魔の探求者編 2
小さな小さな町、森に囲まれた町、『エクシー』。
周囲一帯に溢れる多様な木材って資源を切り売りして成長した、自然という世界の愛に育まれた町。そこがあたしの故郷。
別に意味なんてなかったんだけど、あたしは二十歳の誕生日を機に町を飛び出した。正確には、歩き出した。うん、飛び出してはいないかな。
勿論エクシーの町は暖かくて優しくて何の不自由もなかったし、別に反抗期だからだとか壮大な野心があったわけじゃない。
ただちょっと知りたいことがあってね。今向かっている王都『テクサフィリア』とか、他にも大きな町、必要があれば大海を渡った果ての大陸にだって行ってみたい。とにかく、必要なのは知識。
あたしはどうしたって、ただ一人の女の子でしかない。小さな町でただ、大切な家族や友人たちと閉じこもっているだけじゃ何も得ることはできないから。
だからあたしは一人旅立つことにしたのです。
まずは王都に向かうことにした、その目標立ては悪くなかったんだけど、いやはや如何せん自分の無計画さってものをまざまざと見せ付けられてしまいまして。
あたし、元々あんまり計画ってことが得意じゃないのよね。
いや、これはただの怠慢かなぁ。
まずファーストステップ最初のミスは「お金がないので徒歩で行けばいいや」ってー楽観ね。
もうね。散々注意されたんだけどあたし、押し切っちゃったのよ。足には自信があるって。
ないよ。
あるわけないよ。
運動は大して得意じゃなくってね。
あとは争いも駄目。
運も悪いかな。
旅向きじゃないね。可愛くピチピチ、二十歳の女の子が一人旅をしようっていうのにもうお父さんに許してもらえそうな要素が皆無だね。
でもでもちゃんとお許しを貰ってエクシーは出てますので。ええ。
ただやっぱり、歩いて二ヶ月って距離を舐めていた。
二ヶ月くらいすぐに経つよね。ちょいっと頑張ればすぐでしょ。それに走るわけでもないし。手間取って三ヶ月かかってもいいでない。
ふふ、そんな甘い思考をしていた過去の自分を殴りたいよ。過去に戻るなんて芸当が出来たなら、そうね。ぺちっと頬を叩いて、「駄目でしょ。ちゃんと未来を見据えなきゃ」って言ってやりたい。
それでもあたしはこうして途方もない道のりを自分の足で歩いているんだと思うけどね。
唯一の救い、というかそれがあるからこそワイバーン運送とかじゃなくて徒歩を選んだんだけど、エクシーからテクサフィリアまでの長い道、その中途には幾つかモーテル、つまりは泊まり宿が建っている。
さすがに森の中を突っ切る道――と呼んでいいんだか悪いんだかわからない誤差範囲のレベルでギリギリ小路と認識できる程度の道だったわ――の最中にはなかったので適当に野宿をかましてやりましたけどね。
野宿なんて経験はさすがのあたしも数回しか経験していなかったからあんまり慣れなくて、おおよそ一ヶ月プラス半月くらい振りにきっちりとしたお布団で眠れたときは泣いてしまったね。すぐ寝たから泣いてないけども。
いやしかし、一番辛いのはなんと言ってもシャワーよシャワー。
お洋服も下着もあらかじめ次元圧縮をかけてもらった収納バッグに沢山入れておいたし、そのバッグの中にとにかく命を守るお水も大量に用意はしておいた。水は飲むのにも使うし顔とか体を洗うのにも使うし歯磨きにも使うし、もうほんと生きていく上で大変重要なのです。
もうね。
お察しの通り。
お水があっても、その辺のお外で裸にとかなれっこない!!
悲しい乙女の性よ。
いやむしろ街中でそんな姿見つかったら犯罪で捕まりますがな。
まぁ結局はべたつく体に精神的限界がやってきてその辺であたしのシャワーショーが開かれていたんだけどね。
一応は茂みに隠れてるから観客はゼロ。良かった。
体は清潔にしておきたい。
お風呂、重要。
お着替え、重要。
お洒落はしてもね。どうせ歩くだけなので動きやすい服装でローテ。仕方ないね。
そんなわけで初めての一人旅は受難苦難の連続。
更には悪そうな人に絡まれて「譲ちゃん一人かい遊ぼうぜ」などとテンプレもいいところって突っ込みたくなっちゃう台詞を吐かれて満身創痍。ぼろぼろなのは肉体よりも精神かもだけど。
あいや、しかし!!
そうなのです!!
ここに来てようやくあたしは出会ってしまいました。
素敵な出会いですよ素敵な出会い。
旅と言えば出会いですよねぇ。
テンプレ怖い男の人二人組に絡まれてしまったあたしを助けてくれたのは、ふふ、聞いて驚きなさい。
魔の探求者だったのです!!
……凄さがわかりづらいかもしれないね。
魔の探求者だけじゃなくってね。鮮血の伝道師だし、漆黒と紅の悪魔だし、闇より深き闇を知る者なんだ。
とにかくかっこいいんだよ。
髪は黒くてコートは白くて出す魔法は紫色で、たぶん虹色の炎を出せる人。
その内側に眠る魔力はとてつもなくって、放出するだけで男二人が尻尾巻いて逃げていくほどの強さ。
実際にあたしがさっき見たのは紫色の炎で槍を造形する魔法【虹炎槍】。
結局見せるだけで攻撃もなにもすることはなかったけれど、あれは人を傷付けるための力なんかじゃないと思う。たぶんね。たぶん。知らないけど。
もっと強力で、そうね。洞窟を作ったりするための力なんじゃないかな。海底トンネル製作とか。
「いや、我は常夜之闇を渡り歩く者なり……つまりなんだ、インフラ整備のための力ではない」
「そうなの」
「あとな、我の力は【虹炎槍】ではない。【虹炎奏】である。紫色は天に架かる眩きアーチの最も内側。序曲を奏でし炎」
「そっかぁ。でもあたし、あんまり音楽って詳しくないのよね」
「む……わ、我もその、詳しくはないのだが」
「そうなんだ。あ、豪勢なものでもないけどご飯、是非食べてくださいね。えへへ、これでも結構料理の腕には自信があるんですよ」
「ではいただくとしよう……ほう、悪くない」
「え、悪くないって、あんまりお口に合わなかった、ですか……?」
「いや違う!! 我のように毒を喰らわねばならぬこの世ならざる者とはこうして温もりに溢れた食にありつけることが滅多にないために最早麻痺してしまった舌を慣らすまでに時間がかかってしまうのみだその証拠に……うむ! 食せば食すほど美味ではないか!!」
「あはは、よかった。せっかくなのでたんまり食べてください。実は食べるより寝ることに力を注いでる所為で、食料が余っちゃってるんです」
時は月上りし夜。
場所は何の変哲もないモーテルの一室。
魔の探求者と一緒にご飯を食べてます。
成り行きで王都まで一緒に歩いていくことになったあたしと魔の探求者はお互いの自己紹介も兼ねて、小さなテーブルを挟んで向かい合っております。相部屋になんてしてないけど、今は魔の探求者が借りたお部屋にいます。
あたしが調理をしたのはそこから十数歩のとこにある共用キッチン。この辺ってそれほど人通りが多くはない印象だけど、王都に近づいているだけあってか、意外と小綺麗で器具も揃ってた。ついでに意外とお高い宿でした。
ただし……調理にあたって、案の定、問題があって。
「結局魔法の使用ありきの調理器具しかなくって。あたしには扱えなかったんですよね」
そう。
そうなの。
ここに限った話じゃないんだけどね。
もうなんていうか、この世界の器具って相当数が魔法の使用を前提としているの。
一度火がついてしまえばそのまま持続してくれるコンロはけれど、火をつけるのに【炎】とか何かしら火の魔法できっかけを作ってあげなきゃいけない。
最近はたまーに、完全独立型のマジックデバイスも見かけるようになっているみたいで、使用者からの魔法供給なく作動してくれる器具も売り始めているみたいだけど、やっぱりそれは高価だったり、中々使用回数が少なかったりとまだまだ解決すべき問題が山積み。
世間では早く冷蔵庫が独立型にならないかと心待ちにしている人が多くいるみたい。
あたしは冷蔵庫よりも先に火が欲しいな。
「しかしな、我とて初めて聞くぞ。その身の内に魔を秘めぬ者の存在など」
「そうですよね。珍しいってよく言われましたよ」
そうなの。
人は皆、自分の内側に魔力って目に見えない力を宿している。あ、でも魔法の研究に身を窶している賢者さんとかの中には魔法って概念が見える人もいるみたい。
人々は誰でもその魔法を使って世界に不思議を起こしている。
魔法っていうのは、イメージの具現化。
こうあって欲しいと思い描いた変化って器に魔力って水を注いで完成する事象のことを、どうやら魔法と呼んでいるみたい。
さてはてしかし。
あたしにはその魔法ってものが使えない。
何故ってそりゃあ、魔力が空っぽなんだもの。
「魔法がないと何かと不便なのよね。ないものは仕方ないからどうってことないけど」
「だが汝は杖を持っていただろう。【月繋ぎの杖】と呼称したものに加え、更に二本。しかもあれは間違いなく無効化の魔法……ま、まさかあれは魔法ではなく呪術!?」
「え、ううんあれは魔法だけど」
「お、おう……」
あらら。
なんだか魔の探求者がしょぼんとしてる。
何故かしら。
「確かに杖、三本持ってる」
それも全部、ペンくらいのサイズじゃなくて、歩行の手助けをしてくれそうなほど大きなものが三本だ。
取っ手がカタツムリみたいに丸くなっていて、本体もちょっとぐにゃぐにゃ捻じ曲がっているのが【月繋ぎの杖】。
取っ手と本体とで「丁」の字みたいになっている、ぴんと真っ直ぐな杖が【光渡しの杖】。
そして、まるで雷を顕しているかの如く尖った杖――それで、ある意味あたしにとって一番大事な杖――が【精霊の杖】。
あんまり力持ちじゃあないけどね。でもこの三本はちゃんと自分の力で持って歩くって決めたから、いつでも肌身離さず持ち歩いている。ちなみに今は持ち歩いてない。肌身離してた。
「さっき見せた魔法は【月の光】。無効化、じゃなくて本当は吸収と反射の魔法なんだけど、反射する意味はなかったから」
「吸収か。だが魔力がないのにどうやっている」
「つまり、あれ、あたしの魔法じゃないの。【月繋ぎの杖】の魔法」
「なるほど。巷で話題の完全独立型か。俺も直接見るのは初めてだが……回数に難があるとは定かか?」
「常識で考えれば制限があるかもですけど、今のところはわっかんないかなぁ」
あたしに魔法は扱えない。
でも、杖そのものに魔力が宿っていて、そのトリガーにすら魔力を必要としないのであればあたしにも魔法が使える。
三本の杖には膨大な魔力が込められている。とはいえ、三本合わせて魔の探求者といい勝負なんじゃないかしら。
そのくらい魔の探求者が繰り出した魔力量は凄まじいものがあった。
「ただ、ちょっと出自が特殊でして。制限があったとしても、なんだか一生使えるくらいの魔力がある気がしますね」
「ふ、やはり異端の者に惹かれるは異端の力ということか……」
「おぉ……かっこいい」
いいなぁ。あたしもそんな台詞を吐いてみたい。
「魔の探求者こそ、あの魔法ってオリジナルでしょう? やっぱり、異端の力を秘めてるのね」
「気付いたか……その通り、我が【虹炎奏】は我のみに許された咎の炎……本来我には虹などという輝きとは共存できない、が、光に縛られし力もまた悪くない」
「うん、全然わかんないけどやっぱりいいですよねぇ。あたしの杖も言ってしまえばオリジナルの魔法みたいなものなので愛着があるんですけど、自分の魔法があるってかっこよくて羨ましい」
「なに、闇に全てを呑まれし者が未知の力を手にしているだけのことであろう。魔法を持たぬ存在……美しいではないか」
褒められると照れちゃうね。
ほんと、良い人に会えてよかったよ。
と、まぁご飯を食べながら談笑していると、ドアをノックする音が聞こえた。
なんでしょう。
モーテルの管理人さんかな。
「何用だ」
魔の探求者がドアを開ける。
「何用だ」って開けるのはどうかなと思うけども。礼儀は大事よ。
あれれ。正面に立っていたのは、先ほど受付にいたおじさまではなくて、見知らぬお兄さんだ。
どちら様?
「夜分に失礼する。私の名はブラムス・ウェインリー。王都に勤める聖天騎士団が一人である。幾らか尋ねたいことがあるのだが」
「我に尋ねごとか……聖に仕えし者よ……貴様も闇に染まる前に用事を済ませよ」
「闇?」
聖天騎士団、といえばあたしでも知ってる大型組織だ。
王都はその性質上良い人も悪い人もたくさん住まうし、何かと問題が起きやすい。特に王族を守るために結成されたのが聖天騎士団だったはず。
王族を守る、と言っても直接ボディガードのように側近として活躍する人はごく一部で、大半は王都に縛られず、各地で問題の解決に駆り出されることが多いって聞いたことがある。
あたしの前に現れたウェインリーさんには、確かに胸の所に王家の紋章を象ったバッジが光っている。
青を基調とした制服。凛とした細く鋭い剣。男の人にしては普通よりも大分長い黒の髪。一見不釣合いに見えるそれらは、けれど高貴たる所以か、ウェインリーさんの佇まいによく映えている。
あたしなんかだときっと、制服の時点で負けちゃいそう。
いやしかしどうしてだろう。なんか怪訝な顔つきしてる。あたしと魔の探求者を交互に見て、すごくすごく何かを勘繰ってる。
あたし知ってる。あれってすごく怪しい人を見る目つき。
「盗賊がこの道をなんら移動手段も使わずに走って逃げたとの情報が入ってな。慌てて追いかけてきたのだが夜は危険なのでこちらに泊まることにしたのだが、目撃情報をと思って回っているのだ」
「盗賊などより恐ろしきは我が力……是におぞましきは七色の力よ……ふふ、賊なら我と無為の月光の前に屈服し忘れ物をしていたぞ」
「……君らに屈服して、忘れ物?」
あ、なんか確信に至る顔つき。
あたし知ってる。あれってほぼ剣を抜こうかとしてる人の動き。
「あぁ、こいつだ」
そんな状況に気付いているのかいないのか、魔の探求者は盗賊が落としていった宝石が入った袋を、えと、ウェインリーさんに見せた。
中身を見て、ウェインリーさんが一言。
「盗賊が奪っていったこいつを見て、君らがさらにこれを奪った、と……」
「やっぱり誤解されてるっ!!」
「おい、何を言ってるのだ貴様」
ちょっとちょっと!!
なんだかまずいよ!!
あたし達が奪ったことにされてるよ!!
なんにも関係ないのに!!
「盗人から物を奪うのは、それもまた罪だということを知っているな……?」
「罪とは闇から目を背けることなり……その意味、分からぬようだな……?」
「か、噛み合ってない……」
素敵な人に出会えたけれど。
ぜ、前途多難なのは変わらない……かも?