魔の探求者編 11
フロインとの戦闘にどうにか決着をつけて、少しの間脱力していたわけだけど、いつまでもそうしているわけにはいかない。
敵は少なくとも、もう一人ウェインリーさんが追った人がいるわけで。
まずはそちらがどうなったのかを確認しなきゃ。
とか思ったんだけれど、最後まで頑張りすぎたせいか、ちっともあたし、魔法を使える気がしない。長いこと休まないと無理かな。けっこう連続で魔法を使ったから、仕方ないね。
とりあえず魔の探求者のお膝から離れまして、きちんと自分の足で立ってみる。とか言いつつそっとあたしの肩に手を添えて、倒れてしまわないように気を遣ってくれてる魔の探求者がいるので残念ながら自分の足で立っていなかったりする。
「ねぇ、魔の探求者、あたしのことはいいから、ウェインリーさんを探して」
「……いや」
いや、って。
そんなこと言ってる場合じゃないでしょーに。
「……はぁ、くっそ、体が動かねぇ……」
「あ! フ、フロイン!」
ちょっとだらだらしているうちにせっかく倒したフロインの目が覚めちゃった。
どうしよ、もうあたし、さすがに魔法使えない……。
使えないけど、杖を構えて威嚇はしておく。
ついでに、もしものときに魔の探求者の邪魔にならないよう、ちゃんと自立しまして、魔の探求者の後ろに下がる。
けど、やっぱりさっきのダメージは十分だったのか、フロインが立ち上がる素振りはない。
「まさか、あんなでっけぇ攻撃のこと忘れるたぁ、俺もまだまだだな」
そんな状態なのに、彼は本気で悔しそうだ。
悔しそうで、楽しそう。
「……尋ねたいことがある」
「あぁ? なんだよ黒いの」
「貴様らの狙いはなんだ」
「それを知る意味があるとは、思えんが」
狙い……といえば、そうなの。
今回あたし達が相手にしていた『竜の落し子』、どうにもこうにも目的がわからない。
恐らくは王都内の誰かと繋がっていて、その繋がりから今回の事件は始まっているはず。
でも、その依頼がなんであるのかもわからないし。ウェインリーさんが何かを知っていそうだったけど、あたし、聞かないことにしたからなぁ。
「……くだらぬ腹の探り合いはやめよう。貴様、王の依頼で来たか?」
「はっ、俺達が依頼主の話をするわけねぇだろ?」
「では、王子か?」
「あのな」
「ちょちょちょっと魔の探求者!? なにその選択肢!? どうして一国の王だの王子様だのがこんな人達に大事な宝玉を盗むよう依頼をするのさ!?」
突然湧いて出てきたワードにびっくりして、思わず魔の探求者の腕をぽかすか殴ってしまう。杖でね。
ど、どういう流れで王様が登場したのかしら。
第一、王様にとって問題な状況だからこそ、王様を守る立場にあるウェインリーさんが出張って来たはずじゃない。
「アオイ……おかしいだろう。あの青二才、宝玉を奪った者を当てもなく追ってきたというのに、暢気に我らと同じ宿泊施設にいたのだぞ」
「青二才って、ウェインリーさん……? でも王都から逃げ出した人が、あの方向に歩いていったとして、最初に立ち寄るのってあたし達が泊まったモーテルじゃない?」
「だから、何故奴は敵が徒歩である可能性を第一に考えた? 普通は移動用魔遊機でも使って逃走を図るものだろう。だが、敵のことを全て知っていたと言うのならば、ワイバーンを真っ先に思案するはずでもある……」
「えっとー、うん?」
ちょっと難しすぎてわからない。
え、ええと。
ゆっくりゆっくり反芻してみると、つまり、なに?
ウェインリーさん、相手のことを知らずに追ってきたならどうして徒歩で逃げたと思ったのかがよくわからなくて、相手のことを知っていたならワイバーンの可能性を考えるはずで、やっぱりよくわからない。
しかしながら、それが結局王様とどう関係してるのか、さっぱり。
「じゃ本人に聞いてみたらどうだ……? なぁ、聖天騎士団副団長にして、王子の側役、ブラムス・ウェインリーよぉ」
「貴様……」
怒気と共にあたし達の背後に現れたのは、誰だか見覚えのある人影を引きずる、やや怪我をしているウェインリーさんだった。
たぶんウェインリーさんが手にして引きずっているのは、さっきウェインリーさんが追った人、だろう。すぐに探して、それで一人で倒してきたみたいだ。
でも、その表情はひどく、険しい。
さっき、あたしに見せた顔みたい。
悩んでいるような……怒っているような……。
っていうか、王子の側役!?
聖天騎士団ってそんなことまでしてるの!?
「おい」
「ぐっ!?」
魔の探求者、それ以上の会話を無駄と判断したのか、地面から動く様子もないフロインの背中をもう悪役のように思い切り踏んづけて、それで、何も出しはしないものの、槍を構えるような姿勢をウェインリーさんに向ける。
それは疑う余地もなく完全に、臨戦態勢で。
「汝がどのような身分であろうが知ったことではない、が、聖を偽ったか貴様」
聖を、偽る。
それはつまり、聖天騎士団なんて名を偽って、本当は今回の首謀者だったのではないか、という問い。
それはそれは、つまりつまり。
魔の探求者、ウェインリーさんを、疑ってるって、こと、なのかな。
「偽ってなどいない、が……そうだな、話すべき内容を話さなかったことは、謝ろう」
「ほう、何を隠した?」
「私がただ聖天騎士団の一員であるというだけでなく、この国の王子の側役であり、この騒動において、奴ら……『竜の落し子』の依頼主も目的も、知っている」
や、やっぱり、そうなんだ。
さっきウェインリーさんが言い淀んでいた内容って、そういうことなんだろうか。
でも、もしも、もしもだよ。
もしもウェインリーさんが初めから何もかもを知っていたんだとして、そうだとして。
「でも、ウェインリーさんは、本気で、宝玉を取り戻したいって目をしてたよ。それに、本気で敵を捕らえようとしてた」
「だろうな」
「はえ、んん?」
「だから、汝が隠したものは、王か、もしくは王子そのものだろう、聖の騎士よ」
おっと、頭が全然まわらない。
ウェインリーさんが、王か王子のことを、隠して、いる?
聖天騎士団の一員であるウェインリーさんは、どうやら実はそれだけでなくて王子様、王様の息子さんかな、そんな偉いお方に直属する人だったみたい。
それで、魔の探求者が言うには、ウェインリーさんは初めから全部を知っていたらしくて。
それでそれで、そもそも依頼主はまさにその王様か王子様なのではないかということで。
あっ。
「もしかして、宝玉を盗むように勝手に依頼した王様か王子様の、ふ、不祥事をもみ消しにウェインリーさんが一人で動いてるって、こと?」
「くっははは! こいつ、お前らに事情を話さないで手伝わせて、そのままこの事件を闇に葬ろうとしてたんだぜ。俺らのなんかよりもよほど王都の闇だろう」
「黙れ」
あたしの言葉を裏付けるようにあざ笑うフロインを、魔の探求者は更に踏みつける。もう彼に対して聞く耳すら持っていない。や、そんなことしなくても、当のウェインリーさんがすぐそこにいるんだから、本人に聞けばいいって話ではあるからね。
なんにしても、あたしのちょっぴり残念な頭では情報処理の限界が近くて、全然思考がまとまらない。
うーむ、ちょっと並列処理をお願いしたいんだけどねぇ。
「……あぁ、まったく、その通りだ」
「ウェインリー、さん」
「私は、我が主、ヨルノ・テクサフィリア様にお仕えする側役の騎士だ。そして……あぁ、本当に今話された通り、今回『竜の落し子』へ宝玉『ナギ』を回収してもらうよう依頼したのは、我が主でもある」
回収、と言った。
奪うどころか、依頼主がそのまま宝玉を渡したのか。
「アオイ、下がれ。まだこやつの真意を聞いてはおらん」
「真意、か」
あたし、考える。
やっぱりちゃんと考える。
ウェインリーさん、どんな人だったろう。
ほんのちょっとしか一緒にいないけど、でも、まったく知らないわけじゃない。
わかるでしょ、あたし。
知ってるでしょ、あたし。
ウェインリーさんが優しい人だってことくらい、誠実な人だってことくらい、わかるでしょ。
そんなのわかるよ。
だって、ちゃんとあたし達の話を聞いてくれたじゃない。
だから信じてあたしはウェインリーさんに全部を託したんだ。あたしに知られたくないことがあるみたいだったウェインリーさんが、思うがままにすればいいって、そう任せたんだ。
勝手に任せたんだから、理解しなきゃ。
隠したいって思ってしまったウェインリーさんの優しさを、わかってあげなきゃ。
「大丈夫」
「アオイ……?」
あたし、魔の探求者にめいっぱい笑いかける。
それで、ウェインリーさんにも。
「大丈夫。大丈夫だよ」
「……私は、信用に足ることは、なにも、していないが」
「信用に足ることなんて、あたしの目を見て話して、あたしの声を聞いてくれたことくらいで十分!!」
や、その程度だと今なお魔の探求者に足蹴にされてるフロインのことも信用しなきゃならない気がするな……。
それはやめとこうかしら。
「話してください。ウェインリーさん。あたしね、あたし自身は全然なにもかも駄目駄目で、特技もなにもないけれど、でも、信じる力は持ってる。あなたを信じることなら、できる、誰に出来なくても、あたしにはできる」
それで裏切られたなら、それはあたし、構わないよ。
きっと、悲しくないから。
「……わかった、降参だ。全部話そう」
「うん」
ウェインリーさん、手にしていた賊もぽいと放り投げて、どかっとその場に片膝をついた。
様になっている。
「騎士様も銀髪少女の前じゃ頭が上がらな」
「黙れ」
……しばらくあちらの二人は無視かな。
* * *
ウェインリーさんは簡潔に事情を話してくれた。
あんまり時間がないから、と言っていた。
あたしも必死に脳内をぐるぐる回転させまして、状況把握を試みてみまして。
事実確認。
とある国の首都。
王都『テクサフィリア』。
そこに生まれた小さな小さな王子様がいたとさ。
王子様は、自分の人生にレールが敷かれていることに、早々に気付きました。
王子様にとって王家とは自分を拘束する枷でしかなく、彼は年を重ねるごとに不平不満を溜めていくことになってしまった。
けれど、どうにもこうにも逃げれない運命を前に、彼は平常心を失ってしまい、あろうことか、王を受け継がないことを証明してしまえばいいのではないか、と考えた。
王子様は王城を抜け出し(王子様の管理が甘いよね)、『竜の落し子』に接触(王都の警備が甘いよね)、次なる王の証である宝玉『ナギ』を渡した(甘い)。
王になりたくない、その我が儘を伝えるためだけに、だ。
さらに、宝玉が失われただけじゃあ情報が隠されてしまうかもしれないから、王子様はお願いをした。
事実すべてを、王都に住まう者たちに知らせること。それが条件。
で、見事ワイバーンを繰り出して、フロイン達、こんなものをばらまいていた。
それは、たくさんの紙切れ。
王子様が王になりたくないこと。その不満を、誰一人として聞き入れてくれないこと。
「助けて欲しい」
と。
ついに彼がそう叫べる相手は、犯罪ギルドしかいなかった、ということ。
王子様が書いたメッセージがその紙切れには書いてあって、きっともう、王都のあちらこちらに広がってしまっている。
ウェインリーさんはいち早く王子様がしでかしたことに気付いて、単独でこれをどうにかしようと考えたみたい。だから一人で足取りを追ってモーテルを訪れてきた、らしい。
でも結局は向こうの動きが早くて、どうすることもできなかったのが現状。
「……悪い、ことなのかな」
そのウェインリーさんの話を聞いたあたしの第一声は、そんな言葉だった。
悪いことなのかな?
「王子様は、王様の息子ってだけで、未来が決まってしまっているって、こと? それを嫌がることって、少なくとも嫌がっていることを誰かに知って欲しいって願うことは、悪いことなのかな」
あたしの問いに、答えは返ってこない。
決まってる。
悪いことじゃない。でも、その伝える手段を間違えてる。
問いには答えず、魔の探求者、ウェインリーさんを睨んだ。
「……ふん、それで、どうするつもりだ」
「どうする、とは」
「この状況を貴様、放っておくわけでもあるまい。ここに悪はいる。が、貴様らのやってきたことのほうが、よほど悪であると、人は気付くぞ」
責めるような物言いの中に、けれど優しさを感じた。
魔の探求者が聞きたいのは、たぶん、どうするのか、の部分なんだろう。
あたしが不安になるまでもなく、ウェインリーさんは間違えずに、ちゃんと魔の探求者の求める答えを出した。
「全てを話そう。これは私達の問題だ。進むべき道は主様が決めるべきであり、それが例え血縁関係にある者であったとしても彼の道を奪っていいことにはならない」
「そうか」
「だが、だがな。これだけは信じて欲しい。私達は、いや、私は、ヨルノ王子に確かな未来を感じているのだ。勝手な理想の押し付けと言われても構わない、それでも私はヨルノ王子が王子だからではなく、ヨルノ王子に王子たる器があると信じているからだ」
「……そうか」
……あれ?
なんだろう、この感じ。
ちょっぴり、嫌な感じ。嫌な空気。理由のない、言いようのない違和感。
ウェインリーさんの言葉に納得して口元に笑みを浮かべた魔の探求者に、どうしてあたし、不安を覚えてるんだろう。
「はっ、お前らがいまさらどうしようと王様の評判は落ちるだろうよ。王都への信頼は揺らぐだろうぜ」
「それでも、私がしてきたことを全て語ればやがては理解を得られるだろう。私達はもちろん、ヨルノ王子のしたこと自体は褒められるものではないことは、重々承知だが」
王子様の考えがわからないわけではない。けれどやっぱり、悪い人たちを頼って、それで、守るべき市民を危険に晒してしまうような真似が許されるはずもない。うん、それはあたしもそう思う。
確かに、話をきちんとすれば、皆の思いをちゃんと言葉にすれば、わかりあえるのかもしれない。わかってくれるのかもしれない。
人と人は、言葉を交わして進むものだから。
どうしてだろうね。
そんなことわかってるのに、わかりきってるのに。
どうしてそんな顔してるの。
魔の探求者は。
「貴様にしては、よい答えだ。ブラムス・ウェインリー」
「なに?」
「アオイよ」
「え、はい」
「この世界に来た意味、見つかることを祈っている」
「魔の、探求者……?」
待って――。
あたしがそう言う前に、魔の探求者、ようやくフロインから足をどけて、それで、勢い良く空に舞い上がっていった。
空を翔ける彼の姿に、虹色に光る火の粉が尾を引いていく。とても綺麗に、とても優雅に、魔の探求者はあたしの見上げるその先で大きく火花を散らした。
それは花火と呼ぶにはあまりにも無骨で、爆発と呼ぶにはあまりにも美麗なもの。
あたし、思わず目を奪われちゃう。
きっと王都に住まう誰も彼もが今この瞬間、魔の探求者のことを見ているんじゃないかしら。
「聞け! テクサフィリアよ!」
魔の探求者の声が響く。
ワイバーンの襲来、町で起きた爆発、空に現れた銀の龍。それらのせいで混乱してしまった王都の人に、届けるように。
でも、魔の探求者の言葉はあたしが求めていたものじゃなかった。
人々は求めたのかもしれないけれど、あたしが欲しいものなんかじゃ、なかった。
「見たか! 王はその気もない自分の息子の自由を奪い、自らの駒に仕立てあげようとしている! その王子も王子で頼ったのは我らのような悪党だ! そんな者どもに、この都を任せてよいものか! 断じて、否である!」
あぁ、これは、駄目なやつだ。
何が正しいのか、あたしにはわからないけれど、これは間違っている。
間違ってしまっている。
「駄目、だよ……」
あたしの声は、届かない。
「我は! 漆黒の闇、世界の裏側に隣り合う者、魔の探求者! この光の世界の破壊者である!」
「駄目、やめて……」
「この眩しすぎる陽の世界を、夜に変えよう」
「駄目、駄目、なんで……」
「舞え、【虹炎奏】……」
魔の探求者の行動を冷静に見れたのはあたしでもなく、ウェインリーさんでもなく、フロインだけだった。
「はっ、あの馬鹿。面白ぇな」
あたしはそんな一言すら出せなくて。
もう一度だけ、
「駄目」
なんて、言ってしまって。
その間に。
「【加速】!!」
「来たか! 正義の名の下に民を騙し、人の生きる道すら奪った悪党よ!」
「やめろおおおっ!!」
魔の探求者が、あろうことか王城に向けて振り下ろそうとした【虹炎奏】を、一瞬で間合いを詰めたウェインリーさんの細剣が受け止める。
その衝撃波が空中に広がる。
爆炎を逃れ、二人は民家の屋根に降り立つ。
「来い、偽善者」
「もういいやめろ。なんのつもりだ。そんなことで何が変わる、アオイが悲しんでいるぞ!」
「変わるさ。少なくとも、より良い王都にな」
あぁ、もう駄目。
駄目だ。
あたし、わかるんだ。もしくは、わかってたんだ。
きっとそういう事情なら魔の探求者はそうするんだろうなって。
誰も悪くなくて、でも誰かが悪者にならなきゃいけないとき。
魔の探求者は、悪者になるんだろうなって。
わかってたよ。
「止めろよ。でなければ、王都は我が壊す」




