魔の探求者編 12
例えば平和に暮らしていた人々がいて。
平穏を奪われてしまうような事件が起きて。
それが王子様の我が儘のせいなんだと言われたら。
人々はどう思うのかな。
王子様に不満を持つんじゃないかな。
もしくは、そんな不満を持つような王子様を育てた王家に不満を持つんじゃないかな。
それはきっと、いくら丁寧に、懸命に説明をしても、納得してはくれないと思う。
なんとなくわかる。
あたしが元いた世界も、そうだった。
大きな問題があったとして。
その原因が自分達にはないものだとして。
自分以外のことなんて、知ったこっちゃないのだ。
自分と、自分の周囲がよければそれでいいのだ。
逆に言えば、自分と、自分の周囲がよくないなら、他の誰が何をしていようと不満をぶつけ続けるのだ。
嫌だなぁって、あたし、そう思う。
不満を言わなきゃ世界は変わらないけれど、不満を言ったって世界は変わらない。
それを、理解できればいいのにね。
納得できればいいのにね。
あたしはそう思いながら、ただ嘆くことしかできないの。
それで。
魔の探求者はそう思って、もう一つの策を実行してしまうの。
人々の不満を解消するための、もう一つの策。
共通の敵、悪役の存在。
魔の探求者は、会ったこともない王家、王子様を助けるべく。
なにより誰よりウェインリーさんを助けるために、悪を演じてる。
あたしの目の前で。
「王がこれまで民のために何をしてきた!? 必要なのは改革だ! 我は貴様らすべてを殺し、新たな世界を創造しよう!」
彼の声は遠く遠く、どこまでも響く。
【大声】の魔法によって、王都中に魔の探求者の声は届く。王都を闇に誘わんとする、悪役の言葉として。
「おい、お前がこんなことする意味は……」
「早く我を止めてみろ、光の者よ」
言って魔の探求者、紫に燃える【虹炎奏】を華麗に回して自身が立つ屋根を一部、抉り取る。
大切な都の大切な家屋を壊されたことに対して、普通に怒りを覚えつつも、たぶんそれ以上のことに怒っているウェインリーさんは動じない振りをした。
挑発に乗ってこないと判断したみたいで、急に圧力が変わる。
魔の探求者が込める魔力が更に増していく。
地面にいるあたしにもわかるほどの力が、【虹炎奏】に溢れて、虹色の炎の残滓が宙にひらりと散る。
「本気で来なければ、死ぬぞ?」
「くっ!?」
反応が遅れたウェインリーさん、真正面から向かってきた魔の探求者の槍を受け止めようとして、見事に失敗した。
魔の探求者が横に薙ぎ払った【虹炎奏】に対して、きっと精錬されて作られたであろうウェインリーさんの細剣はいとも容易く折れて、そのまま直撃をくらったウェインリーさん、建物の存在なんて無視した動きでふっとばされる。
――っていうか、耳、痛いっ!
魔の探求者が本気で槍を振るった、その衝撃波だけでこんなことになるんだ!?
「ウェ、ウェインリーさん!?」
心配で声を出すあたし。
ウェインリーさんが貫通した家屋が崩れる音、そして【虹炎奏】を振るった音とかで聞こえるはずもないのにね。
「あぁ、あのくらいは大丈夫だろ」
「……」
「睨むなって。これでも体が全然動いてくれねぇのは本当だぜ」
地面に倒れるフロインがあたしの心情を悟ったかのような台詞を言うので、ちょっと驚き。
と、いうかこの人たち、やってることは確かに悪いしその方法も駄目だったんだと思うけど、今まさに魔の探求者がやってるように、実はそこまで根っからの悪人じゃあ、ないんじゃないかしら。
だって、確かウェインリーさんの話だと、元々普通にギルドを組んでいて、人々の依頼を受けていたんでしょう。それがいつしか過激になってしまって、それ故に手配されていたみたいだし。
今回も、見方を変えれば王子様のお願い自体は叶えてるんだ。
「あなたのことを深く知りたいとは思わない。けど、単に偏見だけを押し付けるつもりはないから、一応、ごめんなさい」
「なんだそりゃ」
それ以上フロインに話しかけることはしないで、あたし、今度は魔の探求者を見上げる。
ウェインリーさんを倒して、また適当に人への被害が出づらそうな塔なんかを壊す魔の探求者に、ついに別の騎士様の刃が降りかかろうとしていた。
縦に白のラインが入り、胸元には輝く王家の紋章を携えた蒼のコートに身を包んだ騎士が四人、魔の探求者を囲って刃を向ける。
ウェインリーさんは魔の探求者の意図を知っている。けど、他の人たちは違う。魔の探求者のことを、きっと、本当に王都の平穏を脅かす悪だと思っている。
「貴様、いい加減にしろ!」
「ほう、来たか。聖天騎士団……貴様らもまた、王子の自由を奪い、民を騙す諸悪の根源が一つだろう」
「黙れ!」
「このテクサフィリアにこれ以上の被害を出すな! かかれ!」
魔の探求者を囲う四人が一斉に剣を振りかぶる。
さらに紡がれた四つの魔法がそれぞれの斬撃を強化、アシストして魔の探求者を襲う。
それは、僅か数秒。
けれど、きっと王都にいる誰もがこの光景を見ようとしたし、きっと本当に見ていた。
魔の探求者は自ら町を壊して、悪役に成った。
皆、どんな顔で魔の探求者のことを見ているんだろう。
わからない。
けれどきっと、気付いたのは、気付いてしまったのは、あたしだけなんじゃないかしら。
一瞬、ね。
本気で自分に襲い掛かる剣を見て、魔の探求者、ね。
笑ったの。
それで手にした【虹炎奏】を、消したの。
まるでまるで。
攻撃を全部受ける体勢ができているんだって、言わんばかりに。
「そんなの、間違ってるよ……魔の探求者」
「間違いを知らないからこそ、誰も正そうとしない、正すことができない」
あたしの耳元に優しい声が聞こえた。
それが果たして、魔の探求者のものだったのか、フロインのものだったのか、それとも瓦礫の中から飛び出したウェインリーさんのものだったのか、あたしにはわからなかった。
わからなかったけど、間違いを知るあたしがたぶん、何かを正さなきゃいけないんだろうなって。そのことだけはわかった、気がした。
気がしたから、手を伸ばした。
あたしの手は狙い通りに、思い通りに、彼の手を掴んだ。
途端、世界の速度が変わる。あたしと、手の繋がりを結んだウェインリーさんだけの速さに世界が時間のスピードを変容させていく。
「ウェインリーさん、あたし、あたしね」
「わかっている。私にはできないことがある。頼む」
「うん、任せて」
魔法によって加速したあたしたち、一瞬で魔の探求者と聖天騎士団が向き合う現場に急行。
それで、あたし、ぺこりとウェインリーさんにお礼。
どうすることもできなかったあたしをここまで連れてきてくれて、ありがとうございます。
それと、ごめんなさい。
ごめんなさい、魔の探求者。
「【杖罪】」
もう駄目だなんて言っていた自分自身をぶん殴って(比喩ですが)、あたしは【精霊の杖】を掲げる。
できるできない、とか。あたしの限界をあたしが決めてどうするんだって。こんな世界に来てまで、どうしてあたしはくだらないことをしてるんだ。
倒れてしまうまで、やりきれ、出しきれ。
もしも本当に倒れてしまったときは、きっとすぐ傍にいてくれる誰かが助けてくれる。
信じていれば、本当に、なんだってできるはずなんだ。
なんだって、できなきゃ、駄目なんだ。
「吹っ飛……べぇえええええええっ!!!」
ウェインリーさんと手を繋いだまま。
まずはヨイショと魔の探求者を持ち上げる。いい感じの高さに持ち上げて、固定。
次にあたしは力強く握り拳を、あたし自身の髪で作り上げて。
そのまま精一杯の力で、その拳を振りぬく。
ちなみに、拳の大きさは案の定……といいますか、例に倣ってといいますか……そう、さっきフロインに襲い掛かった龍よろしく、人一人よりも巨大な拳。その拳を全速力で魔の探求者にぶつける。
もう一度だけ、心の中でじゃなく、ちゃんと口に出して。
「ごめんなさい。魔の探求者」
瞬間、ウェインリーさんの手が離れる。
世界が元の流れを思い出す。
聖天騎士団による鋭い斬撃は空を切り、魔の探求者は彼方へと吹き飛ぶ。
その間、僅か一秒。
たったそれだけの時間で、あたしの世界は色を変えた。
「この王都は、守らなきゃいけない場所なんだよ」
突然の出来事に、周囲は音を失う。
急に現れた見知らぬ女の子が、王都を襲おうとしていた悪をどこぞへと吹き飛ばしてしまったのだ。無理もないでしょう。
混乱しているであろう人々に向けて、せめてあたし、笑顔で。
実は王都の人じゃなく、魔の探求者に向けて。
大きな声で。
「この場所に、二度と来ないで!!」
なんて。
高らかに吼えて。
その構図はまるで、非道な悪党から町を守ろうとしたいたいけな少女の姿みたい。
や、この年でいたいけな少女を自称するのはいかがなものかと思うけどね。
「あと、ウェインリーさん」
「……なんだ」
「ちょっと、疲れちゃいました」
「お、おい!? アオイ!?」
と、ここであたしも本当の本当に限界。
視界がぼやけて、体の重心がぐらりと傾く。
ウェインリーさんの温かくて力強い腕に支えられて。
あたしの記憶はこんなところで途絶えてしまった。
* * *
ワイバーンを引き連れて王都に被害をもたらしたギルド『竜の落し子』は後に全員が検挙。しばらく頭を冷やしなさい、ということで牢屋に入れられてしまったみたいです。しょうがないよね。
悪党として名前を轟かせてしまった魔の探求者は指名手配。不幸にも感情に任せて吹っ飛ばしてしまった女の子のせいで行方はわからずじまい。
あたしのせいね、これ。
しょうがないよね。
それで、突如聖天騎士団の間に乱入したあたしは、意外にもまったくお咎めなし。
なんかね、さすがにあれこれあるかと思ったのだけど。
勇気ある一般市民ということで、ものすごーく恣意的なものを感じる表現ですが、そんな感じであたし、許されてしまいました。普通に悪人を逃がす手伝いをしたっていうのにね。
それだけウェインリーさんが周囲から信頼されていたって証拠なんだと思う。
そのウェインリーさんと、そして王子様に関しては、たぶん、保留された、のだと思う。
どうも、事態を正確には飲み込めていないんじゃないかな。
フロインたちがばらして回ったのは、王子様、ヨルノ・テクサフィリアがこのままレールの敷かれたままに王様になりたくはないと考えているらしいということで。それは本来悪いことではないはずだ。
自分で考えて、自分で嫌なことを嫌だと言える。そんな環境があることはきっと、いいことなはず。そんな経験のないあたしには、もちろん判断ができないけれど。
生き方を制限した王様たちもそう。
制限されて悪党に王都を売り渡すような真似、正しくは、そう思われても仕方ないような真似をしてしまった王子様もそう。
誰も正しくなくて、誰も間違ってないような気がしたからきっとみんな、ひとまずは信じてみようと思ったんじゃないかな。そうであって欲しい。
基本的には王子様のやりたいようにさせてやろうという方針で固まったらしい、と後でウェインリーさんに聞いた。それでもなお、未来の世界でヨルノ王子がこの王都を背負って立つことを望んでいる、その立場は変わらないとのこと。
最終的に決めるのが、やっぱり王子様自身であればいいな、なんて、あたしも思う。
ところで、こんな後日談を語るあたしですが。
実は実は、目が覚めるまでに二週間が経過していたそうです。
びっくり!
後日談もびっくりのお休み期間!
原因は無理を承知で繰り出した最後の【杖罪】。
いやー、あれね。限界なんて気にするな、なんて張り切ってみましたが、やっぱり限界を越えてしまうのはよくなかったみたいね。
そりゃそうだ。
普通魔力を使い切ってなおも魔法を使おうとする前に気力の限界がきちゃうみたいなのですが、それを無理矢理頑張ってしまうとこんな感じにぱたりと倒れてしまうようです。
それでも何日も気絶したまま、なんてことにはならないそうだけど、そこはあたし、実はあたしの魔法ですらなくって、杖に魔法をお借りしている立場ですから。膨大な魔力を内に秘めてる杖とは違って、あたし、ただただ普通の女の子ですから。
無理が過ぎた、という話をお医者さんにされました。
でも起き上がってからはよいしょーっとすぐ元気になったので、まぁいいんじゃないかしら。
二週間の間に世界が何か変わったとも思えないし、実際特に何も変わってやいなかったし。
幸か不幸か、あたしにはそこまで心配してくれる人々が一人しか周りにはいなかったので。ほら、如何せん身寄りがないからね。
あたしの状態を知ったならば、エクシーにいる皆は駆けつけてくれるだろうけど、あたしと繋がりのある人のことを、誰も知らないからね。うん。
だからつまりウェインリーさんは、この王都で唯一あたしのことを知っているからか、あるいは何か罪悪感からか、とってもとっても心配してくれたみたい。
面目次第もございませんね。
「謝らなくてもいいが、本当に大丈夫なのか、体?」
「大丈夫です大丈夫です。めっちゃ元気です」
もう心配は要りませんよ、ってサムズアップでアピール。
なんたって元気なんだから。元気なうちは周りを心配なんてさせていられない。
特にウェインリーさん、最近交流をしてみてわかったことだけど、ずいぶんと心配性みたいだし。
何もかもが元通りだとは思わないけど、だいたい良い感じなのではないでしょうか。あ、体のことね。国政の話じゃないよ。
フロインが結構派手に爆発を起こしてくれてたからなぁ、火傷なんかは仕方ないよね。そんなこと言ったら実はウェインリーさんだって割と重症なんじゃないかなって。だって、魔の探求者の攻撃をモロに喰らって建物に激突してたし。
ちなみに、そのことを指摘してみたらウェインリーさん、そっぽを向いて。
「私のことは案ずるな。なんということもない」
なんて。
照れてました。
いい人だ。
さてさて、あたしはまだしばらく、ここ王都で自分探しを続けることになりそうです。
元から王都を目指していたのは、ここならきっと沢山の出会いがあるかと思ったからで。沢山の情報を得ることができると思ったからで。
あたしは、そう、進まなきゃいけない場所が、まだある。
あたしがこんなにも前を向けるのは、能天気だからってだけじゃない。
この世界で素敵な出会いをしたから、ってだけでもない。
いくらぼんやりしてるからってあたし、魔の探求者のことを、ある意味悪者に仕立てあげておいてのほほんと暮らしていられるわけがない。そんな自分を許せるはずがない。
で、どうしてそんなひどい自分を許していられるのか、ですが。
実はね。
あたしが寝ている間に、こんな手紙が届いていたのです。あたし宛に。
『アオイ様。
お元気ですか。
お元気であることを切に願っています。
巷の噂で、貴方は先日の騒動に関して、何も責任を負わされていないと伺いました。
なによりです。
もっとも、貴方は何も悪いことをしていない。それどころか勇敢にも悪に立ち向かった――これは私のことではなく犯罪ギルドのことですが――のですから、悪く言われる世界のほうが間違っているでしょう。少なくとも私はそう考えているので、無事でよかったです。
私はしかし、これまでと何も変わりません。
流離いながら、自分の記憶を探す旅を続けようと思います。
私にとって自分とは、記憶です。
記憶の積み重ねこそが私を私であると表現できる確固たる証拠です。
その証拠を、自らの手で掴むため、まだ知らない世界を放浪する予定です。
貴方もまた、自らがこの世界に存在する理由を探していますね。
もしも私が旅する中で、貴方の話した“あちらの世界”に関する情報を目にする機会があれば、どんな手段を使ってでも貴方に伝えます。
あるいは私の記憶以上に興味深いですからね。
もしも行けることなら、その世界にも行ってみたいものです。
ところで貴方様は私のことを“魔の探求者”とだけ呼んで、名を知らないまま(知ろうとしないまま)でしたね。
私の名はデスペリア・グラッジ。
あまりに不穏な名ですね。絶望と怨念ですから。
でもこれ、私が名付けたわけではありませんよ。
私の持ち物にそう書いてあるものが幾つかあったんです。その意味では、正確には私の名なのかどうかはわかりません。ついでに、記憶を失う前から闇に纏わる言葉が好きで単に書いていただけ、という線も拭いきれません。
ですが、さすがに持ち物に、無意味に、そのような不吉な単語を記述しないのではないか、と思うくらいには自分のことを信頼しようと思います。
それはつまり、不穏な名前を親が付けた、という事実を認めることに他ならないのですが。存外気に入っているのでそれについては深く考えないようにしています。
そういえば、貴方様の名前も、アオイとしか聞いていませんでしたね。
いつかきっと会えたときには、それも知りたいですね。
それでは。
貴方様に、神木の祝福があらんことを。
魔の探求者より。
』
はい、そうなんです。
魔の探求者からのお手紙なのです!
あ、いえ、ちゃんと名前を教えてくれたんでしたね。デスペリア・グラッジさん。
うーん、本名についてあれこれ言うつもりはありませんが、魔の探求者の方がしっくりくるかな。くるよね?
それはまぁいいとして。
魔の探求者、こんな手紙をあたしに送ってくれたんだ。
きっとあたしが罪悪感を感じるからって。
その優しさが、今の王都を作ってるんだよ、魔の探求者。
あたしはお守り代わりに、この手紙をお家の玄関に綺麗に飾っている。
いつだって、外に出るとき、帰ってくるとき、この手紙が力をくれるから。
あたしは今日も誰かの願いを叶えるために、ここにいる。
なによりあたし、自分自身の願いを叶えるために、ここにいる。
魔の探求者が守ったこの空は、一体何色なのだろう。
守ったなんて言ったって、実はフロイン達は悪さをしようとしたわけじゃない。混乱に陥れようとしたわけでもない。
ただ、国の姿を暴いただけだ。
だから、魔の探求者は、文字通り、何も。何もしてはいないのかもしれない。
でもあたし、思うの。
それでも魔の探求者は、この王都を守ったんだって。
あたしのために。あたしが、あたしでいる意味を探すことのできるための場所を、守ってくれたんだって。
ありがとう。
あたしは星の降る空にお礼を言って。
ついでにひとりごちる。
「魔の探求者、デスペリア・グラッジさん……どうしてお手紙は、敬語なのかしら?」
あたしが見上げたこの空に、虹色の魔法が光った。
そんな気がした。




