのだぞ」
あ、もうなんかドッジボールしてるね。
会話のドッジボールを見させられる観客ってどんな顔してればいいのかな。
「いや、もういい。説得は諦めよう」
「ふ、ようやく諦めが付いたか」
お、話が落ち着きそうな気配?
「まず寝てもらおう」
「ぬ?」
「【加速】」
「ぬぉっ!?」
あ、話がややこしくなった!
ってか速っ!
い、今の確かに魔法の詠唱だったよね?
一瞬の内に窓から飛び出ていったみたい、だけど……。
いやいや!? それよりも、魔の探求者も一緒に吹っ飛ばされちゃってるじゃんか!?
そしてついでに窓が壊れてるのあれたぶんあたし達の弁償になっちゃうよぉー。
お金あんまり持ってないのにぃー。
えっと、窓のことは一旦無視無視。
たぶんすぐそこにいるだろうし、外に出てみるかな。
念のため、あたしは魔の探求者のお部屋から自分のお部屋に移動しまして、三本の杖を手に取る。
とてとてとて。
階段を下りまして、まだちょっぴり寒さを感じる夜に身を晒す。
意外と暗い中じゃあ人の判別が付きづらいかなと思ったけど、そこは安心、光り輝く紫が。
たぶんあれ、魔の探求者だろうなぁ。まーたあんな馬鹿でかい魔力を隠さず放出しちゃって。
「……やる気か? この聖天騎士団の一人を相手に」
「聖とは、闇と対立するものであろう? 相手が誰であろうと関係ない」
「確かに君の魔力、恐ろしいほど膨れ上がっているのを感じるが……それでもこの私に勝てるとは努々思うなよ」
喧嘩の域に収まってくれるといいなぁ。
あんまし周りに人の姿は見えないけど、注目されそうよね。悪目立ちって言うべきか。
二人の間に、緊張が高まる。
「ふっ」
「む!」
あ、また物凄い速さでウェインリーさんが動いた!
け、ど、今度は魔の探求者、反応して、炎の槍を小さく横にかざしてみせた。
瞬間、ドッ、と火花が散る。ウェインリーさんの持つ細い刃の剣と、魔の探求者の持つ深い紫色の槍とがぶつかりあったみたい。
「よく反応した」
「初めてだ、目で追えぬ者よ。我が邪眼を使う時がよもやこうも早く来るとはな」
「邪眼……?」
たぶんウェインリーさんの魔法は、自身の身体強化。
文字通り、【加速】する魔法なのだろう。
でも凄いね。あんなになるまで加速したら、平衡感覚とか狂っちゃって途中でこけちゃいそうなものなのに。ウェインリーさんきちんと踏み込んでるもんなぁ。
いや、感心してる場合じゃなくって。
止めなくちゃ、でした。
コホン。
「二人とも、ちょっと落ち着いてください!」
「ん?」
「なんだ止めるな。これは光と闇の抗争なのだぞ」
こんな小さな光と闇の紛争があってたまりますか。
もう魔の探求者ってば、最初から話そうって気が全然なかったじゃない。
あたしも一緒に冤罪をかけられているこの状況じゃ、ただ話しても確かにウェインリーさんに納得してもらえそうな気はしないんだけど。
でもあたしも魔の探求者も、宝石泥棒をしたわけじゃ、ない。
「信じてもらえるかはわかりませんけど、あたし達、盗みなんかしてないんです」
「……それを、証明できるのか」
「わかりません。でも、説明はできます」
「それは後で、君ら二人ともを檻に入れてからでも遅くはないと思うのだが」
「誤解が解けるのは、早いほうがいいでしょうってね」
あたしは手に持った三本の杖から【光渡しの杖】だけを残して、他の二本を地面に優しく置く。
お願い、力を貸して。
欲しいのは、でも、人にぶつかる力じゃない。
人と人とを繋げる、優しさ溢れる光の力。
あんまりだらだら話すことでもないから、警戒しているウェインリーさんを他所に、あたしは勝手に杖から魔法を借りる。
「【記憶複製】」
相変わらず地味な魔法ですが。
やるべきことはしっかりと。
力を加減して、あたしのここ数時間分の記憶をまとめあげる。ついでに、要らない情報は省いて。きっと伝わる分だけを丁寧に丁寧に。抽出してやる。
その作業行程は誰に見えるものでもないけれど、あたしの中では可愛いバンクが流れている。
昔見た魔法少女の必殺技みたいなね。
「これでいいかな」
最重要項目を取り出したあたしの記憶を、そのままウェインリーさんに渡す。
どかっ、とね。
「うぉっ!?」
急に頭の中に流れ込んできた異物にウェインリーさんが驚いて、鍔迫り合いをしていた魔の探求者から距離を取った。
「貴様、何を……」
「あ、落ち着いて。ゆっくり、ここ数時間を辿るようにすれば違和感なく思い出せるはずです」
「思い出す、だと」
今使った魔法は、【記憶複製】。
あたしの記憶を他の人に渡すことができる、【光渡しの杖】が持つ魔法。
あくまで記憶でしかないから、遠い過去が微妙にぼやけていたり、あたし個人の感情によって捻じ曲げられていたり、誇張されていることもある。
あと、偽物の記憶、つまりは捏造した記憶を作ることもできない。結果としてあたしが捏造していることはあるかもしれないけど、意図的に捏造するのはNG。
だからあんまり汎用性が高いわけじゃないんだけど、ただでさえあたしは魔力を持っていなかったり、そもそもこの世界の住人じゃなかったりと、信じてもらえそうにないことが多いので、単純にこの魔法があるととっても便利。
「どう、あたし達、本当に盗みとか、そんなこと、してない」
「これは、記憶か……記憶を渡す魔法など聞いたことがないぞ……いや、しかし、これが本物である証拠など、やはり、ないではないか」
「ないです。だから、信じてもらうしかない」
あたしは、はっきりと言う。
大体、はっきり言わなきゃ伝わるものも伝わらない。
それは、科学溢れるあの世界でも、魔法広がるこの世界でも、同じこと。
「あたし達にはそれは、ただの宝石にしか見えない。王都の聖騎士様がわざわざ出向くような事件に、この宝石がどう関っているのか、知らない」
「……」
「魔の探求者は、口では難しくて遠回しで、闇とか悪とか自分のことを酷く言うけど、あたしのことを助けてくれたんです。あたしの作ったご飯をおいしいって言ってくれるんです。優しい人なんです。信じて欲しい」
「……」
あたしは真っ直ぐウェインリーさんの目を見て。
きちんと、ゆっくり、はっきり、伝える。
悪い人なんて、ここにはいないはずだ。
だから、伝わるはずだ。
伝わらなきゃ、嫌だよ。
「わかった……ひとまず、ゆっくり話を訊こうじゃないか。君らの話を。一方的に決め付けてしまったのは、事実だ」
あたしの言葉を聞いたウェインリーさんはそう言って。
剣を、鞘に収めた。
合わせて、魔の探求者も魔法の発動を取り消す。
伝わった。
良かった。
「事実だが、一つだけ、言わせてくれ」
「え、はい、なんですか」
「こいつは気に喰わん」
「へ」
ウェインリーさんは、その綺麗な顔で笑って。
魔の探求者を指差した。
あぁ、そっか。
こんな怖い笑顔なのにね。
目の奥が全然笑ってないのにね。
不思議とあたしは、ウェインリーさんのその表情、なんかいいなって。
そんなことを思ってしまいました。