裂け目の風雷編 8
「始まったばかり……って言ったものの……いつ、いつ合流地点に到着するのさ!?」
迅速に泣き言を零していくのは、あたしのライフスタイル。
いやあのね、皆様が一体どちらにお住まいなのか知らないけどね、少なくともあたしの過ごした日々の基準じゃあ「真っ直ぐ道なりに進めば合流するよ!」って言われたらまず間違いなく「なるほど三十分くらいですぐ会えるのかなー」って思うよ!
まさかここに至って、既に三時間以上が経過しているだなんてちょいと信じがたいね!
あまりにも歩かされるもんだからあたしの女子力メーターも底をつきそう。内股で歩く気力もない。気力あっても内股でなんて歩かないけどさ。
「フフフ、魔の探求者……目の前に罪深き暗闇が見える……そうか、我もまた、闇に魅せられし迷い子であったな……」
「バカ言ってないで歩きなさいよ」
「バカくらい言わせて欲しいなぁ」
「バカじゃないの」
血も涙もないアマネちゃん、ないしは意外と我慢強いアマネちゃんに(文字通り)尻を叩かれながらあたし達はずんずんと前にひたすら進んでいた。
最初にいた位置よりもだいぶ下層に来た印象があるのは、数回階段を降りたことや一度ほぼ穴と言って差し支えないような坂を下ったことから間違いないはず。
どこまで進めば合流地点に辿り着くのか、いよいよ不安にもなろう時分。
あたし、雄図を目指す割にはせっかちなのよねぇ。こんなことで元の世界の情報がちゃんと見つかるのか、もう全く全然自信がない。
諦める気もないから、それについてはどうでもよかったりするんだけどね。
「それにしても、さっきから結構視界が悪いのって、気のせいじゃないよね?」
「ええ、下層に行くにつれて灯りが弱くなってる。外の状況は一切見えないけど『存在し得ない塔』にも地上と地下の概念があるのかしら」
「どの階で覗き穴見ても真っ暗なんじゃあ、地上も地下もなさそうではあるけどなぁ。ただ塔の内部に階層の概念があることだけは確からしいな」
そして相変わらず頭のいい二人。
優等生に挟まれて、あたし、ちょいとばかし居心地が悪い。あ、あたしだって難しい話くらいできるんだから。しないけど。できないけど。できなかった。
「灯りより気になるのは……【貫通】……雑魚しか湧かないことよ。普通こいつらにしたって、もっと堅くてもっと速いはずなんだけど」
三人の中で先頭に立つアマネちゃん、何気なく疑問をあたし達に振りながら音速鳥を【貫通】の魔法で撃ち落とす。
実の所音速には迫らないものの、高速で空を駆け、一直線に人間の急所を狙って嘴を突き立てる、脅威に値するはずのこの精霊を、全く動じずに屠る。
この音速鳥って精霊、系譜としては【風】の実体化に近いものらしいけど、同様に【風】を得意とするアマネちゃんにはその流れが手に取るようにわかってしまうのだとか。本来なら、この妙に薄暗く、幅もそれほど広くない塔の通路内で突如として現われ、自分目掛けて飛翔する音速鳥を目視したが最後、次の瞬間には体のどこぞやが貫かれているという恐ろしい精霊なのだけど。残念ながらアマネちゃんには獲物を補足し、狙いを定め始めた空気の変化でその存在を確実に感じることができるんだって。
うーん。そんな事前知識を踏まえるに、さ。
出てくる方々が弱いのではなく、アマネちゃんが強いのではないでしょうか。
「アマネちゃんが強いだけなんじゃないかな」
「阿呆でしょ。そんな当たり前のこと今更気付いたの? それは当然として、弱すぎるって言ってんの」
「弱いってことは、確かか?」
「耐久が以上に低い。こっちの威力を抑えても十分に一撃で破壊できるくらいにね」
バンくんがアマネちゃんとの会話を続けてくれるけれど。
うーん。戦ってすらいないあたしにはよくわからないしなぁ。
っていうか発言通り、あたしの主観で物を言わせてもらえば、「進行方向上に現れたよくわからない精霊さんを一撃で仕留めるアマネちゃん」以外見てないんだから。
阿呆じゃないと思うよ。ちゃんとアマネちゃんのことじっくり見た上での発言だよ。
と、そんなことはアマネちゃんに伝えても仕方がないので、一応は真面目に考えてみる。
考える。
気付く。
「……そもそも強い弱いって、相対的な評価だよね? だからアマネちゃん、前にいつだか戦ったときと比べて弱いって言ってるんだよね?」
「……」
あ、黙った。
これは図星なパターン。
じゃあ、もう一人の怪しい人にも同じく聞いてみようかな。
「バンくんはどう? 前に会ったときと比べて」
「……」
あ、黙った。
これは図星なパターン。
じゃあ、もうあたしも黙ってようかしら。
「……」
「……」
「……なんか言いなさいよ」
「アマネちゃんもバンくんもあたしの質問を無視したので会話が途切れただけです」
「別に無視したわけじゃあ」
「アマネちゃんもバンくんもあたしの質問を無視したので会話が途切れただけです」
ダンコとしてあたし、引いてやらない。
気持ちの上では某国語の過去問に出てきたおばあさま。ゴメンナサイネの精神をあたし、忘れない。や、あたしあの年の受験じゃなくて良かったって心から思います。
聞かれたくないこと、に決まってるけど、ここでそんな甘さを認めてやるつもりはないのです。
ウェインリーさんのときと違って、目の前の状況に対して直結しているし、ついでに今はあたしの対応が差し迫っていませんので。あとちょっぴりアマネちゃんを苛めたい欲もある。
「あぁもう、アオイ、あんたって変なとこ強情よね。そうよ、この間来たときに比べて手応えがない、確実に弱い! これでいい?」
「音速鳥も全体的に速さが微妙だな……緩慢っつーか、まるで、そもそも俺達を狙ってないような軌道を描いてた奴もいたし」
わ、わー?
急に饒舌になった。
切り替えが早いのか……はたまた諦めが早いのか……もしくは頭の回転がいいのか。
どんな理由にせよ、前回から違うと感じる点を知れるのはありがたい。許可がなければ入れないこの場所に、どうして「前回」を知る機会があったのかも気にはなるところだけど、そこまで突っ込むのは違うと思う。それに、気にはなるけどそれはあたしの知るべきことじゃない。
仮に切羽詰った事情があったとして、仮に犯罪に手を染めていたとして、今ここにいるあたしには関係がない。ひょっとすれば、全部終わってから追及すべき事態ではあるのかもだけどね。
「精霊の強い弱いって、どうやって、何で決まるのかな」
「……え、あの……?」
「種族間としては発現できる魔力量の差、個体間だと魂、まぁ物語の歩み方による戦略の差が出てくるな」
「結局、動物となんにも変わらないか。そりゃ獅子はワンちゃんよりは強いだろうし、同じ獅子の中でも強弱はあるよねぇ。っていうかアマネちゃん急にどうしたの? お腹痛いの?」
「いっ、痛くないわよ」
「アマネはあれだろ。散々アオイが『どうしてこの地を訪れるのが初めてじゃないんだ』って話題に触れてきた癖に、必要な情報だけ受け取ってそれ以上を聞いてこなかったことに安堵と驚きを浮かべてるんだよな?」
「……あんた、読心でもしてるのかしら? 将来の夢は占い師?」
また顔を真っ赤にしたアマネちゃんが、それでもなお頑張って毒を吐いている。その姿はなんだかとっても可愛いくて、思わず写真に収めてしまいたくなる。カメラないけど。
こう……女の子があたしの前で恥らう姿が一番よいと思います。
あたしの前で、これ重要ポイントね。
彼氏とイチャコラするよりあたしと楽しいことするほうが絶対楽しいのに!
と、声を大にして宣伝だけしておきたい。
このアマネちゃんと、エクシーの町のアリちゃん、そしてこのあたしアオイ。『ア』から始まるハーレムをいつか築くことがあたしの夢なんです。あれ、このハーレムだとあたし自身も一員か……困ったな。
「聞く気がないんなら最初から触れないでよね」
「ううん、言ったでしょ。アマネちゃんとバンくんが知ってるなら、その情報は持っておきたいんだって。二人がどんな事情でどんな手段でここに来たのかはすごく気になるけど、そんなことより今は自分の身が大事」
素直に話すと、「あっそ」って答えて、アマネちゃんは溜息と一緒に手を前に突き出した。
その手の平から、【風】が放たれる。アマネちゃんの白くて綺麗な腕から流れるように。
またしても影から現れた音速鳥が、不意にアマネちゃんの手前でその動きを停止する。
激しい風切り音があたしの耳を劈く。
「包め、覆え、潰さず……留めろ」
アマネちゃんが紡いだ言葉は、別に魔法ではなくて、単に力のコントロールをしているだけのようだ。
暴風が全身を揺らして、あたし達、髪なんかぼっさぼさ。
でも、アマネちゃんの魔法は完全に音速鳥の動きを凍結させた。羽ばたこうにも羽が動かない。どこか地に足をつけようにも体が落ちない。
宙に固定させられた音速鳥にバンくんが近づく。その鈍色の羽や体をぐるりと回って色んな角度から観察していく。
バンくんは微かな【風】を身に纏うことでアマネちゃんの生み出した風をどうにか避けてるみたい。もしかしたらアマネちゃんの方も、バンくんがそうすることを踏まえた上で出力を抑えているのかもしれない。
その目的は言わずもがな。
何が違っているのかを知るためだ。
「どう?」
アマネちゃん、端的に結論を尋ねる。
「弱いんじゃないな。弱ってる、だ」
バンくんもまた、簡単に結論付けた。
弱っている……つまり、元から二人の知る強さを持たない個体が現れたのではなく、何かしらの原因があって、ダメージを受けて、弱っている個体がこの通路にずっと出現していた、と言いたいらしい。
でもそんなことがあるんだろうか。
試験期間中、この三泊四日の間は誰一人として部外者の介入を禁じている、ってユリノさんが言っていたのを確かにあたし、聞いてる。
あと、そうなると、聞いておきたいことは……。
「精霊さんも、同士討ちするのかなぁ」
「力関係はあるわよ。どこにだって」
あるんだ。悲しいなぁ。うん、まぁ他の種族の在り様を憂う前に自分達人間からどげんかせんといかんとは思いますけどもね。
動物の弱肉強食の様を見たって何にも思わないのに、人が人と争う姿は胸が痛いなんて、エゴもいいとこ。でも、だからこそ、あたし、人は人だよなぁって思うな。
「同じ精霊同士でも、他の受験者にせよ、或いはイレギュラーが発生しているんだとしても、俺達に残された選択肢はどうせ進む一択だしなぁ」
「イレギュラーが起こるのは構わないけど、明らかに試験の範疇を超えないでは欲しいわね」
「お、珍しく自信がないのか?」
「馬鹿? 『風雷』飛び越えて『深淵』級の事件が起きてたらどうすんのよ」
「はは、アマネは危機管理がしっかりしてんなぁ」
「笑ってる場合じゃないでしょうが」
仲良いアマネちゃんとバンくんの寸劇をしっかり鑑賞。こういう時はあたし、口を出さないでおきます。
あのう、芸人さんのね、劇場を観てるときはね、基本はお静かにってね。笑うべき箇所は遠慮なく笑う。しっかりお話を聞くときは聞かなきゃね。観に行ったことないのだけど。
あのう、歌手さんのね。お歌聞いてるときはね、基本はお静かにってね。盛り上げる箇所は遠慮なく合いの手を入れて。しっかりお歌を聞くときは聞かなきゃね。聞きに行ったことないのだけど。
そういえば普通にないよなぁ。ライブとかイベントとか。
誘われたことはあるんだけど、この人たちが凄く好きって感覚があんまりなかったもので。きっと行ってみれば楽しいのかもしれないけど……うーん、どうかな。
お笑いの人のネタだって全部が全部ツボに入ることもないだろうし、ある歌手の人の歌を全部知ってるわけじゃないからライブの途中途中に知らない曲歌われるのもねぇ……なんて考えてたら行くに行けないのよ。
あ、映画もレンタルで済ませちゃう派。
しかしまったく、この世界の娯楽はどれも魔法の使用が前提で嫌になっちゃう。
「ふう、そろそろいいかな? アマネちゃん、バンくん。とりあえず注意しながら進んでみよっか」
「アオイに纏められると反発したくなるのは何故かしらね」
「俺達も大概だけど、アオイもおかしな性格してるよなぁ」
「あんたらと一緒にだけはされたくないわよ!」
口喧嘩は続けながら。
すっとこ三人組はわちゃわちゃしながら、けれど全員周囲への警戒は怠らずに、更なる深みを目指していく。
変わらぬ灰色の地面と壁が続く続く。
けど、異様な雰囲気だけは、確実に近づいている。
あたしにもわかるくらいに、肌で感じる空気が重く、冷たくなっている。
一体何が待っているっていうのかわからない、けど、今はアマネちゃんもいる、バンくんもいる。きっと何かが起きてもバンくんが正しい対処法を導いてくれるはず。強敵が現れてもアマネちゃんが真正面から倒してくれるはず。あたしのことなら、きっと杖が守ってくれるはず。
こういう、先が見えなくて怖いなって気持ちと、魔の探求者やウェインリーさんも戦ってるのかな。その度に、背中を預けられる誰かのおかげで前に進んでたりするのかな。
いつか、その二人があたしのことを信頼して、あたしの力で前に進んでくれるといいな。
勿論、アマネちゃんやバンくんとこれからも関係が続いて、そういう間柄になれたらとってもとっても嬉しい。
* * *
暫く歩き、あたし達は下へ、下へ。
長い階段の果てに、大広間が見えてくる。一歩足を踏み入れると、そこには大きな半円状のドームのように空間がぽっかりと空いていた。
広いだけじゃなく、天井までもが不思議と高い。その天井からは雪のように、灰が降っているみたい。
――果たしてそこに、それがいた。
「灰色の……お姫様?」
あたしの第一印象はそのまま、灰色のお姫様。
ドームの中心にぽつりと佇むのは、儚げで可憐な一人の少女の姿。
召しているのは古めかしいワンピースドレス。でもどこもかしこもボロボロに縒れており、あちこち破けた箇所からは驚くほど真っ白な肌が覗く。
本来眩しいはずの金の髪はくすみ、濁り、銀と灰の中間の色彩を露わにしている。
ドレス自体も灰色だから……や、違うな。よくよく見れば、髪もドレスも灰色なんじゃなくて、ただ灰を被っているから白に近い灰色に見えるだけみたいだ。
天井に浮かぶ魔法の明かりは一点、そのお姫様だけを照らし、まるで劇場の主役よろしく少女はぼんやりと宙を見つめている。
横顔からでも十分にわかるほど整った目鼻は、もう本当に人形のように美しく、それでいて不気味だ。本当に生きているんだろうかと、遠巻きに見ただけじゃあ判断することができない。
でも、なんだか、とっても、儚くて、触れてみたい……。
「下がっれぇっっ!!!」
「アオイっっ!!!」
と、更に一歩を前に出そうとしたあたしの腕を、二人が全力で引いて後方に下がろうとする。
何が起きたのか全くわからないままにあたし、激しく後退していく。
「えっ、なに!?」
あたしの困惑も無視して、アマネちゃんとバンくんは走って来た道を戻る。
ううん、戻ろうとした。
けど。
目の前に現れたのは、つい数秒前まで存在していなかったはずの裂け目。狭い通路を塞ぐように、禍々しい空間の裂け目ができていた。
突如として現れ突如として消滅するとは聞いていたけれど、まさか今自分達のいる場所で起こるなんて。
さすがにアマネちゃんも狼狽した声を出す。
「裂け目!? なんでこのタイミングで!?」
「この際構ってる場合じゃない!! 飛び込むぞアマネ!!」
「くっ、了解!」
緊迫したやりとりを短く済ませて、二人はあたしを引いたまま大きな裂け目に飛び込んだ。
未知の裂け目に入るということは、出た先に何があるのかもわからないのだから当然危険なこと。王都に戻るならそれもいいけど、また別な場所に飛ばされたらすぐにでも迷子になってしまうはず。
――けど、そんな心配も杞憂で、あたし達が見たのは、角度を変えた、灰色のお姫様。
角度が変わってるってことは、それすなわち、同じ部屋に出てきたってこと。
あたかも裂け目によってこの空間が閉鎖されているかのように。
「他に出口は!?」
「駄目だ、この部屋の出入り口が裂け目に塞がれてるらしい!」
「っ……!! あれと、やりあえってこと」
「それしか、ない、かもな……」
苦々しく呟いて、アマネちゃんとバンくん、掴んでいたあたしの腕を離した。
まだ状況がいまいち飲み込めていないあたし。
臨戦態勢に移行する二人。
一応二人の雰囲気から、何が起きたのか察することは容易。
たぶん、異常事態発生、だ。
あたしも腰から【月繋ぎの杖】を取り出して構える。
「非常事態なのはわかったけど、えと、どのくらいやばい状況、これ?」
でも、少なくともアマネちゃんとバンくんが一目見て即座に逃げを選ぶくらいには、まずい状況のはず。
あの女の子が一体どれだけの脅威だって言うのだろう。
「あれは『灰かぶりの宴』。通称『魅惑の悪魔』」
「なんでこんな塔にいるのか知らないけどな……『ファラ・ミル』周辺の裂け目の世界で一時期猛威を奮っていたが、殲滅作戦が決行されてからここ数年、目撃情報はなかったはず」
『ファラ・ミル』とやらがどの地域なのかは当然のごとく知らなかったわけだけど、なるほど、王都テクサフィリア周辺の裂け目が繋がっている世界、存在し得ない塔にはいないはずの精霊らしい。
てっきり灰色だから普通にここの精霊さんかと思った。
「ほら見なさい、あれ」
アマネちゃんが指差した方向。そこに、音速鳥が数体落ちている。
力尽きたように。羽ばたく力を失ったかのように。
でも死んだわけじゃない。ただ、ただ弱っている。
「まず脅威なのは【魅了】からの【枯渇】。迂闊に近づけば魔力を削られる。で、距離を取ってもこの部屋に閉じ込められてる今、あいつのオリジナル、【灰降らし】からは逃げられない」
「っつーか、さっきアマネが言った通り、俺達はどうやら『風雷』の認定試験を受けに来ていながら『深淵』クラスの精霊に出くわしたって感じだな」
『深淵』クラスの、精霊。
その言葉に、ようやく実感として、今の危険度を理解する。
思わず、杖を握る力を強める。
「まず間違いなく、試験とは関係ないでしょうね。すぐにでもあの馬鹿試験監督に伝えたいとこだけど……行くも戻るもできないんじゃ望みは薄い」
「ユリノさんのこともそんな言い方なのねアマネちゃん」
敬語使えないのかしら。
いや、ウェインリーさんに対しては敬語だったわね。あれ敬語なのか微妙なとこですが。
『ダ、レ?』
無機質な声が耳に届いた。ようやくあたし達のことを認知したかのように、顔をゆっくりとこちらに向ける。
白い肌、赤色の瞳。くすんだ灰が舞う中、少女は高らかに歌い出した。
『ラー、ルー、ラー』
抑揚のない単調の声。透明で艶やかで、なのに単調なその歌は、少しずつあたしの心を蝕むように、不吉な音を脳に植えつける。
なんだか、寒い。冷たい。
あたしの本能が、この場所にいてはいけないって、警告を鳴らしてる。
「……あんたの力、悪いけど、借りてもいいかしら」
「四の五の言ってる場合じゃないだろ、使えよ」
「……ごめん」
「らしくねぇな。その迷いが生死を分けることもある。正しい判断だ」
「じゃあバン、あんたが前衛であいつの注意を惹き付けて防御に専念、動きながら作戦を立案すること。アオイは……あの髪伸ばす以外に何が出来る?」
「え? えっと、一つだけ魔法を吸収して放出できる! あと記憶の複写!」
「片方は使えるけど片方はゴミね」
「アマネちゃん辛らつっ!」
流れるように馬鹿にされて、けどあたしもふざけずに答える。
どうせなら最初から役割を決めておけば良かったかな……って、どうしてバンくんが前衛なのかしら。あたしやバンくんは弱っちぃんだから、後ろでアマネちゃんを助けるほうがいいんじゃないかなぁ。
「じゃあアオイ、まず吸収の魔法でこの灰、止められる?」
「や、やってみる!」
「その後は後方から髪の毛伸ばして三人の防御。隙があれば攻撃も追加!」
「ラジャー!」
的確な指示を受けて、あたし達、散開する。
バンくんが一直線、灰かぶりの姫に向かっていく。
アマネちゃんもまた、懐から何か、剣……ううん、あれは刀、かな。この世界において日本刀を作るような鍛冶の技術が発展しているとは驚き。や、防具やウェインリーさんの細剣を見るに、合金を精製したり鍛冶職人自体は存在するんだろうけど、よもや簡単には使えなさそうな日本刀も存在するなんて。
「なんて、言ってる場合じゃない、か」
そっと息を吐く。
大丈夫、呼吸は全然乱れてない。
集中しろ、あたし。
「行こう、【月繋ぎの杖】」
月だって、こんな灰色の世界じゃ光が淡くて嫌でしょう。
あたしも、嫌。
相手がどんな奴だとか、関係ない。
あたしの壁になるなら、当然、壊す。
「ふぅ……【月の光】」
力を込める。
魔力が湧き出す感覚が確かに、ある。
またこの魔法にも、十五億とかって膨大な量の魔力が注がれているんだろうか。
わからないし、とっても怖い。
でも、やれることはなんでもやらないと駄目ってことは、もう散々思い知らされた。
今だって命の危機にあるんだから。
使えるあたしの力は、全部アマネちゃんとバンくんのため、使ってやる。
「消え、てっ!」
ぴたり、と。
あたしの思いに呼応して、魔法が止まる。
空間に散っていた灰の雨が止む、と同時に視界が晴れる。
さっきまで感じていた不安な感情もまた、晴れて、軽くなっていく。
「やるじゃない。これでかなり楽に戦える!」
「あぁ、行くぞアマネ!」
「あんたに言われたくない!」
『ヒカリ、ガ、キエ、タ? ドウシテ? ドウシテ?』
震える声を出す灰かぶりの、その小さな体から発せられる妖気が増していく。
あたし、【月繋ぎの杖】を一旦腰に収めて、【精霊の杖】を構える。
アマネちゃんの指示の通り、今度は後方から【杖罪】を使うタイミングを測る。
ここからあたし、本格的に『灰かぶりの宴』との交戦に入るのです。




