魔の探求者編 10
ここだけの話。
あたしの使える三つの魔法。
【月の光】、【記憶複製】、【杖罪】。
なんだかとっても強そうで、実際あたしの身には余るほど強いのですが。
特段万能ってわけでもないのです。
根本的な原因は単純で、やっぱりあたしの力不足。
杖から魔法をお借りしているあたしは、そもそもこの杖がなければ魔法が使えない。魔法ってものを基本的に理解していない。
だから、三つの魔法も具体的に何をしてくれている魔法なのか、よくわかってはいないのだ。
結果として現れる事象は確認できるけど、それに至るまでのプロセスをいつも不思議だなぁなんて思いながら見てる。
そんな状態のあたしには少なくとも今ある魔法を研鑽していくだけの気持ちがなくって、魔法についてはその辺り放置してしまっている。
例えば、【月の光】。
どんな魔法でも吸収して反射することができる。
けれど、一度に吸収、反射できる魔法は一つだけで、それもあたしが見たことのある魔法だけ。つまり、よく見る【炎】や【風】、【氷】みたいな魔法はいくらでも防げるけど、初めて見る魔法は防げない。
しかもこの魔法、休みなしに発動すると吸収できる魔力量がどんどん減っていく。
こちらはいつだか試してみたところ、ものの十発の【炎】ですら、最後にはギリギリ吸収しきれなかったくらい。
しかもしかもだ。
三つの魔法、同時に使えないばかりか、やっぱり連続で使おうと思うとどんどん精度が悪くなる、というか、どんどん効果が落ちていってしまう。しょうがないね。魔力も体力と一緒だからね、なんて。
あたしの力ではそんなところが関の山で。
でも別にあたし、戦うために王都を目指したわけじゃない。
これから先、王都をさらに飛び出してどこかへ行こうとも、それは戦うためじゃない、戦うためであって欲しくない。
そもそもこの世界に来るまであたし、“戦い”なんて言葉、歴史の授業でしか聞いたことないくらいなんだから。そそ、関ヶ原とかね。歴女でもないので詳しくないですが。
と、まぁ、そんなわけで、あたし、ちょっぴり悲しい気持ちで目の前の戦いを見つめている。
状況が状況なので、目を背けたいところをぐっと堪えて、絶対に目を離さない。
「はっはぁ! どうした、強大な魔法にかまけて体術は鍛えてないのか?」
「なに……この程度、ハンデだ!」
半歩の距離で、決戦が続く。
フロインは魔法の力では魔の探求者に勝てないと踏んで、さっきから付かず離れず、ナイフを自在に操って、逆に魔の探求者を窮地に立たせている。
魔の探求者の右目へ一直線、ナイフの先端が迫る。瞬きするだけでも傷がつく、寸での所まで近づくとナイフは下から上へと加えられた撃力によって挙動を無理矢理変えられる。
フロインの右手を槍で弾いた魔の探求者はその隙を見せたわき腹に左の拳を突き出すけれど、膝当てに阻まれてしまう。
フロインの視線から次の攻撃を予測しようと下がり気味だった顔をくい、と前に向けると、その視界に落下していくナイフの柄が映る。刹那、その意味がわからなくなるけれど、身の危険を感じて咄嗟に上半身を大きく後方へ逸らす。フロインの右手から真っ直ぐ地面に落下したナイフは巧みに蹴り上げられて、回転しながらコンマ一秒前に魔の探求者の顎が合った位置を正確に襲う。
体勢を崩した魔の探求者、さらに足払いによって地面に転がせられる。フロインは再び落下を始めていたナイフを迷うことなく掴み、そのまま脚目掛けて投擲する。
寝たままの体勢で魔の探求者、藍色の濁流を一斉にフロインへ向けて放出した。フロインは自分へ向けられたありったけの力を、さらりと受け流すように【風】もしくは【爆風】を形成して、自分の後方へと力を逃がす。逃げた力はそのまま民家の屋根を破壊し、無残にも木の板が散り散りとなって地に落ちる。
「ったく、馬鹿みたいに魔力注いだ槍を振り回してよく魔力が尽きないな。羨ましい限りだぜ」
「恐れよ。これこそが闇魔法を極めし者の器なり」
「格好つけてるつもりか? 俺ぁそういう時期はガキの頃に通りすぎてんだよ!!」
なんとも耳が痛い――いやいや、魔の探求者の格好良さはその辺のガキが通り過ぎてるわけがないんだけど――台詞を吐き捨てながら、フロインは時間をおかずに跳びかかる。
確かに魔の探求者の魔法、【虹炎奏】は強力で、たぶんあれを喰らったら向こうも灰塵と化すだろうけど、本人が言うように、魔法を除いた、純粋に武器や体の攻撃という意味での接近戦はどうやらフロインが数枚上手みたい。
何の変哲のなさそうなコンバットナイフをメインに、体の柔と剛を見事に使い分けてあらゆる角度から魔の探求者を狙っている。
「……どうしてだろう」
その一進一退の攻防を見ていて、気付いたことがある。
魔の探求者の【虹炎奏】なんだけど、込められている魔力の量の割にはあまり大した威力を放っていない。
どう考えても人間に対して使うよりは見たこともない巨大生物相手に使うような魔法だと思うんだけど、実際、今目の前で魔の探求者、フロインと普通に交戦しているわけで。
あ、と、そこでようやくあたし、気付く。
魔の探求者、良くも悪くも手加減をしている。
たぶんそれは、彼の優しさで、信念で、ひょっとすれば無意識なものなのかもしれないけれど。
自分の魔法が人を傷付けることを嫌がってる……今回みたいな悪党が相手でも、決して殺すつもりはないのだと表明しているのだ。
あたしもその気持ちはよくわかるし、できれば殺したり殺されたり、なんて悲しいこと、したくない。
でも、もし。
もしも、向こうにそのつもりはなくて、魔の探求者を、殺すつもりだとしたら。
正しいのはどっちなんだろう。
それでも殺さないように、と力を制限するのと。
殺されてしまわないように、と力を解放するのと。
どっちも間違いで、正解は、戦わないこと、なのかもしれないね。
でもあたしは。
魔の探求者の優しさを知ったあたしは、魔の探求者の間違いを、一緒に受け入れてあげるんだ。
「【精霊の杖】」
あたし、これまで持っていた【月繋ぎの杖】をいったん腰に巻いたベルトに挿して、【精霊の杖】を取り出す。
もう、フロインの爆発を防ぐことはできない。けどそれでいい。
どうせこのまま我慢比べするような余裕もないのだし、一気に状況を変えてしまおう。
あたしに動きがあったことをフロイン、しっかりと確認して、これまでしっかり詰めていた魔の探求者から少しだけ距離を取った。
あたし……正確にはあたしの手にした【精霊の杖】から高まる不思議な魔力を感じているのかもしれない。
「そういやさっきの魔法を消す魔法はあの銀髪女の方だったか」
「させぬわ」
標的をあたしに切り替えようとしたフロインに対して、今度は魔の探求者が間合いを埋めていく。
すぐに反応して、あたしの動きを邪魔しないようにしてくれてる。
ありがとう、魔の探求者。
あたし、ふぅっと息を吐いて、なるべく気持ちを落ち着ける。
別に意味はないけれど、目を瞑る。
集中集中。
さっきから実はあたしにしては魔法を連発しているしね。
しっかり精神統一をしまして。
あたしは伸び広がっていくあたしをイメージする。
もう一度くらいはちゃんとできるかな。
「いこう。【杖罪】」
魔法の発動と同時にあたしの髪がぶわっと伸び始める。
何度も何度もごめん、って、この魔法を使うたびにあたし、髪の毛に謝ってるね。しょうがないよね。無理させちゃってるんだから、謝る気持ちくらいは持っていたい。
「ちっ、またあの妙な魔法か」
「妙じゃないっての!」
あたしもちょっと声をはって応戦。
まずは一斉にフロインに向けて髪を縦横にしならせながら伸ばす。
太陽の光を浴びてより一層銀に輝くあたしの髪は煌きながらまとまりを作る。大きく球体を象って、まずは問答無用にフロイン目掛けて吹っ飛ばす。
「おいっ!? 味方ごとか!?」
フロイン、道いっぱいに膨れ上がった髪が自分に襲い掛かってくるのを見て舌打ちをする。
まぁ、魔の探求者諸共攻撃しそうな勢いだったから無理もないけど、もちろんあたし、そんなことするわけない。フロインにぶつけるつもりの束とは別に魔の探求者をよいせっと回収する束を用意して、体を引っ張る……というよりフロインから無理矢理引き剥がす。そのまま近くの家の屋根に魔の探求者は避難させて、と同時に何かにぶつかる反動を感じる。
フロインにぶつけた髪から得られた反動なら少しの間だけで感触がなくなりそうなものだけど、あたしに返ってくる感覚は消えない。
これ、押し切れてないって証だ。
「【爆発】」
「っ!!」
眼前で爆発が起こる。
さっき魔の探求者を襲ったのと同じ魔法だ。
砂塵があたしの視界を塞いで、さらに熱が体中の血液を無理矢理にでも沸騰させようとしてくる。
でも、そのくらいは想定内。
こんな痛みくらい、あたし、耐えてみせる。
「どこまでも、どこまでも、届いて、あたし」
もう一度、強く念じて、燃焼してしまった髪を天高く伸ばしていく。
その姿はさながら龍のように。
「はぁあああああああっ!」
雄叫び(女の子でも雄叫びって言っていいのかしらん)を上げてあたしは気合を入れる。
ピンチのときとか、いつだって最後に大事になるのは心なんだ。
心が折れてしまわなければなんだってできる。
できないことから逃げることも、できないって諦めていたことに再挑戦することも、なんだって。
あたしの咆哮に合わせて、空へ躍り出た髪の龍はその頭を地に向け、真っ直ぐフロインの場所目掛けて降下を始める。
このまま全力でぶつける!
「気合入れてるとこ悪いが、その攻撃を喰らうわけにはいかねぇな。【風】」
フロインがあたしに向かって猛風を吹かす。でも、硬化させた髪を使って地面にどっしり立っているあたしにはそのくらいの風、なんてことない。
一体何の意味があるって……ん、あれ、何か、匂う?
「これ、アルコール!?」
「ま、ほんの少しの威力向上くらいしかできないが、十分だろ。喰らえ、【爆発】!」
爆炎を纏って、空気があたしを破壊しようとぶつかってくる。
空気中を漂うアルコールの雫を辿って、炎は四方八方へ散っていく。
あたしの右脚を火の力が掠める。その部位だけが急に熱くなる。熱い、痛い。思わず倒れてしまいそうになるのをもう片足で踏ん張る。
でも、顔をあげると既に幾重もの炎があたしの視界を覆っていて、逃げ場はない。逃げる力もない。
【杖罪】はフロインの足止めと魔の探求者の保護、それに空に伸ばしたのでいっぱいいっぱい。それにフロインの足止めと言いつつ、いくら硬化しようが元は髪の毛なわけで、火には相性が悪い。燃やされちゃうのは覚悟のうえで、それでも時間を稼いで攻撃するつもりだった、のだけど。
(駄目だったかな。大人しく、魔の探求者に任せてれば良かったのかな)
くだらないことを考える。
だって、あのままじゃ魔の探求者が傷ついていたもの。
全然人を傷付けるような動きじゃなかったから、うん、そんな人を目の前で戦わせておくなんてこと、あたし、できないよ。
だからってあたしが戦っちゃうんじゃ、元も子もないのかもしれない、かな。
「安心しろ、殺す気はない。まぁ、全身の火傷は免れないだろうがな」
嘘か本当か、そんなフロインの声が聞こえた。
そっかぁ、死なないのか。
ならいいか。
あとのことは魔の探求者とウェインリーさんに任せてしまおうか。
この賊が何をしようとしていたのかもわからないけど、その野望を阻止して、王都を守って、誰も傷つかないならそれでいい。
それで……いい、かな。
(いいわけ、ない)
「いいわけ、ない……そうだろう、アオイ」
あたしの心が何かを否定して、全く同時に魔の探求者の声が聞こえた。
なんでかはわからないけど、その言葉はとっても安心するものだった。
「【虹炎奏】……終曲」
ふらつくあたしの前に立った魔の探求者、真っ赤な炎の槍を手にして、迫り来る爆炎に対して大きく構えた。
真っ赤に燃える槍は火の粉を散らして、あまりの高熱からかその周囲が陽炎で揺らいでいる。
「我の【虹炎奏】は……」
力が高まる。
周囲に満ちる魔力すら吸収して、そこにあるだけで世界のバランスを崩壊させてしまうような圧力と覇気が満ち溢れていく。
「全てを、突き破るっ!!」
炎の槍は、宣言通り、風を裂き、炎を裂く。
魔法も空気も関係なく、目の前に存在する全てを貫いて、貫くたびに槍はその密度を増していく。研ぎ澄まされた力は誰も寄せ付けない。不純物を打ち砕いて、どこまでも進んでいく。
目標を、破壊するまで。
「ぐっ!?」
「滅びよ、迷いし魂よ」
槍の穂がフロインの体を捉える。
魔の探求者、さらなる刺突を繰り出す。
「黙って、やられるわけねぇだろっ!」
左手をかざしたフロインの前に爆炎が立ち込める。
いまさら爆発なんてあたしと魔の探求者の前じゃ無力だと思うけど、気は抜かないでおかなきゃ。
と、いうか、倒れないように頑張らなきゃ。
最後の最後まで。
「ただの【爆発】だけで死地を潜り抜けられるわけねぇだろ。奥の手があんだよ!」
【虹炎奏】がぶつかる直前にフロイン、振り絞るように魔法を発動した。
「【爆発】そんで【噴出】!」
ドン、ってすごい轟音を出してフロインが飛び上がる。
煙が尾を引いて空に伸びていく姿はまるでいつかテレビで見たロケットみたい。
さっき魔の探求者があたしのことを逃がすために使った【風】のように、魔法で人を吹き飛ばすことは確かにできなくはない。ただし、簡単に発動できるような魔法はそもそも規模が小さくて、だからこそ誰でも使えるわけで、魔力をたくさん扱える人が無理矢理に使っても、たぶんコントロールすることは難しいと思う。
ただでさえ難しいのに、【爆発】みたいに瞬間的な機動力だけで空を飛ぶなんてこと、まぁ普通なら考えられない。
でも目の前でフロインは堂々と飛び上がって見せている。
魔の探求者やウェインリーさんほどじゃないにせよ、相当な魔力を持っていないとできないことだと思うし、【爆発】に加えて【噴出】とか、うーん、あたしはこの魔法は知らないけど、語感とロケットを思い出すあの動きから察するになんか体からか足からか勢い良く地面に向けて空気とかを放出してるんでしょう。その反動で体が浮き上がるくらいに。
魔法だけじゃなくてきっと、体幹とかもちゃんとしてるんだろう。じゃなきゃ空に飛び上がるだけ飛び上がってくるくる回転しちゃいそうだからね。
「はぁ……逃げたか」
「うん、そうだね」
やや脱力した様子で魔の探求者が言うから、あたしも、ちょっぴり恥ずかしいくらい気の抜けた返事をしちゃう。
フロインは空へ逃げた。
元からあたしの【杖罪】を全力でぶつけていたこともあるし、なにより魔の探求者の【虹炎奏】が真正面から迫ってきていたわけだから、後方へ逃げるのは確かに論外だったのかもしれない。
それと、勿論正面から突き出された槍は薙ぎ払えば同じ規模で平面を駆け抜ける。
だから、眼前の脅威から身を守って時間を稼ぐ手段として空に逃げたことは間違いじゃない。それだけ魔の探求者の攻撃は凄まじいものがあった。
ただね、間違いじゃなかったってだけで。
正解とは、限らない。
だって。
あたし。
フロインの【爆発】を受けても、絶対に倒れなかった。
発動していた【杖罪】を解かなかった。
そう、まだ空には、あたしの髪で作られた龍が口を開いて存在している。どころか、空に飛び上がったフロインとは真逆に、龍は地に向けて加速しているのだ。
「魔の探求者の闇の力に当てられて……平静を欠いたみたいだね」
「無理もない、我は闇に生まれ闇を生きる、魔の探求者、だからな」
あたし、魔の探求者に笑いかける。
なんだか、嬉しくて。
魔の探求者もあたしを見て笑ってくれた。
「くっそ、【爆発】……ぐぁっ」
「堕ちて。あたしの龍と共に。あなたに、空を飛ぶ権利は……ない」
ちょっと格好つけてみて。
あたしは最後の力でフロインごと龍を地面に叩き付けた。
その衝撃は思ったよりも大きくて、地震かってくらいに足元が揺れる。近くの建物を巻き込まないようにしていたけれど、それでもちょっと壊してしまったみたいだ。
後で謝っておこう。
「ありがとう。戻ってきて」
あたし、そう言うと【杖罪】を解除する。髪の毛がしゅるしゅるとあたしの元に戻ってくる。
爆発の汚れや砂が髪に付いてしまっていて、まったく気持ち悪い。すぐにでもシャワーを浴びたいし、ちゃんとお手入れをしたい。
きっと今の髪、プラチナブロンドなんかじゃなくて、くすんでしまっていることだろう。
髪が元に戻ると、地面に横たわるフロインの姿が見えた。
魔法もナイフ使いもどっちも凄かった。けっこう珍しいんだと思うけどね、体をあそこまで鍛えてる人って。
「ふぅ……でも、倒せた……」
「お、おいアオイ」
気が抜けちゃったあたし、ふらっとその場で倒れそうになる……のを、魔の探求者が支えてくれて、そのまま優しく横にしてくれた。
魔の探求者の膝にそっと頭が置かれる。
見上げた魔の探求者、なんだかとっても優しい顔してる。
「……すまない」
謝られた。
なんでだろう。
「なにが、ですか?」
「髪だ」
髪って、えと、なにかされたっけ?
「最後、アオイを助けるためとはいえ奴の炎ごと綺麗な髪を、その、燃やしてしまったからな」
「あぁ、そんなこと……」
確かに、あたしの髪は大きな拳のようにしてフロインにぶつけていたから、フロインの【爆発】でも燃えてしまっていたし、その後魔の探求者が放った【虹炎奏】でも当然、進行方向にあたしの髪はまだあったわけで、幾らか真っ赤な炎の槍によって裂かれ塵と化した部分もあるみたい。
あの状況でそんなの、仕方ないのに。
「それに、アオイが無理をしたのも、我を助けるためであろう。礼を言わねばなるまい」
「あはは、結局助けられなかった、わけですが」
「いや、おかげで覚悟が決まった。この【虹炎奏】で、人を傷付ける覚悟をな」
「魔の探求者は優しいね」
きっと魔の探求者が決めた覚悟は、人を傷付ける覚悟じゃなくて、人を助ける覚悟だと思うよ。
人を助けてしまうことは人を傷付ける行為よりもずっと責任を伴う行為で、その重さを理解せずに力を振るうことと、理解して力を振るうことは、全く意味が違ってくる。
魔の探求者は、あたしを助ける覚悟をしてくれたんだ。
結果としてそれが、あたしの髪を燃やすことになっても。結果としてそれが、別な誰かを傷付けることになっても。
あたしを助けるつもりで、全力を解放してくれたんだと思う。
でも、そんなこと、言わないんだよね、魔の探求者。
あたし、そっと魔の探求者の頬に触れた。
あたしも右脚を焼かれて、髪もぼろぼろで、服も焦げちゃって、もう駄目駄目なんだけど。魔の探求者も同じくらいぼろぼろ。
あたしを庇うように前に立って、防御なんか考えずに槍を振るったもんだからあちらこちらに火傷の痕が残っていて、たぶんあたしよりも重傷だ。
「えへへ、魔の探求者がフロインに対して全力を出せてないって気付いたらあたし、魔の探求者はあんな賊でも守りたいって思ってるんだって、それで、居ても立ってもいられなくなりまして」
「無理をするな……アオイにはまだやるべきことがあるのだろう。どうしてこの世界にいるのか、その意味を知るまでは死んではならん。死んでは、何もできないからな」
「うん、ありがとう。助けてくれてありがとう、魔の探求者」
「お、う、我は魔の道を進み闇を感じる者全てに手を差し伸べ世界の真理を探求し光すらも超越する男だからな」
「何言ってるのかわかんないよ魔の探求者」
冗談を言い合っていると、急に魔の探求者、真剣な表情であたしの目をじっと見つめてきた。
なんだろう。
膝枕されてることもあって、ちょっぴり恥ずかしい。
魔の探求者の目、黒くて、本当にその闇の中に吸い込まれてしまいそう。
「いいわけ、ないだろう」
「え……?」
その言葉は、さっきあたしが考えて、魔の探求者があたしの思考を読んだかのようなタイミングで発した言葉。
「最後に一瞬諦めたな、アオイ」
「え、と」
「自分が倒れても、傷ついても、我やあの聖騎士に任せていれば事態の収拾はできる、それならばいい、と諦めたな」
「……うん、そうだね」
魔の探求者は目を逸らさない。
だからあたしも目を逸らせない。
「いいわけなかろう。自分が傷付く覚悟など、要らん。無駄だ。捨てろ。アオイの命を捨てれば世界が救える状況があるとして、我はこう言ってやろう、『アオイも世界の一部であろう。そんなものは救ったことにならん』とな」
「……うん」
「わかればよい。自分を捨てるな。捨てるくらいなら闇に手を染めろ。善人が善人のまま死ぬくらいならば悪人になったほうがましだ」
「……どうかな、あたしは、そんな勇気、ないかも」
「なに、既に立派な罪深き暗闇の素質を持っている。臆するな」
最後まで助けられちゃったな。
精神的にもフォローされちゃった。
魔の探求者のこと見抜いた、とか思ってたのに見透かされてたのはあたしの方だったのか。そっかそっか。
あたし、なんて底が浅いのかしら。
これから深くなっていけるように努力すればいいだけのことかな。
うん、頑張ろう。
「アオイ、立てるか?」
「ん、と……ごめん、もうちょっとだけ、このままで」
「お、おう、無理はするな」
「うん、ありがとう」
ほんとはもう立てるんだけど。
なんとなくこのままでいたいなって気持ちは、足の痛みの所為にして。
何かが終わった余韻を、あたし、少しだけ堪能するのでした。




