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宵に降る魔法  作者: 安藤真司
裂け目の風雷編
15/42

裂け目の風雷編 3

 失礼ながらウェインリーさんをちょいと呪いまして。

 情報不足な割に無意味にあたしへの信頼だけは高いウェインリーさんをちょいちょいと呪いまして。


 屋内の部屋から歩いて移動。

 とっても大きなお役所こと『ギルドオーナー』は、ここ王都で唯一無二の存在。

 王都に住まう人々からの依頼を取り纏め、難易度を適切に設定し、それを誰でも解決してくれる人に紹介する。また、難易度が高い仕事を無責任に放ることはせず、正しく資格を持つ者に対してのみ依頼するための認定試験も自分達で執り行っている。

 『ギルドオーナー』の持つ敷地は広く、まだまだ慣れないあたしなんかは気を抜いたら迷子になってしまいそう。

 お仕事のランクとしては中級に値する『風雷』のお仕事ができるようになるための認定試験を受けに来たあたし、残念ながら筆記試験はボロボロでして。

 っていうか、当然と言えば当然なんだけど、あの筆記試験、答えを教えてもらえないのよね。結局裂け目(クラック)に潜む危険とか、なんなんだろう。

 わからないことだらけで疑問符を浮かべるあたしは、けれどそればかり気にしても仕方ないので、次なる試験、監督者曰く魔法の素量を見る試験へと向かっているところ。

 受験者は総勢二十一名。

 どのくらいの頻度でこの認定試験があるのかも知らないけれど、たぶんそんなにしょっちゅうやるようなものでもないんだろう。それに、その気になれば誰でも合格するような試験なら試験する必要もない。

 だから、この機会を逃すわけには、いかない。


「あの、魔法の試験って具体的に何をするんですか?」


 筆記試験の会場から歩いて移動しているので、あたしは先に知れる情報くらいは持っておこうと、今回の試験をまとめているであろう女性の監督者に話しかけてみる。

 お堅い印象を受ける人だけど、なんだろう、今風なおしゃれをしたらすごく化けそうなくらい綺麗。


「あなた、確かアオイって言ったかしら?」

「あ、はい。アオイです」

「あのブラムス・ウェインリー殿が推薦するなど、これまでに一度として聞いたことがありません。あのお方は規則や信念というものに厳しいですから」

「わかります。どうしてあたしにはあそこまで甘いのか不思議なくらいです」

「ええ、あれだけの地位と実力を持つ人が推薦、なんてズルをするくせに。あなたに対してこの試験に合格するための情報を何も与えないあたりはさすが、らしい(・・・)ですね。


 らしい、のでしょうか。

 確かにそう言われると、そうなのかもしれません。

 あたしに何にも内容を教えなかったのは、ひょっとするとウェインリーさんなりの厳しさなのかもしれない。ただ、純粋に価値観の相違である可能性もまだまだ大いにあることは、忘れちゃいけなさそうよね。


「ですので、先ほどの質問に対する回答は保留します」

「保留……」

「正直に申し上げて、さきほどの筆記試験、あなたの答えはひどかったですね」

「ぎくっ」

「それに、魔力がないのに魔法が使えるとか、どこまで真実なのかも含めて見定めたいと思います。どの道もうすぐにでも試験の内容はわかるのですし、リラックスしてくださいな」

「あははは……じゃあ、そうします」

「そういえば名前、言ってなかったわね。私は冒険ギルド『巨人の葦笛(タイタン・パイプ)』のユリノ・マード」

「アオイです。よろしくお願いします、マードさん」

「ユリノでいいわよ。家名で呼ばれるの、あまり得意じゃないの」

「じゃあ、ユリノさん」


 そう言って、ユリノさんは笑う。

 大人の余裕を醸し出して、握手を求められたのでしっかり握手。シェイクハンズ。

 意外と握手の文化が根付いていないから、ふとした拍子に求められると困っちゃうときがあるよね。目を見るべきなのかしら。

 けれど、あれ?


「冒険ギルドって、あれ、ユリノさんて『ギルドオーナー』の人じゃないんですか?」

「そりゃあ『ギルドオーナー』はあくまで手続きとか事務仕事を担うギルドだからね。明日からは四泊も君らの面倒を見なくちゃいけないんだ、それぞれの適性を事前にある程度知っておかないとね。なんたって」


 と、そこでユリノさん、言葉を切る。

 なにかな。


裂け目(クラック)には絶対の安全なんてないのだから」


 そう。

 裂け目(クラック)にどんな脅威があるのかは、あたし、知らないけれど。

 元の世界だってこの世界だって変わらない。

 未知なる場所には、危険が潜んでいる。


 ましてここは、魔法の世界なのだから。

 どんな不思議が待っていても、不思議じゃない。


「さ、あそこが次の試験場。さくさく進めていきましょう」


 真面目な表情も声色もすぐに失せて、ユリノさん、明るく前方を指差す。

 屋外に設けられた一区画に、怪しげな水晶が幾つか設置されているのが見える。

 ふーむ、果たして魔法の試験ってどういうものなのかしら。

 この世界における魔力って概念は、あれよね、体力と似たようなものなのよね。

 つまり、あることが前提っていいますか、普通「魔力がない」って言葉は「体力がない」って言葉と同じ使い方をするみたい。

 「ない」って言ってもそれは例えば、五十メートル走が完走できないことはないし、反復横跳びを一回もできないこともなければ、ハンドボール投げがゼロメートルということもない。平均に著しく劣る、という意味の表現でしかない。

 体力測定と聞けば、そういう、運動能力に関して様々な角度から評価するものを思い浮かべるよね。

 魔力測定がもしも同じタイプの評価システムであれば。

 ……本当に文字通り魔力を持たないあたし、評価ができるのかしら。


「はい、まずはそこに一列に並んでください。順番は先ほどの受験番号通りね」


 言われて、ぞろぞろと列を作る。

 あたし、ドキドキ。


「アオイさん以外には説明、不要よね。さくさく進めちゃって。その間に一応、アオイさんに説明するから」


 説明、一応なんだ……。


 それから。

 時間は流れに流れ。

 あたしのやる気は時間と共にどこぞへと流されていってしまうのでした……。


 だって、だってぇ。


「ほ、本当にないのね……? 魔力が空っぽって、そんな人がいるだなんて、何かの間違いだと思ったんですが」

「そっ、そんなこと言われましてもぉ」

「いやいやアオイさん、別に責めてるわけじゃないから!」

「第一あたし、この世界の住人ですらないんですから、仕方ないんですっ!!」

「この世界の住人じゃなかったらどの世界の住人なのよもう。本当にそんなで『風雷』を任せられるの?」

「ウェ、ウェインリーさん曰く」


 ええ。モチのロンでウェインリーさん談ですよ。

 もうあたし、自信が少しだって出ない。

 魔法をきちんと正しく扱えるか、その基礎の基礎が出来ているかどうかを見るこの試験において。

 これまでの八種目において、素点がゼロ。

 ゼロ。

 ゼロなんです。

 やっぱりね、案の定ね。

 魔力測定は体力測定の類でして。

 例えば、『正確性(アキュラシィ)』の項目。

 専用の魔動水晶に魔力を込める。最初に込めた魔力量が水晶内で百と数値化されて、以降、水晶に表示された数字分だけの魔力を正確に発揮できるかどうかを評価するテスト。

 はい、まず初手の魔力が込められませんでした。

 例えば、『属性(プロパティ)』の項目。

 魔法にはそれぞれ色んな属性があって、けれど特に魔法の基本と呼ばれる四大元素(エレメント)を操ることは必須なんですって。監督者の合図と同時に、宙に色の付いた光球が浮かぶので、赤色なら【(フレア)】、青色なら【(アクア)】、緑色なら【(エアロ)】、黄色なら【(テラ)】の各属性の基本魔法を光球にぶつけるのがテスト。

 はい、だから魔法とか使えないんですってば。


 以下略。


 以下略を終えた後にユリノさんが放った言葉が、先ほどの呆れ言葉だったりしちゃう。

 うん。

 あたしも、もしも自分の目の前に体力が、真にゼロ、みたいな人がいたら驚くかもしれない。でもそれって、どんな状態なのか想像もつかないね。

 ついでにもうね、あたし、周りから笑いものにされちゃってるわ。

 うーん、この視線には覚えがある。その昔、名前だったりこの銀に近い髪の色だったりでからかわれた経験のあるあたし、知ってる。あれは悪意なき悪意。気にするだけ無駄無駄。

 いや、あたしだってわかるよ。

 魔力がない人なんて、いるわけがないって、意味がわからないってことなんだろうなぁ。


「……騎士殿の推薦理由、聞くべきでしたかしら」

「ですかねー」

「それとも騎士殿が言った、魔力がなくても彼女は強い、という言葉だけがその理由なんでしょうか?」

「ですかねー?」


 聞かれてもわからないしなぁ。

 ウェインリーさんって、なーんであたしへの信頼度がああも高いのかなぁ?

 先日の『竜の落し子(ドラゴン・スポーウン)』が起こした事件で出会ったときも、あたしがウェインリーさんに助けられただけなのに。

 あたしは何も、できなかったんだけどな。


「まぁ、いいでしょう。はい、それでは皆さんお次は、ある意味お待ちかねかしら、『絶対量(クオンティティ)』を見させていただきます」


 ユリノさんの次なる案内を受けて、周りの受験者の目つきが少しだけ鋭くなる。

 絶対量ということは、たぶん、魔力量を知るものかな。

 ど、どうせまたさっきみたいな水晶に魔力をぶつけて数値化するんでしょう……いいもん、あたし、またゼロだもん。

 なんてイジイジしてたら、隣の男の子に話しかけられた。


「お、空気が変わったのには気付くんだな。ほんっと面白いなアンタ」

「面白い要素がどこにあるのか教えて欲しいんですけどね」

「ゼロって数値は初めて見たよ。どんな生き方するとそうなるんだ?」

「いや、あの、お勉強と適度な運動とケーキ食べてたらこうなったと言いますか」


 むしろどんな生き方してたら魔法が使えるのか教えて欲しいくらい。

 列車に乗ればなれるのかしら。あの、駅の柱にカートをぶつければ……って魔法が使える人じゃないとそもそも通れないんだったかしら? うーん、細かい設定とか覚えてないなぁ。


「次の絶対量(クオンティティ)は一番自分の成長を知ることができるのと、自分の力を周りに誇示できる。特にこんな『風雷』や、さらに『深淵』を目指す輩ばっかの空間なら、なおさら、な」

「力を誇示、ですか。じゃあやっぱり何か魔法を水晶にぶつけるんですか?」

「水晶を持って、水晶にぶつける、だな。まぁでもアンタは魔法使えないんだっけか」

「そうなんですよねー」

「じゃあなんでここにいるのさ?」

「それは――」


 一瞬、悩む。

 どうしてここにいるのか?

 一瞬で、答える。

 あたしは、それを探すためにここにいる。


「――わかりません。なんでここにいるんでしょうかね?」

「っはは! 確かに、俺も自分がなんでここにいるのかはわからねぇな!」


 まったく面白い、という感情を隠そうともせずその男の子はお腹から大きく笑ってみせた。

まだ若さよりも幼さの残る顔つきに、それとは正反対に鍛えあげられた体が溢れんばかりの筋肉を端々から見せ付けている。豪快に笑う姿は果たしてどこからそんな表情が湧き上がるんだろうと不思議なほどだ。

でも顔はやっぱり若く見えるし、『風雷』の試験を受けに来ているんだから、やっぱりあたしよりも五つくらい年下なのかしら。

 むぅ、あたしも年には勝てないからなぁ。


「俺、バン、よろしく!」

「あたし、アオイ」


 元気元気ね。

 元気なことはいいことだ。

 あたしの元気まで一緒に吸われてしまわないように気をつけたい。いや、吸って彼が元気ならそれでもいいかな。駄目か。


「ほら、あれ見ろよ。わかりやすいだろ」

「あれ……?」


 バンくんの指差す方向に、さっきまで隣にいたユリノさんと、受験者の女の子が一人。

 ユリノさんから合図を受けた女の子が手を大きく空に向けてかざすと、明らかに空気が変わる。

 彼女が伸ばす両の手に向かって、風が集まる。収束し、密度を変えた風に、彼女はさらに魔法を重ねる(・・・)

 強烈な風圧によって宙に浮かんだ目標の水晶に向かうように、鋭利な氷柱(つらら)が複数生成されていく。

 その様に感心していると、ついに自身の魔法の高まりも最大になった瞬間が訪れたのか、勢いよく氷柱が水晶へ突き刺さる。と同時に衝撃音があたしの耳に轟く。

 やっぱり魔法というのはいちいちスケールが違うね。年端もいかない女の子みたいなのに、どうにも魔法の発現と年齢は大して相関がないのかもしれない。

 ええと、でもちょっと今起きたことに気になるポイント。


「【(エアロ)】と、【(アイス)】? もっと大きな魔法を使うのかと思ったのに」

「基本魔法はやりやすいからなぁ。俺らみたいなペーペーだと、変に応用に手を出すより基本魔法のが威力が出やすいし魔力も込めやすい」


 なるほどなるほど。

 魔の探求者とかのイメージがあるから、自ら編み出したオリジナルの魔法の方が滅茶苦茶な威力を発揮しそうだけど、その方が例外みたい。確かにウェインリーさんなんかは割とオーソドックスな魔法、【加速(アクセラレイション)】を主に使うもんね。

 そんで基本のキの字もないあたし、基本もできないのに応用に走ってしまっている。

 駄目かもしれんね。


「けど、さすが。二重魔法(デュアル・マジック)なんか俺にはできねぇな」


 う、んと。

 うん、知らないな。


「でゅあるまじっく?」

「それも知らないのか! ま、そのままだけどな。見たまんま。最初、自分の手を中心に風をぐるりと回す、で、敵にぶつける。風と、そんで圧は相手の動きを止めるだろ。動きを鈍らせた敵に魔法をぶつけたい、が、【(エアロ)】を切って【アイス】を撃ったらその一瞬のラグの間に逃げられるかもしれない」

「その一瞬の隙を与えないようにするのが、要は、同時に魔法を発動しちゃえ! ってこと?」

「そゆこと!」

「……当たり前にできるんだと思ってた」

「いやできるわけねぇだろ」


 めっちゃ馬鹿にされた。

 恥ずかしい。

 というかバンくん、けっこう言うことはぐいぐい言ってくるのね。


「はい、サラさん、魔力充填量が三百二十、威力が百八十。かなりいい数値。【(エアロ)】は完全に拘束目的で、【(アイス)】と切り分けたのもいい使い方ね」


 ユリノさんが簡単な評価。

 あぁ、さっきバンくんが言っていた、「水晶を持って水晶に魔法をぶつける」ってそういうことね。

 この絶対量(クオンティティ)の評価は、まず自分の中に溢れる魔力のうち、どのくらいの量までをきちんと魔法として発動する分に割くことができるのかを見ることと、それによる魔法攻撃でどこまでの威力を出せるのかを見ることの二つから構成されるみたい。

 でも、それなら特に使う魔法に意味はないのかな。

 うーん、例えば魔の探求者なんて、【虹炎奏(こうえんそう)】を使うくらいの魔力を【(フレア)】に込めたらこの試験会場が丸ごと破壊されてしまうかもしれない。って、そんな具合に、基本的な魔法と複雑な魔法のどちらの方が有利とか不利とかあるのかなぁ。

 さっきの正確性(アキュラシー)のテストと違って、たぶん出てくる数値は相対的なものじゃなくて絶対的なものだと思う、けど、うん、いいのか悪いのかもわからない。


「あの三百二十とか百八十って数字はどうなの?」

「監督の人も言ってた通り、かなり高いな。この『風雷』の試験を受けに来るなら両方百五十あれば適性くらいって言われるぜ? んで、あの人は威力よりも魔力充填量を重視したみたいだな、結局【(エアロ)】は威力にほとんど寄与してねぇし」

「へぇ、百五十……じゃあ単純計算、あの子は一つの魔法を百六十で構成したってことになるのかな」

「だな。とはいえ三百二十込めて魔法一つを発現させるのと、二重魔法(デュアル・マジック)として魔法二つを同時に生み出すんじゃあ労力が違う。単純計算は難しいかな」

「そうなんだ。じゃ、あたしが二つ同時に杖の魔法使えないの、全然変じゃないのかぁ。あたしの魔法じゃないけどこの評価に使えるかしら」

「な、なに言ってんだ?」


 あらら、一人で勝手に納得してしまったせいか、バンくんさすがに理解できなかったみたい。

 にしてもバンくん詳しいなぁ。

 こうして話している間にも次々と受験者が各々自信のある魔法を派手に繰り出しているけれど、バンくんの言う通り、最初に見た女の子よりも高い数値なんて現れない。

 ここにいる皆、知識としてはこのバンくんくらいあるのかなぁ。

 そりゃさっきの筆記試験も問題なく綺麗な回答をしていることでしょう。

 しかしあれね。

 皆さん周りへの配慮ってものなしに、本気も本気、全力全開で魔法をぶちかますものだから、正直この会場内にいるだけ流れ弾ならぬ流れ魔法で死にそう。

 ユリノさんも楽しそうに見てるだけで特に注意してそうでもないしなぁ。

 試験の場で手を抜かれても困るのかもしれないけどね。


「はい、じゃあ次は、バンさん」

「お、俺だ。じゃあ行ってくるわ!」

「頑張ってね」


 手をひらひら振って、応援。

 知識を披露するだけして、平均を超えないこともないでしょう。

 それにあの屈強な体、心身共に鍛えているんだろう。

 どうせあたしが最後に恥ずかしい姿を見せることに変わりはないんだろうけど、せめここでバンくんの勇姿を見届けよう。

 一体どんな魔法を使うんだろう。


「じゃあ、始めてください」

「はい!」


 大きく返事をして、バンくん、右手に一つ目の水晶を持つ。

 見据えるのは目標の水晶。

 力を込めたバンくんの右手が薄っすらと光を放つ。赤紫色の光が右手から零れていく様子はとても綺麗で、あたし以外の受験者も皆、バンくんに注目していく。

 全身から溢れんばかりの覇気、そして妖しげな光を周囲一帯にまで広げていく不可思議な魔法。

 な、何が起きるっていうの……?


「――ッウオオオオオオオオッ!!!」


 咆哮と共に。

 バンくんは目標へ向かって駆け出す。

 その速度は常人には考えられない、ほどではないけど、まぁ速い!

 たぶん!


「【鉄槌(マッレオ)】オオオオオオッ!!!」


 今度は魔法名を吼え、そして右の拳を全身全霊、水晶に向けて振り抜いた!

 ドッ! という鈍い衝突音が届くことは……なかった。

 しかもよく見たら拳、振り抜いてもなかった。

 ……。

 あれ?

 薄っすら光っていた右の拳から、地味ーに光が失せていく。

 地味ーによ。

 な、なんていいますか。

 これまで見てきた人たちの全力の魔法と比べて、すごく、すごーく、地味?

 地味っていうか、しょぼい?

 い、いやいや! きっと真の強者の使う魔法は無駄な魔力を発しないんだよきっと! 一点集中しているだけで、きっと物凄いエネルギーがあそこには秘められていたんだよきっと!

 さぁ、ユリノさん、計測結果を言ってご覧なさい、高らかに!


「バンさん、魔力充填量が三十、威力が十二。相変わらずひっどい記録、やるじゃない」

「あ、どもっす」


 判定を終えたバンくんがへらへらと戻ってくる。

 当のあたし、耳を疑う。

 三十? 十二?

 さっき自分で、百五十が平均ラインだって言ってたじゃん。

 言ってたじゃん。

 言ってたじゃん!!


「やー、だいぶ伸びたわ! 前回は威力二桁いかなかったからさ!」

「あ、あのう、バン、くん?」

「どうしたアオイ?」

「あの、数字って」

「あっははははは!! 驚いた!? アオイ以外はこの場にいる全員が知ってることだろうから、ちょっとからかってみたんだ!」


 な、なんでこの人こんなに笑ってらっしゃるのかしら……。

 認定試験不合格に今、ぐんと近づいたでしょう。

 なんなのかしら。


「ちゃんとした自己紹介がまだ済んでなかったな。アオイのせいでお株を奪われている感が拭えないが、俺はバン・ムドルゾ。通称『非力(パワレス)』だ。改めて、よろしくな!」

「えぇー……」


 半眼のあたしのことなど気にせず。

 『非力』という通称を自称する彼、バンくんは。

 初めと変わらない笑顔をあたしに向けるのでした。

 あぁ、悲しき哉。

 笑顔だけは、百点満点だった。

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